<シリア>同性愛者処刑繰り返したIS、その現場で
◆「神の代理人」名乗り住民統治
シリアを流れるユーフラテス川沿いの都市、ラッカ。ここはかつて過激派組織イスラム国(IS)の拠点だった。
5年前、ISがこの町から公開した写真が世界を震撼させた。目隠しをされた一人の男性が、高い建物から突き落とされる。「同性愛者の公開処刑」の瞬間だ。
昨年、私はこの処刑現場を取材した。建物はラッカ中心部のテルアビヤッド通りに面した一角に位置し、県庁舎や裁判所に近く、人通りも多い。男性が投げ落とされた建物の上階はのちに空爆で破壊され、1階部分の商店だけが残っていた。
当時、処刑を目撃した近所の20代の青年は話す。
「ISが男性を最上階に連れて上がり、突き落とした。地面に落ちたところに何十人もの戦闘員が駆け寄って、こぶしほどの石を次々と投げつけ始めた。恐怖映画を見ているようだった」
「神は偉大なり」と叫んで処刑に歓喜する様子は異様だったという。
ISはシリア・イラクにまたがる支配地域で、独自に解釈したイスラム法による統治をおこなった。その下で身体罰を含む様々な処罰が規定された。
神への冒涜(ぼうとく)は斬首刑、窃盗は手足の切断、同性愛者は高所からの突き落とし刑などだ。
ラッカの弁護士、アブドラ・アリヤンさん(56)は、ISが町の支配を固めると職を失った。IS統治下では宗教法学者やイスラム判事が裁判を執り行い、弁護士は不要だからだ。
「サウジアラビアなどから入り込んだ外国人までもが裁判官になり、イスラム文献を都合よく引用して次々と『判決』を下した。自分たちこそ神の代理人のように振る舞った」
アブドラ弁護士はそう当時を振り返った。
◆ISの同性愛者摘発
ラッカでは同性愛者が数人処刑されている。私はそのうちのある一家を探し当てた。だが取材は固く断られた。
「息子のことは誰にも知られたくない。この社会では恥ずかしいことなのです」。
母親はただそう言うばかりだった。
アハメット・アルフセインさん(26)は、友人(17)が同性愛者としてISに捕まり、処刑された。友人は薄茶色の瞳が美しい、物腰の柔らかい青年として、以前から近所で知られていた。
ISは地区に情報網を張り巡らせ、「同性愛者っぽい」と噂のある者を逮捕した。また近隣でトラブル関係にある住民が「あの家の息子は怪しい」と虚偽の密告をする例もあったという。
「ISが宗教の名で処刑を正当化し、見せしめで恐怖支配を広げた」と、アハメットさんは話す。
◆同性愛者に向けられる目、私たちの社会は
公開処刑を繰り返したISは確かに残虐だ。だが程度の違いはあれ、一部のイスラム諸国にも身体罰はある。キリスト教社会の近代ヨーロッパでも同性愛行為に刑事罰が課された。社会的偏見や差別は現代の日本でも根強い。
ISは神の言葉を実践するなどとして、現代社会に様々な制度を復活させた。宗教をどう解釈し、社会と適合させるかは、時代や地域によって異なる。過酷な処罰を下したISは「前近代的」だろう。
では振り返って私たちの社会は同性愛者にどう向き合ってきただろうか。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年2月11日付記事に加筆したものです)