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奨学金返済支援制度を導入しても空回りする企業の理由~人事担当者が知ると得する話2024年編・1

石渡嶺司大学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

◆奨学金返済支援制度とは?

採用氷河期が止まらない。

企業の採用担当者は「学生の質が下がった」とこぼしつつ、それでも、採用活動を続けなければならない。

この採用氷河期にあって注目されている制度が奨学金返済支援制度だ。

この制度は奨学金(大半は日本学生支援機構の貸与型奨学金)の残高がある新卒社員に対して、企業が返済額の全額または一部を肩代わりして返済する。

規模の大きな企業だと2012年にノバレーゼ、2014年にオンデーズ、2016年にクロスキャットが導入。その後、先行3社がメディア等で注目されたこともあり、導入企業が相次ぐ。

2021年には代理返済制度が始まった。これは企業側が社員に返済支援額を手当として振り込むのではなく、JASSOに直接、振り込む形になる。

手当という形であれば、支援を受けた社員は所得税・住民税などが変動してしまうため、支援額全額を返済に回せない。

その点、代理返済制度であれば、社員は所得税・住民税などが変動することはなく、支援額全額を返済に充てることができる。

企業側もこの代理返済制度で返済支援分を損金として計上でき、税制上、有利となる。

この代理返済制度の開始で導入企業はさらに増加していった。2017年に新潮社新書から『キレイゴトぬきの就活論』を刊行した際にデータを集めたが、自治体導入を除くと10社もなかった。

それが2024年現在は1700社を超えている。おそらくは5年後には5000社は超えていくのではないだろうか。

◆「第4の賃上げ」で双方メリットも

この奨学金返済支援制度、筆者は「第4の賃上げ」と見ている。

2024年6月16日の「日経MJ」1面で福利厚生が取り上げられていた(「福利厚生代行は『賃上げ代行』 動画もコンビニ払いも安く」)。

同記事の中で福利厚生は「第3の賃上げ」と位置付けている。

様々な業界の企業が賃上げを競っているが、原資を確保するのは容易ではない。そのなかでベネワンの白石徳生社長は福利厚生を定期昇給、ベースアップに続く「第3の賃上げ」と位置づける。「いま重点を置くのは非日常ではなく日常の出費を抑制するコンテンツ。インフレ下ではチリツモで年間十万円単位で可処分所得を上げられる」
※同記事より引用

なるほど、定期昇給やベースアップで賃上げをすればそれは魅力だが、企業からすれば簡単ではない。

その点、福利厚生だと、実質的に年間数十万円の賃上げに相当する。仮に業績が悪化すれば、福利厚生を切るという手もある。

奨学金返済支援制度は福利厚生の一環だが、筆者は「第4の賃上げ」と考える。

労働者福祉中央協議会の「奨学金や教育費負担に関するアンケート調査」(2022年)によると、奨学金の平均残高は310万円、返済期間は14.5年となっている。

奨学金返済支援制度は働くだけで奨学金の残高が減り、返済期間が短くなる。これは福利厚生の枠組みとは別の「第4の賃上げ」ではないだろうか。

◆導入してもうまく行かない企業の特徴1:上限額が数十万円程度

企業・社員(学生)、いいとこ取りの制度の奨学金返済支援制度。

ところが、導入しても採用にうまくつながらない企業も一定数ある。

そのため、導入を躊躇する企業もある。

なぜ、せっかくの「第4の賃上げ」がうまく行かないのか、その理由は「上限額が数十万円程度」「勤務成績などに紐づけ」「採用サイトに上限額を出さない」の3点ある。

まずは1点目、上限額について。

今年に入って、JR東日本、青山商事がそれぞれ導入を発表した。JR東日本は上限50万円(年5万円×10年)、青山商事は上限60万円(入社した翌年から年12万円×5年)。

これが2018年ごろの方策ならまだ理解できる。しかし、2024年の方策としては落第点である。

平均残高310万円・返済期間14.5年で上限額が数十万円ないし60万円程度ならそう対した影響はない。

60万円でも数年、短くなる程度だろう。

ないよりはましだが、それで入社意欲が高くなるか、と言われればはなはだ疑問である。

奨学金返済支援制度は社員の定着率を上げる効果がある。逆に言えば、離職率の高さに伴う転職採用のコストを抑制できることにもなる。

定着率の向上や転職者採用コストの抑制を考えれば、上限額は100万円、いや、数百万円でも高い買い物ではない。

それが50万円・60万円はもちろんのこと、数十万円程度では新卒採用にはほぼ影響しないだろう。

◆以下、有料公開部分となります。

◆導入してもうまく行かない企業の特徴2:勤務成績などに紐づけ
◆導入してもうまく行かない企業の特徴3:採用サイトに上限額を出さない
◆対象外の社員をどうする?
◆上限額は?
◆支給方法は?
※無料公開部分1800字・有料公開部分の文字数3000字/合計4800字

※「人事担当者が知ると得する話・2024年編」は今後、不定期で更新予定

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大学ジャーナリスト

1975年札幌生まれ。北嶺高校、東洋大学社会学部卒業。編集プロダクションなどを経て2003年から現職。扱うテーマは大学を含む教育、ならびに就職・キャリアなど。 大学・就活などで何かあればメディア出演が急増しやすい。 就活・高校生進路などで大学・短大や高校での講演も多い。 ボランティアベースで就活生のエントリーシート添削も実施中。 主な著書に『改訂版 大学の学部図鑑』(ソフトバンククリエイティブ/累計7万部)など累計33冊・66万部。 2024年7月に『夢も金もない高校生が知ると得する進路ガイド』を刊行予定。

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