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SMプレイ中の死亡事故、日本では何罪?

園田寿甲南大学名誉教授、弁護士
写真は神戸地方裁判所(写真:アフロ)

■はじめに

先日、次のような刑法的に興味深いニュースを目にしました。

オーストリア首都ウィーン(Vienna)のホテルで昨年、SM行為を依頼した男性(45)がロープと靴ひもが首に巻き付いた状態で死亡しているのが見つかった事件で、男性の依頼に応じた売春婦(29)に26日、有罪判決が言い渡された。

被告は男性の身体を意図的に激しく痛めつけ、結果的に死に至らしめたとして有罪とされたものの、減刑に値する状況があったとして、執行猶予付きの禁錮2年が言い渡された。〈以下略〉

出典:依頼されたSM行為で客が死亡、売春婦に有罪判決 オーストリア

何ともいいようのない悲惨な事件(事故)ですが、人の性癖の奥深さを改めて認識させるような事件です。人の性とは、生殖という本能に全面的に支配されたものではなく、まさに意味的な次元、つまり文化の次元での出来事だという思いを強くしました。

記事では、「執行猶予付きの禁錮2年」の有罪判決が言渡されたということで、具体的な罪名は書かれていませんが、禁固刑ということからおそらく過失犯が認定されたものと思われます。

ところで、このような事件は古今東西を問わずよくあるようで、日本でも実際にいくつかの裁判例が残っています。判例集に掲載されている有名なものを紹介しますが、実はそこには刑法の目的にかかわるような根本的な問題が潜んでいるのです。

■過去の裁判例

(1) 大阪高裁昭和29年7月14日判決

被告人が、被害者の女性との性交中に被害者の承諾を得て、快感を高める目的で、被害者の喉を手で絞めて窒息死させたという事案で、裁判所は、首を絞めることは(本件では殺意がなく)「暴行」であるが、同意があるので違法でないといえるが、生命に対する危険を防止すべきであったとして、過失致死罪を認めました。

(2) 大阪高裁昭和40年6月7日判決

被告人は、妻から性交中に快感を高めるために首を絞めるように懇願され、ひもで妻の首を絞めながら性行為を行ったところ妻が仮死状態になり、適切な応急措置を取らずに死亡させたという事案で、裁判所は、本件のような被害者の承諾は善良な性風俗に反するものであるが、さらにひもで絞めるという行為は調整が難しく、窒息死に至る危険性は高いとして、傷害致死罪を認めました。

(3) 東京高裁昭和52年11月29日判決

被告人が、性交中に被害者の承諾を得てナイロン製バンドで首を絞めて死なせてしまったという事案で、裁判所は、行為が違法でなくなるためには被害者の承諾だけでなく社会的に許容されるかどうかの観点から検討することが必要で、本件のように、首を絞めるという行為は被害者を窒息死させる危険が高く、しかも当事者同士にその危険性の認識が薄いこともあって、とうてい社会的に許されるものではなく、傷害致死罪に当たるとしました。

(4) 大阪地裁昭和52年12月26日判決

被告人は、性行為の最中に被害者をロープで縛るなどしていたが、喉を強く縛ってしまい、窒息死させたという事案で、裁判所は、その行為が相手の生命や身体への重大な危険性をや身体の重大な損傷の危険を包含しているような場合には、違法性は否定されないとし、傷害致死罪の成立を認めました。

以上は絞殺の事案ですが、次のような凄惨な事件もあります。

(5) 大阪高裁平成10年7月16日判決

被告人は、風俗店から派遣されてSMプレイを行っていたが、本件被害者に気に入られ、800万円で下腹部をサバイバルナイフで刺して殺してほしいという依頼を受けて、請われるままに被害者が用意したサバイバルナイフで下腹部を刺して殺害したという事案で、裁判所は、被害者は死の危険性を十分に認識しながら、究極のSMプレイとしてナイフで下腹部を刺すことを依頼したのであり、真意にもとづいて殺害を依頼したとして、同意殺人罪を認めました。

■解説

一般に、被害者の同意は、犯罪を否定する方向に働く要因です。同意を得て行う性行為も、もちろん犯罪ではありません。しかし、SMプレイのような場合には、そこに2つの問題があります。

まず議論になるのは、SMプレイは善良な性的倫理・風俗に反するのであって、そのような同意を刑法は有効としてもよいのかという点です。

確かにこのような考えもありますが、最近では性倫理を守ることが刑法の任務ではないという考えが強く、性的ないかがわしさを理由に同意を無効とする考えは少ないように思います。たとえば、(5)の判決は、「究極のSMプレイ」としてナイフで下腹部を刺すことの同意じたいは有効とし、殺人罪の減軽的類型である同意殺人罪を認めたわけです。そのような前提には、内容が性的にいかがわしいものであっても、あえていえばそれは憲法が個人に保障する幸福追求権であるという発想があり、当事者が真に合意している限りは刑法はそれを前提とせざるをえないとしたわけです。

次に問題となるのは、(1)から(4)のケースのように、危険ではあるが殺すつもりはなく、性的快感を高めるために同意を得て首を締めるという〈危険な暴行〉を行った場合です。

1つの考え方は、暴行や傷害については、同意殺人罪のような同意暴行罪や同意傷害罪といった規定は存在しないのだから、行われた行為について生命や身体に対する危険性が高かったのかどうかを問題にすべきであって、危険性が高い場合には同意を無効とすべきであるという考えです。

この立場からいえば、首を絞めるという行為は一般に死ぬ危険性があるわけですから、いかに被害者が同意していてもそれを有効とするわけにはいかず、結局、違法な暴行行為から死の結果が発生したとして、傷害致死罪を認めることになります。判決の中には、同意の反倫理性を問題にしているような箇所もありますが、中心的な論点は行為の危険性であると考えられます。なお、(1)の判例は過失致死罪としましたが、これは手で首を絞めるという、道具を使わない点が評価された可能性がありますが、危険性という点ではひもなどを使う場合と合理的に区別できるかといえば疑問です。

もう1つの考えは、確かに性交中に首を絞めるという行為は危険な行為ではあるが、犯罪的な意思で行われているのではないのだから、死の結果や身体に重大な結果が生じたときだけ罪を問えばよいという考えです。このような立場からいえば、SMプレイじたいは刑法に触れるような行為ではないということになり、ただそれが度を越して死亡の結果が生じた場合についてだけ過失致死罪として結果についての責任を問えばよいということになります。法と倫理は分けて考えるべきであるという考え方からいえば、このような考え方が基本的には妥当でないかと思います。(1)の判決はおそらくこのような立場であると思われますし、オーストリアの事件でも、裁判所はこのように評価したのではないでしょうか。(了)

甲南大学名誉教授、弁護士

1952年生まれ。甲南大学名誉教授、弁護士、元甲南大学法科大学院教授、元関西大学法学部教授。専門は刑事法。ネットワーク犯罪、児童ポルノ規制、薬物規制などを研究。主著に『情報社会と刑法』(2011年成文堂、単著)、『改正児童ポルノ禁止法を考える』(2014年日本評論社、共編著)、『エロスと「わいせつ」のあいだ』(2016年朝日新書、共著)など。Yahoo!ニュース個人「10周年オーサースピリット賞」受賞。趣味は、囲碁とジャズ。(note → https://note.com/sonodahisashi) 【座右の銘】法学は、物言わぬテミス(正義の女神)に言葉を与ふる作業なり。

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