出生者80万人割れでも大学が潰れないカラクリ~2040年には大学進学率80%超えも
◆少子化と合わせて「大学が全入へ」論が噴出
私の肩書は「大学ジャーナリスト」です。大学や就活などを専門として、今年で21年目になります。
この肩書のおかげで(せいで)、ワイドショーやニュース番組に出演すると、Twitterには「大学ジャーナリストって細分化されすぎ」「何でもジャーナリストと名乗ればいいというわけではない」「なんだよ、大学ジャーナリストって?」などと書かれることがよくあります(と、分かっていてエゴサーチするわけですが)。
対面で自己紹介すると、もう少しましなのですが、それでもよく言われるのが「少子化で大学全入と言われていますし、取材テーマとしては縮小していくのではないですか?」。
ここで、大学擁護の熱弁を振るったところで、大学オタクか、それとも、どこかの大学の広告担当か、と思われるのがオチ。
「いやまあ、そうですねえ」とか、適当にお茶を濁しています。
実際は、大学関連のテーマ、縮小するどころではありません。色々な切り口があります。
ところが、この「少子化が進むので大学が全入となり、経営が厳しくなる(潰れる)」という論、ネットメディアや雑誌でもよく見かけます。
最近だと、ニューズウィーク日本版サイトで「受験地獄はもう遠い過去......時代は『大学全入』から『大学淘汰』へ」(2023年2月22日公開/筆者は教育社会学者の舞田敏彦さん)が公開されていました。
実はこうした論(以降、「大学全入」論とします)、私が大学ジャーナリストとして活動を始めた21年前、あるいは、30年も前から存在しています。
さらに付言すれば、基本構成がほぼ同じで、しかも、外し続けています。
◆「大学全入で近い将来潰れる」論の基本構成
それでは、この「大学全入」論、いつ頃からか、という話の前に、その基本構成を解説します。
基本としては、
「少子化が今後進む見込みだ」
「今後、大学はいわゆる全入になる」
「廃校を選択する大学も出てくるだろう」
この3点です。
これに「大学教育の充実を」とか、「入試改革を進める必要がある」とか、様々な意見がくっつきます。
この基本構成の3点のうち、少子化についてはどの「大学全入」論も間違えていません。
少子化の進行は1990年代以降、ずっと言われ続けていることですし、統計からも明らかです。
では、「大学全入」論の何がまずいか、と言うと、2点目・3点目がことごとく外している点にあります。星占いだってもう少し当たるのでは、と思えるほどの連敗ぶりです。
◆「大学全入」論は1991年から
では、この「大学全入」論、いつごろから出ているか、文献調査をしました。
と、言っても、特に難しいことをしたわけではなく、新聞記事検索で「大学 全入」などと検索しただけです。
すると、どうも源流は1991年にあることが判明しました。
この年、何があったか、と言えば、文部省(現・文部科学省)の大学審議会が答申を出したことに端を発します。
答申は2000年までの8年間の高等教育の整備計画をまとめたものです。
答申の中で、18歳人口の減少と合わせて大学進学者の減少も想定。私立大学の経営危機や廃校の可能性についても触れたうえで、戦後に続けてきた定員拡大策を転換し、「質の充実」を打ち出しました。
この答申を報じたメディア各社が「冬の時代」と表現したことで、以降、「大学全入」論は「全入時代」「冬の時代」がついて回ります。
たとえば、同年9月11日の北海道新聞では就職協定問題を皮肉るコラムのタイトルで「大学全入時代」を使っています(「<探知機>大学全入時代の採用活動」)。
翌年、1992年には読売新聞が記事見出しで「大学冬の時代」を使いました(読売新聞1992年10月2日夕刊「大正大学から仏教学部が消える、”大学冬の時代”到来?」)。
1992年には産経新聞も大学カリキュラム改革の記事の中で「大学冬の時代」を使っています(産経新聞1992年10月21日朝刊「大学カリキュラム改革 設置基準改定受けて急ピッチ」)。付言しますと、この記事を書いた記者が阿比留瑠比さん。現在は編集委員として産経新聞紙面でも外でも、保守派の論客として有名です。おそらくは社会部所属のころの記事と推察しますが、阿比留さんの若かりし頃から「冬の時代」が使われているのか、という思いです。
1998年には中日新聞が社説で、「大学全入」論を展開しています(中日新聞1998年11月7日朝刊「社説 入試改革『大学全入』時代の入り口で」)。
その書き出しがこちら。
えり好みさえしなければ、希望者はどこかの大学に入れる時代が目の前に来ている。
中日新聞社説の24年後、産経新聞2023年1月10日朝刊「大学全入時代…学校選び重要 格差拡大、卒業後の進路も考慮」にはこんな一節が。
志願者数が入学定員を下回り、えり好みをしなければ誰でも進学できる「大学全入時代」。
まさか、産経新聞が20年以上前の中日新聞社説を盗用した、なんてことはないでしょう。種を明かすと、「えり好み」は「大学全入」論ではよく出てくるフレーズです。
産経新聞記事の前年、2022年には毎日新聞も使っていました。
志望校をえり好みしなければ大学に入学できるという「全入時代」の到来が本格化しつつある。
※毎日新聞2022年3月28日朝刊「くらしナビ・ライフスタイル:@大学 「全入時代」到来、本格化へ 2022年入試事情と今後」
記事検索システム「Gsearch」で「大学 全入 えり好み」で検索したところ、142件も該当しました。
どうやら「大学全入」論筆者にとっては「えり好み」は不可避のフレーズのようです。
◆外れる理由は「前提条件の崩壊」が大きい
それでは、この「大学全入」論、なぜ外れ続けているのでしょうか。
その理由としては3点、「前提条件の崩壊」「単一条件のみの重視(単眼的)」「地域性・入試の軽視」が挙げられます。
まずは1点目、「前提条件の崩壊」から。
これは、さらに細かく見ていくと「短大・専門学校進学の減少」「女子の大学進学率の上昇」「社会の高度化・情報化/大学教育への移行」が挙げられます。
「大学全入」論は大学進学率が現状と同じか、上昇したとしても緩やかであることを前提としています。
文部省によると、平成八年度の大学・短大への進学率は四六・二%。十一年後には五八・八%にまで上昇する見通しで、入学定員に対する志願率も八年度の七三%から十一年後は一〇〇%になる。
これは、一握りの有名大学への受験競争は残ったとしても、進学希望者の全員が大学、短大に入学できる「大学全入」時代が到来することを意味する。
※東京新聞1998年7月1日朝刊「解説 大学審議会『大学全入』を前に危機感 意識改革へ先手」より
2007年には進学率が上がっても、志願率の上昇もあって、大学全入になる、としています。
その2007年が過ぎた2008年の西日本新聞の社説がこちら。
「私大は淘汰(とうた)の時代に入った」と随分前から言われていたように思う。それがいよいよ現実味を帯びてきたようだ。
※西日本新聞2008年8月18日朝刊「社説 私大定員割れ 生き残りへ知恵絞るとき」
「大学全入」論が外れ続けていることを振り返りつつ、今度こそ、との思いがにじみ出ています。
2018年には週刊東洋経済が大学特集の中で「私大淘汰時代が来る!」を掲載。
4年制大学への進学率も足元50%前後で頭打ちだ。
※週刊東洋経済2018年2月10日号「私大淘汰時代が来る!」より
冒頭でご紹介したニューズウィーク日本版サイト記事「受験地獄はもう遠い過去......時代は『大学全入』から『大学淘汰』へ」では、2040年の大学進学率を60%と仮定して算出しています。記事ではこんな記載も。
2040年の大学進学者数46万人というのは、今の63万5000人と比べて3割近く少ないことになる。進学率が上がれば今のパイを維持することはできる、というのは楽観的に過ぎる。2040年の18歳人口は77万人なので、大学進学者63万5000人を確保するには、同世代ベースの進学率が82.5%にならないといけない。あり得ないことだ。
※ニューズウィーク日本版サイト記事20203年2月12日公開「受験地獄はもう遠い過去......時代は『大学全入』から『大学淘汰』へ」より
◆少子化で割を食ったのは短大・専門・高卒就職
2040年がどうなるか、予想する前に、これまでの進学率の推移についてご紹介します。文部科学省「学校基本調査」の経年変化をまとめたのが表1・2です。
表1では、18歳人口、高等教育機関への進学者・進学率、4年制大学への進学者・進学率です。なお、進学者・進学率は高校卒業者と過年度卒業者(浪人)を含みます。高等教育機関は4年制大学・短大・専修学校(専門課程)等の合算です。
表2は、短大の進学者数・進学率、専修学校(専門課程)の進学者・進学率、それと、高卒就職率です。
まずは、表1から。18歳人口は1966年の249万1231人をピークに一度、減少。1976年の154万2904人を底に再度、上昇していきます。1992年の204万9471人をピークに減少し、2022年は112万1285人まで減少しました。
「大学全入」論が登場した1991年と2022年を比較すると、18歳人口は92万3638人も減少しています。
ところが、高等教育機関への進学者合計数を見ていくと、1991年と2022年では19万6474人の減少にとどまっています。進学率だと1991年には55.6%だったものが2022年には83.8%まで上昇しています。
大学進学率は1991年に25.5%、それが2022年には56.6%とほぼ倍増しています。この進学率の倍増によって、大学進学者数は1991年と2022年の比較では11万3257人の増加になっています。
では、どこが割を食ったか、と言えば、短大と高卒就職であり、それをまとめたのが表2になります。
短大進学者は1991年には24万9552人、短大進学率は12.2%でした。それが2022年には4万1850人・3.7%と激減しています。
専修学校(専門課程)進学者は1991年の35万4664人(17.3%)が2022年は25万2375人(22.5%)。進学率は5.2ポイント上昇したものの、進学者数は10万2289人、減少しています。
そして、高卒就職は1991年と2022年の比較では46万1579人と激減しています。
この表1・2から、18歳人口が減少した一方で、高等教育機関、特に大学への進学率が上昇。割を食ったのが、短大と高卒就職であることが明らかです。
専門学校(専修学校専門課程)も率こそ上昇しているものの、人数が減少している点を鑑みると安泰とはいいがたい状況です。
「大学全入」論は、それぞれの時代背景を前提としています。大学進学率が56.6%まで上昇するとは想定外だったことでしょう。2018年の東洋経済記事でも「50%前後で頭打ち」としているくらいですから。
◆前提条件以上に女子進学が急上昇
では、「大学全入」論が登場した1991年、あるいはそれ以降もなぜ、前提条件が覆ったのでしょうか。それは「女子の大学進学率の上昇」「社会の高度化・情報化/大学教育への移行」の2点が考えられます。
表3は大学・短大の進学率を男女計と男女別にまとめたものです。
女子だけ見ると、1991年には大学16.1%、短大23.1%でした。それが2022年には53.4%・6.7%となっており、大学進学率は3.3倍増となっています。
このデータから、女子の大学進学率が急上昇し、短大進学率が激減していることが明らかです。
この女子の大学進学率の上昇の背景にあるのが「社会の高度化・情報化」です。例えば、看護師や理学療法士などの医療職はどうでしょうか。1990年代以前、教育の主流は短大・専門学校でした。それが2000年代以降は大学が主流となっていきます。
この30年間で日本は社会全体で高度化・情報化が進みました。病院でも、いまやタブレットや情報機器を使う必要があります。こうした高度化・情報化に対応できる人材は大学進学が必要となります。だからこそ、看護・医療の大学が増加していったのです。
表4は、学校数の経変変化をまとめました。進学者の増加に伴い、大学は1991年から2022年を比較すると293校、増加しています。
これに対して、短大は283校減少、専修学校は319校、減少しています。
◆東洋経済、「危ない私大ランキング」でやらかす
「大学全入」論が外れる理由、2点目は単眼的な点です。あるデータ、1点のみに注目して、それを全体に結びつけるのが特徴であり、複眼的とは言えません。
この単眼的な思考が全面に出た「大学全入」論が2018年の東洋経済記事です。
詳細は、2018年に公開した「週刊東洋経済『危ない私大』記事・ランキングを徹底検証~不快感示す大学、東経記者は否定」で、鬱陶しいくらいまとめましたのでそちらをどうぞ。
簡単にまとめますと、この東洋経済記事は、「私大淘汰時代が来る!」で私大経営の厳しさを指摘しています。これだけなら、従来の「大学全入」論と変わらないのですが、「強い私大50危ない私大100」というランキングを作成、掲載しています。さすが、石橋湛山・元首相が興した経済メディアの名門、と言いたいところですが、このランキングには致命的な欠点がありました。教育活動資金収支(CF)比率のマイナスが大きい順にランキングを作成してしまったのです。
教育活動資金収支比率は、学生の授業料収入などが多く、教育支出が少なければ、高まります。日本私立学校振興・共済事業団は学校法人の経営状態を測る目安の一つとして、キャッシュフロー(CF)が過去3期中2期、赤字だったかどうかを挙げています。
これを受けて、東洋経済の記者氏は「危ない私大」ランキングを作成したのでしょう。
このランキングの何がまずいのか、と言えば、「大学全入」論にありがちな単眼思考の典型だからです。
教育活動資金収支比率は、教育支出が多ければ、マイナスが大きくなって当たり前です。大学であれば、ある年に校舎の建て替えをした、などで、急に悪化することもあります。だからこそ、事業団は「過去3期中2期赤字」と条件を定義しているのですが、東洋経済記事はそれを2016年・2017年の比較だけでランキングを作成してしまいました。
2017年に教育支出の大きい大学はワーストランキングの上位に出てしまうわけで、実際に耐震工事をした玉川大学がワースト25位に入っています。他にも、創価大学(18位)、国際基督教大学(21位)など、絶対に潰れなさそうな大学もワーストランキングに入ってしまいました。
私がYahoo!ニュース個人記事を書くにあたり、取材を申し込んだところ、控えめに言っても、不誠実な返信があるだけでした。
そして、記事の訂正は、2018年3月時点で国際基督教大学に対してのみ。それも、
「国際基督教大学は、教育研究活動のキャッシュフローより基金運用を重視した財務モデルを採用しているためです」
とのこと。
国際基督教大学が「基金運用重視の財務モデル」というのであれば、他の私大、たとえば玉川大学や創価大学、それ以外の地方私大はどうなんでしょうか?
そもそも、「基金運用重視の財務モデル」、東洋経済新報社以外に誰が言っているのでしょうか?
そして、2023年2月現在は有料記事扱いで確認することができません。
こういう、記事の根本が間違えていれば訂正を出すのがジャーナリズムとしては当然だと私は思うのですが、東洋経済新報社はどうやら違うようです。
◆ホールディングス内の赤字会社と大学はほぼ同じ
東洋経済だけでなく、大学の経営状態に着目した「大学全入」論もあります。定員割れ大学の増加に伴い、2010年代から増えていきました。
大学の収入の一つが授業料であり、それが減ることは企業経営で言うところの赤字経営だ。それが続くようでは、先がない、という理屈です。
これも、「大学全入」論にありがちな、単眼思考で、学校法人会計の根本を無視しています。
大学を経営しているのは学校法人です。そして、この学校法人は、大学だけではなく、小中高や短大、専門学校など他の学校も経営しているところが大半です。
仮に大学の定員割れが続いていた、としても、他の学校(小中高など)が黒字経営だったらどうでしょうか。大学単体では赤字でも学校法人全体では黒字ということになります。
民間企業だと、ホールディングスとか大企業だと、それなりにあるパターンでしょう。ホールディングス内または企業内に赤字企業・部門を抱えていても、全体では黒字、という。
これと、学校法人・大学はほぼ同じです。
学校法人にもよっては、定員割れだろうと何だろうと、大学を維持する方が格が違う、と考えています。これも、定員割れ大学が多くても維持できてしまう理由の一つです。
単に定員割れによって大学経営が苦しくなる(破綻する)、ということであれば、いくら大学進学率が上がっても、大学数は減るはずです。ところが、前記の通り、大学数は前記の通り、大幅に増加しました。
では、一方で、募集停止・廃校となった私立大学はどれくらいあるのでしょうか。
2000年以降だと、以下の通りです。
2003年 立志舘大学(広島県/2000年設置→廃止)
2010年 日本伝統医療科学大学院大学(東京都/2007年設置→廃止)
2010年 東和大学(福岡県/1967年設置→廃止)
2011年 LCA大学院大学(大阪府/2006年設置→廃止)
2013年 愛知新城大谷大学(愛知県/2004年設置→廃止)
2013年 三重中京大学(三重県/1982年設置→廃止)
2013年 神戸ファッション造形大学(兵庫県/2005年→廃止)
2013年 創造学園大学(群馬県/2004年設置→廃止)
2013年 映画専門大学院大学(東京都/2006年設置→廃止)
2013年 LEC大学(東京都など/2004年設置→学部廃止)
2014年 福岡医療福祉大学(福岡県/2002年設置→廃止)
2015年 聖トマス大学(兵庫県/1963年設置→廃止)
2015年 福岡国際大学(福岡県/1998年設置→廃止)
2015年 神戸夙川学院大学(兵庫県/2007年設置→廃止)
2017年 東京女学館大学(東京都/2002年設置→廃止)
2020年 広島国際学院大学(広島県/1967年設置→2023年廃止予定)
2020年 保健医療経営大学(福岡県/2008年設置→2023年廃止予定)
※筆者(石渡)作成
※吸収合併・統合(共立薬科大学、聖母大学、浜松大学など)は除外
※LEC大学は2013年に学部を廃止。同時にLEC東京リーガルマインド大学院大学に改称し専門職大学院として現存
わずか17校しか廃止(廃止予定2校を含む)になっていません。
大学はホールディングス・大企業における赤字企業・部門とほぼ同じ、ということがこの廃校数の少なさからも明らかです。
◆志願率の減少も、むしろ自然
「大学全入」論では本稿公開時点でもっとも新しい、ニューズウィーク日本版サイト記事「受験地獄はもう遠い過去......時代は『大学全入』から『大学淘汰』へ」では、不合格率を論拠としています。
これは文部科学省「学校基本調査」のデータから、大学入学志願者数から大学入学者数を引いた数を不合格者数としています。そのうえで、不合格率(不合格者数/大学入学者数+不合格者数)を算出しています。
記事によると、1990年が不合格率のピークで44.5%、それが2022年には1.7%にまで落ちている、としています。
この不合格率を論拠として、記事では「今後、少子化がますます進むにつれ、有力大学にも入りやすい時代がくる」と、しています。
不合格率のデータ自体は「学校基本調査」が元になっており、その通り、と私も思います。
ただ、大学受験の変化を見ていけば、志願率が減少していくのは、自然な話です。
1990年代までは、大学受験が過熱しており、私立大受験でも5校どころか10校受けるのも自然でした。私は1994年に高校を卒業、2浪しました。3年間の大学受験で毎年、10校近く受けた記憶があります。これは私一人の話ではなく、当時はそれくらい必要、とされていました。
2000年代以降は、現役志望者が増加し、大学受験浪人は東大などの難関大や医歯系、芸術系学部などを除くと、少数派に転じています。
現役生も、1990年代以前ほど、多く志願しなくなっています。
さらに言えば、2000年代以降、大学では各大学ともオープンキャンパスを充実させていきます。
大学以外でも、インターネットの普及でだれでも手軽に大学受験情報を入手できるようになりました。受験生は志望校選定の時点で、1990年代以前よりも、志望校の絞り込みが可能となっています。これも、志望校を無理に増やさなくても済む一因となっています。
「不合格率」の落ち込みが大学全入につながるか、と言えば、私は疑問に思わざるを得ません。
◆地域性・入試を無視した「全入」論
「大学全入」論が外れる理由、3点目は地域性・入試の軽視です。
私立の難関大はほとんどが首都圏・関西圏に集中しています。
さて、表1で大学進学率の推移をまとめましたが、これはあくまでも全国平均です。
私立・難関大が集中しているのが東京都・京都府・大阪府。
この1都2府の2022年進学率は東京都が76.8%(1位)、京都府が70.9%(2位)、大阪府が61.4%(5位)。いずれも、全国平均の56.6%を上回っています。
2000年代以降、私立大の難関大でもローカル化が進みました。東京都にある私立大でも首都圏1都3県の出身者が1990年代以前よりも大幅に増加しました。各大学とも地方での説明会開催や地方入試実施などで変えようとしていますが、ローカル化は止まっていません。
つまり、難関大が集中している東京都などは、大学進学率が全国平均よりも高い分、受験での競争が厳しいことを意味します。
仮にですが、今後、大学進学率が全体で下落したとしても、それはあくまでも平均の話。他の地域に比べて東京都などは進学率がそこまで落ち込まない(難関大の倍率は高い水準のまま)ということが予想されます。
それと、入試の難しさを「大学全入」論は無視している点も見逃せません。現在の大学入試改革は受験生に高い読解力を要求するものになっています。難関大では、もともと、難易度が高かったところに、さらに読解力がないと解きようのない問題を一般入試でも総合型選抜・学校推薦型選抜でも出題しています。
たとえばですが、国立の難関大、一橋大学は今年、世界史でアフリカ南部現代史(ジンバブエ・モザンビーク)という超マイナーな分野を出題、ネットで話題となりました。
法政大学グローバル教養学部(GIS)は、少数精鋭の国際系学部です(学部定員は102人)。ここの12月入試では出願資格が「TOEFL iBT(Home Edition および Paper Edition を含む)90 点以上かつ Writing スコアが 23 点」「実用英検1級」などのいずれか。
一橋大の入試にしろ、法政大GISの出願要件にしろ、簡単だ、という人も中にはいるでしょう。とは言え、客観的には、いずれも、難易度は相当高いというべきでしょう。
そして、こうした難関大が多少の志願者動向の変動で、簡単に入れるようになるか、と言えば、これもはなはだ疑問です。
以上の3点(「前提条件の崩壊」「単一条件のみの重視(単眼的)」「地域性・入試の軽視」)から、「大学全入」論はこれまで外し続けてきました。それは今後も、そう大きくは変わらないだろう、と考える次第です。
◆2040年には大学進学率80%超えも
では、最後に2040年の進学状況の予想について。
ニューズウィーク日本版サイト記事「受験地獄はもう遠い過去......時代は『大学全入』から『大学淘汰』へ」には、2040年の大学進学率を60%としたうえで、記事ではこう書いています。
2040年の18歳人口は77万人なので、大学進学者63万5000人を確保するには、同世代ベースの進学率が82.5%にならないといけない。あり得ないことだ。
私は、その「あり得ない」とする80%超えはあり得る、と考えています。低く見ても70%超えは十分な射程圏内でしょう。
こう、予想する根拠は「社会の高度化・情報化に伴う高学歴化」「低所得者層への大学進学支援」「オンライン授業の普及」「短大・専門学校進学のさらなる減少」の4点です。
1点目の「社会の高度化・情報化」については前記の通りです。今後もさらに進むでしょうし、そうなると、高収入を得るためには大学進学が必要となります。
2点目の「低所得者層への大学進学支援」、これはすでに2019年の高等教育無償化法で実現しています。今後、少子化対策の一環で、対象の枠をさらに広げることが予想されます。大学進学や生活費等を国が支援し、返済義務がない、ということになれば、大学進学率をさらに押し上げることになります。
3点目の「オンライン授業の普及」、この恩恵を受けるのは地方の高校生です。大学進学率が低いのは地方に集中しています。2022年だと秋田県(39.6%)、岩手県(39.7%)、山口県(40.3%)、宮崎県(40.5%)、大分県(40.7%)など。
こうした地方の高校生は、大学進学希望があっても、地元の大学の少なさなどもあって、断念するケースが多くあります。
今後、通信制大学だけなく、一般大学でもオンライン授業が普及していけば、地方にいながら授業を受講することが可能となります(年に数回の対面・集中授業は必要でしょうけど)。
すでに東京都と京都府が大学進学率70%を超えています。地方の大学進学率が上がれば、全体の大学進学率も上がることになります。
4点目の「短大・専門学校進学のさらなる減少」、これは1点目とやや重複します。付け加えますと、専門学校は専門職大学という新しいカテゴリーが誕生しており、こちらに転換する専門学校が今後、増えていくでしょう。
この4点以外にも、留学産業の拡大(アメリカ、ニュージーランドのように、大学留学者受け入れを産業としていく)、高卒就職の変容(高卒就職者を就業と合わせて夜間・通信制大学に入学させる/静岡銀行などが実施済み)なども、大学進学率を押し上げる要素として考えられます。
その中で経営難などから、廃校を選択する大学は間違いなくあるでしょう。その数は「大学全入」論が想定するよりも低い水準になる、と見ています。その一方で、専門学校が大学ないし専門職大学に転換、あるいは医療・看護系やIT系を中心に新設校は今後も増える可能性があります。大学進学率70%を超えてくれば、大学数は1000校を超えることもあり得ます。
少なくとも、MARCHクラスが大幅に易化する可能性はきわめて低いのではないでしょうか。
もちろん、私の予想はあくまでも予想。今後、大学を巡る環境は色々と変わっていくに違いありません。その間に、「大学全入」論がどれくらい出るのか、あるいは本当に大学全入・大学冬の時代が到来するのか、観察を続けたいと考えています。
追記(修正/2023年3月1日・12時47分)
表の順表記、ならびに表2の掲載がなかっため、追加・修正しました。
最後の段落の後半、「その中で経営難などから~低いのではないでしょうか」加筆しました。
追記(修正/2023年3月13日・11時29分)
Yahoo!ニュース個人編集部の指摘により、聖トマス大学の所在地を大阪府と誤記していたことが判明しました。正しくは兵庫県であり、修正しました。