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「中高年ひきこもり」を生み出すブラック企業 調査でも鮮明に

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
(写真:アフロ)

 先日、内閣府が40歳〜64歳の「中高年のひきこもり」について、はじめて調査を実施した。

 その結果、中高年で「ひきこもり」状態にある人が全国で61.3万人いることが明らかになった。これは15〜39歳までの「若年ひきこもり」54.1万人(2015年度)を上回る規模で、衝撃的な数値だ。

 

 調査によって改めて深刻な実態が明らかになった「中高年のひきこもり」問題。彼・彼女らの社会参加を支えるために、「就労支援」の必要性が叫ばれている。

 しかし、「中高年のひきこもり調査結果」(2018年度)によれば、そもそも「ひきこもりになったきっかけ(複数回答)」は、仕事に関係する理由が多数を占めている。

 最も多かった回答は「退職」36.2%であり、さらに「人間関係がうまくいかなった」21.3%、「病気」21.3%、「職場になじめなかった」19.1%と続く。

 「ひきこもり」の一般的イメージとは異なり、「一度も働いたことがない人」は2.2%と少ない

 つまり、ブラック企業などの労働問題が「中高年のひきこもり」を生み出している場合が多いことが疑われるだ。

 この点を軽視して、ただ「就労支援」だけを促進していっても、問題は解決しないだろう。

 そこで本記事では、「ひきこもり」と労働問題の関係について考察し、この問題に対する処方箋を考えていきたい。

ブラック企業によって「ひきこもり」へと追いやられた青年

 まずは、ブラック企業が原因で「ひきこもり」の寸前までいったある若者の体験談から紹介していこう。

 Aさん(24歳、男性)は大学卒業後、制作会社のADとして就職を決めた。しかしその職場は、長時間労働やパワーハラスメントが横行する過酷な労働現場だった。

 入社してまず驚いたのは、就職活動中の際にみた求人では月給23万円と表示されていたが、入社して初任給の給与明細を確認したところ基本給14万円と表示されていたことだった。

 加えて過酷な「長時間労働」が待ち構えていた。ロケ、スタジオ収録、編集所での作業は長時間におよび、準備のために深夜労働、徹夜は当たり前の日常だった。休みもほとんど取得できず、月に2〜3回程度。休みの日はただベッドで眠るだけだったという。

 これだけの長時間労働にもかかわらず、残業代は未払い。薄給と長時間労働に、パワーハラスメントも加わった。Aさんの職場では殴る蹴るの暴力や、暴言、罵倒が日常茶飯事だった。やめる直前には「自殺」も考えるほど心身ともに追い込まれた。

 最終的に、心身ともに疲弊したAさんは、会社から逃げ出すように退職した。

 働いていた頃、メールや電話にいつでも対応できるよう、常にスマホを握りしめていたAさんは、退職後はスマホのバイブ音に恐怖を覚えるようになり、スマホの電源を切り、ベッドの下に放り投げておよそ1ヶ月間生活をした。

 そうしてAさんは半年間、社会との接点を失ったまま「ひきこもり」状態へと追いやられていった。

過酷な働き方が「標準」化している日本

 この状態に追いやられたAさんは、誰にも相談することができなかった。

 なぜなら彼は、過酷な働き方をしていたにもかかわらず、業界では「当たり前」の働き方に耐えられなかった自分を責めていたからだ。

 自分に負い目を感じていたため誰にも相談することもできず、社会との接点を断ち切って「ひきこもる」ことしかできなかったのだ。

 長時間労働・低賃金の働き方が蔓延する日本社会では、たとえそれらが違法な水準であったとしても、多くの人びとが未払い残業代の請求などの正当な権利を行使することができず、「我慢」して働いている。

 その結果、過酷な働き方が「標準」になってしてしまっているのだ。それどころか、異常な「標準」に耐えることが正しいこととされ、心身の健康を損なうまで働き続けてしまう人が後を絶たない。

 そして過酷な労働に耐えられなかった人たちに対して、「異常者」/「障害者」/「病気」などのレッテルが貼られる。

 こうして、自分は「社会不適格者」なのではないか、「どこにいっても上手くいかないのではないか」と自分を責め続け、社会に戻ることが難しくなっていく。

 そして、一度この過酷な「標準」からドロップアウトしてしまうと、再び参入することが困難になる。Aさんも「またこのような労働環境に直面すると思うと、正社員として働くことが怖くなった」と語っている。

 こうした事例はAさんだけに限った物ではなく、私たちはこれまで多くの労働相談や生活相談で、類似のケースに直面してきた。

 調査結果に見られる「退職」、「人間関係がうまくいかなった」、「病気」、「職場になじめなかった」には、こうしたブラック企業問題に関係している場合が相当数含まれていると思われる。

「ひきこもり」の根本問題は働き方にある

 このように、「ひきこもり」の背景には少なからず労働問題がある。

 先ほども述べたように、NPO法人POSSEには、労働に関係する問題から精神疾患を発症し、「ひきこもり」へと陥るという事例が多数寄せられている。いくつか紹介していこう。

関東地方の61歳男性

大学卒業後、総合商社に30年勤務した。経理や営業などを転々とする中、トップダウンで無理難題を押し付けられることが多く、精神的にきつかったのでうつ病になった。52歳で退職し、年金の繰り上げ支給をされているが、住宅ローンやその他の借金で自己破産し、退職金も尽きて生活保護を受けている。退職以来、通院や買い物以外では外出せず引きこもっている。

関東地方の43歳男性

以前ウェブや映像系の仕事をしていたが、非正規だったので正社員になるための勉強をしているうちにパソコンの見過ぎでうつ病を発症した。それ以来7年ほど就労できずに引きこもっているが、親の支援も尽きてきたので生活保護を受けたい。

 これらの事例からは、単純な「就労支援」では引きこもり対策は不十分だと言うことが見えてくる。

 むしと、過酷な正社員/低賃金・不安定な非正規が蔓延する「働き方」を改善することなしに就労支援だけを行えば、「逆効果」であるとさえ言える。

 就労支援によって一時的に働くことができたとしても、それがいっそうの健康状態の悪化を招いたり、そこでの「失敗」がより深刻なダメージを本人に与えることになれば、ますます「ひきこもり」状態は悪化することになる危険があるからだ。

「ひきこもり」問題への処方箋

 だからこそ、まずは過酷な働き方が「標準」になっている状況を変えていく必要がある。

 さきほど紹介したAさんは、生活に行き詰まり、インターネット検索でたまたま見つけた「ブラック企業ユニオン」に相談・加盟することになった。

 そして、ユニオンを通じて企業と団体交渉を重ねていくなかで、企業の体質も改善された。残業代が支払われ、週休2日が確保されるようになった。パワーハラスメントなどの問題も改善された。

 さらに、ユニオンとかかわるなかで、彼のなかに内面化されていた「当たり前」の呪縛からも徐々に解放されたという。

 「自分が悪いと思っていたけど、そうではなかった。ユニオンに参加して行動してきたことは、僕の人生にとってすごく重要なことだった」と彼は語っている。

 また、過去2年分の未払い賃金を請求したことによって生活に余裕ができた。「貯金を切り崩して生活しているときは、焦りからどんな仕事でもいいから就職しなければと考えていたけど、今はじっくり考える余裕がある」。

 一方で、家族に頼らず失業が保障される権利を確立していくことも重要だろう。

 安心して失業できる社会でなければ、焦って劣悪な仕事に就かざるをえず、それがさらに状況を悪化させるという悪循環へと陥ってしまう。その矛盾を「家族」が負うことになれば、家族関係の悪化・崩壊へと容易に結びつく(このパターンから引きこもるケースも非常に多い)。

 こうした事態を防ぐためにも、雇用保険や生活保護制度など公的な制度をもっと使いやすく、積極的に活用して、安心して失業できることが必要だ。

 そして、社会参加を支えるために公的職業訓練の拡充などの施策を充実させていくことが不可欠だ。

おわりに

 今回、内閣府による調査によってはじめて「中高年ひきこもり」の実態が可視化されたことには重要な意義がある。可視化された問題に対して「就労支援」や「メンタルケア」などの対処療法で終わらせずに、働き方を改善していくことで長期的かつ根本的な「ひきこもり」対策へとつながることを期待したい。

 また、現在働き方に問題を抱えている方は、問題が深刻化する前に一度相談してみるのも良いだろう。Aさんのような解決策が見つかるかもしれない。

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*仙台圏で活動する「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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