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【参院選】投票前にファクトチェックを"チェック"しよう〈記事リストあり〉

楊井人文弁護士
参議院選挙は7月21日投開票が行われる(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 参院選は明日、投開票日を迎える。今回の選挙でもファクトチェックによっていくつか誤情報の拡散が確認された。政見放送や街頭演説などでも、政治家の発言に不正確、ミスリードな発言が見つかった。日本におけるファクトチェックはまだ小規模だが、確実に少しずつ広がりを見せている。

 投票前にファクトチェックをチェックする時代は近づいたといえるだろうか。ここでは、参院選に関連したファクトチェックを一通り紹介する。ぜひ参考にしていただきたい(記事リンク一覧は、一番下にまとめて掲載FIJ参院選特集ページも参照)。

ネット上で広がった偽情報

 まず、ネット上の偽情報・誤情報を確認しておこう。次の2つのツイッター投稿は、いずれもバズフィード(BuzzFeed Japan)がファクトチェックして「誤り」と判定したものだ。

来月から、国会議員の月給がおよそ100万円から120万円に引き上げられるそうです!!皆さん御存知したか!?庶民はこのまま自公政権ならあらゆる社会保障が削られ給料は上がらず、消費税増税も上がる・・・無茶苦茶だ!!

出典:ツイッター(7月14日投稿)

【年金破綻の正体】GPIFが株で儲けた金は何処へ行ったのか?

共産党 小池晃議員『庶民が払う消費税を上げるのではなく内部留保金400兆円もある大企業の法人税を上げて財源を作るべきだ』

自民党 安倍首相『富裕層の税金を上げるなんて馬鹿げた政策だ』

2019年6月10日 参議院決算委員会 (動画の添付あり)

出典:ツイッター(6月10日投稿)

BuzzFeed Japanのファクトチェック(7/19掲載)
BuzzFeed Japanのファクトチェック(7/19掲載)

 1つ目の投稿について、バズフィードは、国会議員の歳費は現在すでに129万円余りで、引き上げる予定がないことを明らかにした。1000回超リツイートされていたが、投稿者が謝罪し削除した(要旨、詳細はバズフィード参照)。

 2つ目の投稿は、ツイッターをよく使う人は一度は目にしたことがあるかもしれない。「安倍首相『富裕層の税金を上げるなんて馬鹿げた政策』」というタイトルの動画も添付され、選挙中も拡散し続けて740万回も再生されたという。バズフィードが議事録を調べたところ、安倍首相が「馬鹿げた政策」と指摘したのは「マクロ経済スライドをやめる」という提案に対して、だった。安倍首相が「富裕層の税金を上げるなんて馬鹿げた政策だ」と述べたかのような動画投稿は、大きく編集されたものだった(要旨、詳細はバズフィード参照)。

政見放送でもミスリード・不正確な発言が…

 毎日新聞によると、参院選の政見放送で再生回数が最も多かったのは、山本太郎参議院議員が設立した「れいわ新選組」、次いで自民党だったという。しかし、両方とも、事実関係に疑義のある発言が見受けられた。

自民、年金積立金の運用実績を誇張

 自民党の政見放送では、三原じゅん子議員が安倍首相(総裁)に「年金積立金の運用益は、この6年で44兆円増えました。民主党政権時代の10倍ですね」と話しかけるシーンがある。だが、公表されている運用益のデータを計算した結果、4倍強だった。

自民党政見放送
自民党政見放送

 実は、6月24日、参議院本会議でも三原議員の演説で同じ趣旨の発言をしていた。民主党政権と比較した運用実績の誇張は、東京新聞毎日新聞のファクトチェックで明らかになったものだ(7月2日付朝刊に掲載)。朝日新聞も、7月4日付のファクトチェック記事で「言い過ぎ」と評価し、早稲田大政治経済学部の瀬川至朗ゼミも「誤り」とするファクトチェック記事を発表した(要旨、詳細はWasegg参照)。

 だが、自民党は、選挙中に発表された2018年第4四半期の運用益も加味し、民主党政権に比べて「13倍」と強調している。そもそも、安倍政権は民主党政権より2倍近く長いので、累積運用益ではなく、年平均で比較するべきであろう。最新の運用益を加算しても、年平均で換算すると「2.71倍」だった(要旨、詳細はニュースのタネ参照)。

 同じ趣旨の発言が繰り返されていることもあり、期せずして5つのメディアがそれぞれ独自にファクトチェックを行ったことになる。ほぼ同じ結果となったが、それぞれ少しずつ手法が異なるので、比較してみるとより理解が深まると思う。

「現政権は社会保障を4兆円削減」はミスリード

 消費税廃止を掲げて注目された「れいわ新選組」。政見放送で山本代表は「消費税を増税した分はすべて、社会保障の充実と安定化に使うと、政府が約束した。(…)そのうち社会保障の充実に使われたのは、たった16%のみ。消費税を引き上げる一方、現政権は7年間で社会保障を4兆円以上削っています」と発言したが、結論からいえば「ミスリード」な発言だ。

100兆円を超え、年々増大し続ける社会保障経費(厚生労働省より)
100兆円を超え、年々増大し続ける社会保障経費(厚生労働省より)

 政府が消費増税分を全額、社会保障の「充実」と「安定化」に使うと約束したが、社会保障の「充実」に使われたのは16%のみというのは事実だ。また、生活保護の削減などで社会保障費増大を抑制しているのも間違いないが、実態は、その抑制・削減幅を上回るペースで社会保障4経費(年金、介護、医療、少子化)は増大の一途をたどり、消費税の税収だけでは賄い切れていない。「7年間で社会保障を4兆円以上削っています」とだけ言えば、あたかも社会保障費が減少したかのような印象を与えるため「ミスリード」と判定した(要旨、詳細はニュースのタネ)。

 ほかにも政見放送での「年間で約1カ月分の所得が消えることになります」という発言や、ネット上で拡散していた「増税分の84%が使途不明」という言説も、ファクトチェックの結果「不正確」と判断されている。

ファクトチェックを「実践する」意義

 メディアのファクトチェックに対する関心は高まっている(参院選でのファクトチェックを紹介したものとして、朝日新聞西日本新聞産経新聞時事通信共同通信参照)。

 だが、ファクトチェックはまだ十分に行われているとは言い難い。もっと既存の大手メディアも含めた参加が必要だ。ファクトチェックの取り組みを紹介するだけでなく、自らも取り組んでほしい。

ファクトチェックの取組みを1面で伝えた西日本新聞(2019/7/17)
ファクトチェックの取組みを1面で伝えた西日本新聞(2019/7/17)

 今回の参院選では、FIJのメディアパートナーである4つのメディア(琉球新報、バズフィード、ニュースのタネ、Wasegg)が10本の記事を発表した(本日現在。FIJサイトでは、このうちガイドラインに適合していると判断された9本を紹介している)。

 FIJのメディアパートナー以外では、毎日新聞、朝日新聞、東京新聞、西日本新聞などが掲載した。

 ただ、ファクトチェックは論敵を批判するための道具ではない、ということは改めて強調しておきたい(【参院選】選挙における公正なファクトチェックはいかにして可能か)。中には、事実かどうかを検証するというより、異なる見解を批判的に論評しているだけのものも見受けられる。メディアの社論の正当化のためにファクトチェックをやっているのだとしたら、本末転倒である。

 ファクトチェックを「実践する」意義は何か。

 (1) 偽情報・誤情報を可視化することで拡散抑止につながる。ファクトチェックの効果に疑問をもつ向きもあるが、可視化しなければ抑止効果ゼロだし、実態も把握できずに有効な対策にもつながらない。

 (2) とりわけ選挙では、政治家・政党はキレイ事を強調し、対抗する政治勢力を批判して有権者の支持・歓心を得ようとする。支持者も同様だ。事実に反するとまでは言わないにしても、ミスリーディングな言説、誇張する言説に溢れており、そうした政治的意図をもった言説を批判的に吟味することができる

 (3) ファクトチェックは何も偽情報・誤情報だけを対象とするものではない。事実を丁寧に調べることで、日々のニュースだけでは捉え切れない様々な事実や問題点を浮き彫りにできる。言い換えれば、ファクトチェックは言葉尻を捉えるのではなく、現実・課題の理解に資するものを目指さなければならないだろう。

ファクトチェックを「チェックする」意義

 ファクトチェックを「チェックする」意義とは何か。

 (1) 言説・情報があふれかえっている中で、個人レベルで調べるのは時間的、物理的に限界がある。ファクトチェックの成果をチェックすれば、誤情報・不正確な情報、根拠に基づいた正確な事実を認識するのに役立つ

 (2) 全てのファクトチェック記事を見る余裕がないなら、自分が疑問なく受け入れやすい内容の言説・情報に対するファクトチェック記事を見た方がいい。人は、自分の感情、価値観、立場と異なる言説には懐疑的に見るものだし、その反対に自分の感情などと一致・共振する言説は疑問なく受け入れてしまうものだ。溜飲を下げるためにファクトチェックを見てもあまり意味がない。意識的に、自らの認識を再確認(チェック)するために、自分が信じやすい言説をファクトチェックしたものを見た方が意味があると考える。

 (3) ファクトチェックも絶対ではなく、鵜呑みにすべきではない。健全な批判精神でチェックしてもらえればよい。きちんとしたファクトチェック記事は、読者が批判的にチェックできるように根拠や資料を読者に提供している。さもなければ「ファクトチェック」と標榜しているからといって安易に信頼しない方がいいだろう。

 以下にファクトチェック記事の一覧を掲載するので、「チェック」していただければと思う(FIJがガイドラインに適合していると判断したものは「*」印(審査対象はFIJのメディアパートナーのみ)。それ以外は「・」印。あえて全て紹介しておく)。ファクトチェックの内容に疑問を感じたときはFIJサイトに情報をいただきたい。

FIJメディアパートナーのファクトチェック記事

記事の要旨一覧

【BuzzFeed Japan】

「来月から国会議員の月給が100万円→120万円に引き上げ」は誤り ネットで拡散要旨

安倍首相の答弁動画「富裕層の税金を上げるなんて馬鹿げた政策」→誤り 編集され拡散、740万再生に要旨

【ニュースのタネ】

松井維新代表の「大阪は幼稚園、保育園の保育料無償化を実現している」発言は「不正確」!要旨)(関連記事

年金積立運用益 民主党政権の「10倍」は不正確要旨

検証 消費税(1) “増収の一部しか社会保障に使わず、7年で4兆円削減”は事実か?要旨

検証 消費税(2) 増税分の84%は使途不明か?要旨

検証 消費税(3) 年間で月収1ヶ月分の負担になるか?要旨

【Wasegg】

安倍首相「年金積立金の運用益は民主党政権時代の10倍」は事実と異なる要旨

【琉球新報】

辺野古移設で「飛行経路は海上に変わる」という安倍首相の発言は正しい?→不正確 実際には住宅地上空を飛行する可能性も要旨

自民党ポスターの偽画像出回る 明日を「切り拓く」が「切り崩す」に 写真はそのまま言葉を改変

FIJメディアパートナー以外のファクトチェック記事

【毎日新聞】

年金支給額は増えたのか 三原じゅん子議員の演説をファクトチェック<有料>

【朝日新聞】

(ファクトチェック)政権移行期の運用益、説明せず<有料>

安倍首相が誇る雇用増の実績は本当? ファクトチェック<有料>

【西日本新聞】

【参院選あなたの声から】政治家の発言見極める

【東京新聞】

<ファクトチェック 安倍政治の6年半>(1)憲法 要件緩和、教育充実… 変わる改憲項目

<ファクトチェック 安倍政治の6年半>(2)経済 GDP・勤労統計・求人倍率… 「成果」実情触れず:参院選2019

<ファクトチェック 安倍政治の6年半>(3)森友・加計問題 ゆがむ「政」と「官」 忖度の疑念 消えないまま:参院選2019

<ファクトチェック 安倍政治の6年半>(4)沖縄 民意無視、建設続く

<論戦ファクトチェック>年金積立金 「運用益民主の10倍」首相説明

<論戦ファクトチェック>消費税 公明・斉藤氏「車購入、10月以降お得に」

<論戦ファクトチェック>年金、実質は目減り 物価・賃金の上昇に追いつかず

<論戦ファクトチェック>野党、具体策示し年金改革公約 自民の主張「対案ない」は言い過ぎ

<論戦ファクトチェック>戦争放棄の9条 幣原提案の説も有力 自民が漫画でPR

(*) 年金積立金の運用益に関するファクトチェックで、当初、東京新聞の記事への言及が漏れていたので追記しました。(2019/7/20 21:00)

弁護士

慶應義塾大学卒業後、産経新聞記者を経て、2008年、弁護士登録。2012年より誤報検証サイトGoHoo運営(2019年解散)。2017年からファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)発起人、事務局長兼理事を約6年務めた。2018年『ファクトチェックとは何か』出版(共著、尾崎行雄記念財団ブックオブイヤー受賞)。2022年、衆議院憲法審査会に参考人として出席。2023年、Yahoo!ニュース個人10周年オーサースピリット賞受賞。現在、ニュースレター「楊井人文のニュースの読み方」配信中。ベリーベスト法律事務所弁護士、日本公共利益研究所主任研究員。

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