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日本人がほとんど知らない水と役所の関係。河川、下水道は国交省、水質や生態系は環境省、じゃあ上水道は?

橋本淳司水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表
(提供:アフロ)

いくつもの法律と省庁にまたがり、すき間から激しく水漏れ

9月2日、政府は、水道の整備・管理に関わる行政を厚生労働省から国土交通省に移管することを決めた。次期通常国会で必要な法案を提出し、2024年度の施行を目指す。

ところで、あまり知られていないことだが、水行政は複数の省庁にまたがっている。

河川や下水道が国土交通省、農業用水は農林水産省、上水道が厚生労働省、水質や生態系が環境省など6省の業務と絡む。

そのため縦割りの弊害、近隣自治体間の調整ができないと指摘されてきた。

たとえば、水道取水口より上流に下水処理場の放流口を作るというボタンの掛け違えが都市部で発生した。農村部では集落下水道(農水省)、流域下水道(国交省)、合併浄化槽(環境省)が混在し、税金の使途が不明確だ。

そうした状況を打破しようとした歴史もある。

2008年6月、超党派の国会議員や学者、市民でつくる「水制度改革国民会議」が設立された。同会議代表に就任した松井三郎京都大名誉教授は「いくつもの法律と省庁にまたがり、すき間から激しく水漏れしている」と水行政を表現し、水を司る横断的な官庁をつくり、水問題を取り仕切る構想が生まれた。

2009年秋、同会議は、水循環政策大綱と水循環基本法の案をまとめ、新しい水循環社会の構築を提案。趣旨は「子孫によい水環境を残すこと」にあった。調査と監視を行う官庁「水循環庁」をつくり、水環境政策を展開。人への影響だけでなく、生態系への影響も考慮に入れ、制度やシステムを構築していく方針だった。

2011年1月には「水制度改革を求める国民大会」が開催され、水循環基本法の早期制定の重要性が強調された。

省庁からの異論噴出

同年5月、水循環基本法の草案が策定されるが、各省庁からは計百数十項目の「異論」が寄せられた。

「基本法にもかかわらず、中身は理念にとどまっていない」

たとえば国土交通省は、法案に盛り込まれていた「河川横断構造物(堰・ダム等)の除却を義務付け」「雨水の地下浸透を阻害する行為の禁止」「行政機関以外の第三者機関等による水環境監視・是正命令等」「安全で健康かつ快適な水環境の恵沢を享受する基本的権利を創設」に異を唱えた。

「地表水および地下水は、共に一体となって水循環を形成する公共の水資源である」との研究会案は、地下水を河川の水と同様「公の水」と明確に位置付けていたが、これには経産省が異を唱えた。「地下水を公共水と位置付ける場合、既に地下水を使用している事業者などへの過剰な規制とならないよう配慮すべきだ」

水利権の転用を促進するために法制度を見直すとの方針には、農水省が「水利権は多大な労力と資本の投下により、長期をかけて形成されてきた」と異を唱えた。

水行政の一元化に向けた「水循環庁」の新設には、総務省をはじめ複数の省庁から「既存の行政体系とどちらが効率的か、慎重な検討が必要」と反論が相次いだ。

2014年に水循環基本法は成立するが、「水は国民共有の貴重な財産」と定めるなど理念法としての性格が強く、具体的な部分は個別法の改正を譲ることになった。

水道普及と憲法25条

今回の政府の決定では、水道の整備・管理に関わる行政を国土交通省に移管し、水質基準の策定などは環境省が担当するとしている。

では、なぜ水道は厚労省が担ってきたのだろうか。

近代水道の整備はコレラがきっかけとなった。日本は19世紀後半に欧米との交易を積極的にはじめ、外国船を受け入れる港が指定されたが、そこを中心にコレラが蔓延した。横浜で行われた疫学調査の結果、汚染された井戸とコレラとの関係が明らかになり、安全な水の供給が対策として必要であると考えられた。

2度の大戦の影響で水道の整備は停滞したものの、戦後に施行された日本国憲法には、「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」「国は(中略)公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない」(第25条)と明記された。

この理念の基に1957年に制定された「水道法」を根拠に、全国の水道が急速に布設・拡張され、それを厚生省(当時)が担うのは必然のことだった。

国交省に移管されたとしても、この精神は忘れられるべきではない。

気候変動とインフラ老朽化に対応する水行政が必要

一方で、水行政の一元化は再度検討すべきではないか。

今回政府は、「国交省がインフラ整備や災害対応において能力と知見、層の厚い地方組織を有している。水道の整備・管理を一元的に担うことで行政効率の向上につながる」としているが、インフラ整備が必要なのは、上下水道にとどまらない。明治用水の取水堰が損壊し、農業生産や工業生産に影響が出たのは記憶に新しい。

そして、人間の暮らしは所属している流域の水とともにある。

水は動いている。そして、人は水の動きのなかで生きている。自然界で水を動かすのは太陽と地球だ。蒸発は太陽熱エネルギーにより、高所から低所への移動は地球の重力による。

地球温暖化で地球の平均気温が上がると、水のすがたや動き方が変わる。蒸発する水の量、空気や地面にふくまれる水の量、雨や雪の降り方が変わるという気候変動につながる。

気候変動によって水の動きが変われば、利水、治水、食料生産、エネルギー政策などに影響が出る。流域の水を循環するものと考えて、気候変動への対策、インフラ老朽化への対策を統合的にマネジメントしていく必要がある。

水ジャーナリスト。アクアスフィア・水教育研究所代表

水問題やその解決方法を調査し、情報発信を行う。また、学校、自治体、企業などと連携し、水をテーマにした探究的な学びを行う。社会課題の解決に貢献した書き手として「Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2019」受賞。現在、武蔵野大学客員教授、東京財団政策研究所「未来の水ビジョン」プログラム研究主幹、NPO法人地域水道支援センター理事。著書に『水辺のワンダー〜世界を歩いて未来を考えた』(文研出版)、『水道民営化で水はどうなる』(岩波書店)、『67億人の水』(日本経済新聞出版社)、『日本の地下水が危ない』(幻冬舎新書)、『100年後の水を守る〜水ジャーナリストの20年』(文研出版)などがある。

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