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ボルダリング日本一へ 21歳・石松大晟が奈落で見つけた”心の調整法”[クライマーズファイル]

津金壱郎フリーランスライター&編集者
昨年のボルダーW杯八王子大会で決勝進出を果たして未来を切り拓いた石松(写真:アフロスポーツ)

 朝8時過ぎに勤務するクライミングジムへ着くと、真っ先にストーブに火を入れる。だが、広いジムの冷え切った空気はなかなか暖まらない。

 アウターを着込んだまま軽くストレッチをし、ストーブのそばから離れがたい気持ちを押し込めて、ボルダリング壁に取り付く。

 身体の隅々まで目覚めさせるように登りながらウォーミングアップを行い、身体が温まったところでアウターを脱いで本格的に登り込んでいく。

 始業時間までのひと時、石松大晟はひとり黙々と目の前にあるホールドとムーブにだけ没頭している―――

目の前のことに集中して雑念を追い出す

 石松はボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)が目前に迫っても泰然自若としている。大会前の気負いや焦り、不安を聞き出すという思惑は完全に当てが外れた。

「去年の11月頃からBJCに向けたトレーニングを始めたんですが、その頃は少し不安はありましたよ。でも、トレーニングが進むにつれて、そういう感覚はなくなりました」

 理由を訊ねると、石松は昨シーズンのボルダリング(ボルダー)W杯で「A代表になる権利を手にしているから」と説明する。

 昨年度のスポーツクライミング日本代表は、BJCで26位以内の成績を残した選手のなかから、前年の世界大会での実績に応じて、SS代表、S代表、A代表、B代表が決まった。前年の世界大会で2度以上の表彰台に立つとSS代表、1月1日時点の種目別世界ランンキング10位以内でS代表。SS、Sに次いで優先的に世界大会に派遣されるA代表には世界大会6位以内の成績が必要になり、実績がない男子8名、女子6名はB代表。

 昨年はボルダーW杯で八王子大会6位、ミュンヘン大会3位という実績を持つ石松は、今年2月のBJCで26位以内になれば、今シーズンはW杯に数多く出場できるA代表に選出される可能性は高い。

関連記事 石松がボルダーW杯八王子大会で6位になるまでの苦難の道のりを記した 『【石松大晟】ボルダリング・ライバル物語 。同い年のスター、楢崎智亜を追いかけて』

昨夏のボルダーW杯ミュンヘンで初めて表彰台に立った石松大晟 撮影:筆者
昨夏のボルダーW杯ミュンヘンで初めて表彰台に立った石松大晟 撮影:筆者

 ただし、この選考基準は2017年度のもので、東京五輪の金メダル獲得に向けた強化が推進される今シーズンも同じになるとは限らない。ましてや、日本男子の全体的なレベルが向上しているなか、BJCで26位以内を逃せば、昨季のW杯での実績も水泡に帰してしまう。そのプレッシャーはないかと訊ねると、「大丈夫です」とキッパリと口にし、「うまく言えないんですけど……」と、根拠を説明する。

(※追記:2018年度の国際大会への派遣選考基準が、2018年1月24日に日本山岳・スポーツクライミング協会から発表され、前年から大きく変更された)

「去年はB代表入りするために、BJCは一桁順位を目指していたのに15位。それに比べたら今年のハードルは低いのもありますけど、それ以上に八王子大会に向けて自分を見つめ直すなかで、つかんだメンタルコントロールの方法に自信があるんです」

 昨年の石松はW杯を戦うB代表は逃したが、開催国枠に拾われて自国開催のボルダーW杯八王子大会の出場権は手にした。

「八王子大会の出場が決まって、そこからは2018年シーズンのA代表入りの権利を手にするために八王子大会の目標を決勝進出に切り替えました。その時点でのW杯の出場経験は2016年の1試合しかなかった自分が、どうすれば八王子大会で決勝に残るかを必死に考え、トレーニング法やメンタル面などのすべてを見直して。その時にメンタルの持っていき方を見つけたんです」

八王子大会では並みいる強豪を抑えて決勝に進出した。撮影:EDDIE FOWKE/IFSC
八王子大会では並みいる強豪を抑えて決勝に進出した。撮影:EDDIE FOWKE/IFSC

試行錯誤のなかで気づいた普段からの積み重ねの大切さ

 雲をつかむような目標を実現するために、苦手な緩傾斜の克服にスクワットをしたり、ボルダーW杯の動画を見て課題を研究したりと、コーチをつけていない石松は自分で考え、思いつく限りのことを試した。そのなかで、普段のトレーニングからメンタルの在り方が重要なことに気づいたという。

「いい練習をしている時って、登っている間はもちろん、合間のレスト(休憩)でも、目の前にある課題のことしか考えていないんです。でも、レスト中にほかのことを考え始めちゃうと、トレーニングに集中できていない証拠。去年のBJCの時がそうでした。正月に熊本に帰省して、成人式に出て同級生たちに応援されたんです。それで関東に戻ってきて練習を再開したら、レストするたびにBJCで優勝する姿ばかり想像していました。そのことを八王子大会に向けて自分を見つめ直した時に気づいて。それからは目の前にあることにだけ集中するようにしたら、気負いとか不安とか焦りとかを感じなくなったんです」

 その成果はボルダーW杯八王子大会で目標にしていた決勝進出となって表れた。この活躍が認められて出場が決まったミュンヘン大会に向けたトレーニングの日々でも、ふたたび八王子大会と同じことを意識しながらメンタルを整えた。

「ミュンヘン大会で3位になれたことで、自分なりの心の調整方法が、自分にとっては正しいものだと確信できた。だから、今回もそれを意識しながらトレーニングをしているんです」

昨年のボルダーW杯ミュンヘン大会では3位になり初めて表彰台に立った 撮影:EDDIE FOWKE/IFSC
昨年のボルダーW杯ミュンヘン大会では3位になり初めて表彰台に立った 撮影:EDDIE FOWKE/IFSC

大会想定したトレーニングが重要

 さらに石松は、大会に向けてのトレーニング期間で気をつけていることを明かす。

「セッションは楽しいし、刺激になるけれど、それで難度の高い課題が登れても、強くなった気にならないようにしています」

 セッションとは同じ課題を複数人でトライしながら、誰が最初に登れるか、他者と違う登り方をするかなどを楽しむのだが、石松はそこに落とし穴もあると考えている。

「大会で課題と向き合う時は、自分ひとりだけですからね。大会でもみんなが同じ課題をやりますけど、ほかの人の登りを見られるわけではない。だから、大会でいい成績を残そうとするなら、ひとりきりで自分の弱い部分と向き合って克服することが必要だと思うんです」

 12月半ばまではキャンパスボードで指や腕を鍛え、年明けからはカチ(指先がかかる程度の薄いホールドの持ち方)を重点的に強化してきたという石松に、2月3日(土)・4日(日)のBJCへの目標を訊ねた。

「順位は意識していなくて、どんな課題が出されても対応できるようにバランス良くトレーニングをしてきたから、予選5課題、準決勝4課題、決勝4課題の13課題をすべて登りたいと思っています。それが達成できれば結果はおのずとついてくるので」

 気負い立つことなく、目の前にある課題に集中しながら、石松はその日を待っている―――。

正月の帰省中に父、兄、弟と耳取峠でボルダリングを楽しんでリフレッシュ。写真提供:石松大晟
正月の帰省中に父、兄、弟と耳取峠でボルダリングを楽しんでリフレッシュ。写真提供:石松大晟

いしまつ・たいせい 

1996年12月6日生まれ(21歳) 熊本県熊本市出身。身長 173 cm

「実家のご飯が美味しくて3kg太りました。関東に戻ってくるのがイヤだったし、将来的には熊本に戻るのもありだなって思いました」

フリーランスライター&編集者

出版社で雑誌、MOOKなどの編集者を経て、フリーランスのライター・編集者として活動。最近はスポーツクライミングの記事を雑誌やWeb媒体に寄稿している。氷と岩を嗜み、夏山登山とカレーライスが苦手。

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