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「健康格差」はナゼ生まれるか:県により1.6倍以上の差が

石田雅彦科学ジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

 日本は都道府県でちょっとずつ違いがある。たとえば、先日の横浜市長選でも争点になったが、公立中学の完全給食でも都道府県によってやっているところとそうでないところがあるし、最低賃金の開きも最高は東京都932円、最低は宮崎県と沖縄県の714円というように200円以上(※1)だ。

 政治・行政や経済で差異が生じ、こうした結果になるのだろうが、この差異は「格差」とも言える。給食が出ない地域と出る地域とでは、育ち盛りの子どもたちに何らかの影響が出るだろうし、最低賃金に200円以上もの差があるなら物価が多少高くても都会へ出てきたいと考える人は多いだろう。

「健康寿命」は伸び悩み

 この都道府県別の「格差」は、我々の健康や病気、死因にも影響を与える。都道府県別にみた死亡率では、男性は長野、滋賀、奈良、福井、京都などで低く、青森、秋田、岩手、和歌山、鳥取などで高い。女性は長野、島根、岡山、熊本、滋賀などで低く、青森、福島、茨城、栃木、和歌山などで高くなっている(※2)。また、がん(悪性新生物)の死亡率では、最も高い青森県の96.9から最も低い長野県の62.0までその開きは大きい(※3)。死因については、おしなべて男性のほうが都道府県別の差が大きく、女性はその差があまりない傾向にある。

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 先日、医学雑誌『LANCET』に、1990年から2015年までの各都道府県別のデータを解析し、この25年の間に都道府県間の「健康格差」が拡大した、という研究が出された(※4)。この論文では「DALY(Disability-adjusted life years)」という指標を使っているが、これは「障害調整生命年」という概念で「早死にすることによって失われた年数」と「障害を有することによって失われた年数」を足し、死亡率と疾病率をDALYという一つの指標にする(※5)。

 この研究によると、25年間でDALYは19.8%減少したが、その内訳は早死により失われた年数の割合が33.4%、減少に影響を与え、障害により失われた年数の割合の3.5%を上回ったという。つまり、疾病による死亡率の減少が大きな影響を与えているのに比べ、いわゆる「健康寿命」の伸びはそれほど影響を与えていないことになる。アルツハイマー病などの認知症による死亡率が増え、脳血管疾患や虚血性心疾患、がんのいわゆる三大疾患の死亡率低下が鈍ることで、特に高齢化に関係する障害を持つ人が増加していることがわかる。

滋賀県が健康格差の上位に

 これを都道府県別にみると、1990年から2015年までの平均寿命(出生時)の増加傾向には3.2歳(沖縄県)から4.8歳(佐賀県)というような差があり、平均寿命の都道府県別の最高最低の差も1995年に2.5歳だったものが2015年には3.1歳に広がっている。この間の死亡率の減少も減少幅が最も大きかったのは滋賀県(32.4%)で、最も小さかった沖縄県(22.0%)よりも10ポイント以上の差となっている。

 また、滋賀県は死亡率が全国平均を大きく下回り、2015年の平均寿命(出生時)も最も長い。一方、青森県は死亡率が全国平均より有意に高く、疾病にかかる率も最も高い。滋賀県の2015年の虚血性心疾患の年死亡率は39.8人だったのに対し、青森県は50.1人だった(全国平均は44.7人、10万人あたり)。

 さらに、脳血管疾患(虚血性と出血性の脳卒中など)の死亡率で言えば、2015年で最も高い岩手県の62.0人は最も低い37.9人の滋賀県の約1.6倍になるし、虚血性心疾患で言えば、最も高い埼玉県の55.0人は最も低い熊本県35.9人の約1.5倍になる(いずれも10万人あたり)。ちなみに、アルツハイマー病、がんは都道府県間でほとんど違いはない。

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2005年から2015年まで10年間のGBD(Global Burden of Diseases、世界の健康指標分析である世界の疾病負担研究」)による各都道府県別の出生時平均余命と死因(色分け)。上位5つと下位5つ、最上位が滋賀県、最下位が青森県。

不健康な食生活と喫煙

 格差が小さい、と言われてきた日本でも経済格差などが大きな問題になってきている。この研究によると、都道府県別の健康格差は拡大しつつある。こうした現象は、いったいナゼ起きるのだろうか。この調査をした研究者によれば、不健康な食生活と喫煙が大きな要因になっていて、DALYの34.5%がこの二つで説明がつくらしい。

 筆者はタバコ問題について記事を書いているが、喫煙率にも都道府県で10ポイント以上の差がある。喫煙率の低い三重県はいろいろなタバコ対策をとっているようだが、高い北海道や青森県はその理由をうまく説明できないようだ。もちろん、喫煙などの生活習慣も健康格差に大きな影響を与えるが、食生活やストレス、医療へのアクセス、所得格差(ジニ係数)、人間関係と社会的なつながり(ソーシャル・キャピタル)、運動などの健康意識、検診を受ける頻度など、健康格差を生み出す要因を数え上げていけば枚挙に暇がない。

 上記の研究でも、食生活と喫煙以外に都道府県間の健康格差がなぜ生じるのかを考えているが、各都道府県別のDALYと医療保健制度(※6)の間には相関関係はみられなかったようだ。過去の同様の調査(※7)でも同じ傾向がみられるが、バブル経済崩壊の25年の間に日本は政治も経済も社会も大きく変化した。

 健康格差は所得格差でもあり、また「格差の固定化」や所得再配分の問題もある。この間に国民の生活水準が大きく低下したとは思わないが、相対的な賃金低下、社会とのつながりの希薄化、ストレスの増大、非正規やパートの増大など雇用関係の悪化、食生活の変化、教育・育児環境など、健康格差を増大させる要因は多い。

健康格差を固定化させるな

 こうした健康格差は、各方面で問題視され始めている。国立がん研究センターでは、がんの情報の地域別格差をなくすため、公立図書館にがん情報を集めた冊子セットを贈る試みを始めたが、これは個人や企業からの寄付に頼っている。また、報道によれば、京都府立医大と弘前大などの研究チームが、100歳以上の人口の割合が全国平均より高い京都府北部の丹後地域の住民と、平均寿命が短い青森県の住民の健康状態を比較し、長寿の秘訣を探る研究を始めるそうだ。

 少子高齢化や病気の傾向変化、財政赤字などの社会資本の減少といった要因により、日本の医療保険制度は大きな転換点にある。次第に明らかになってきた都道府県の健康格差だが、国民の生命や健康が地域が違うことによって影響を受けてはならないし、あらゆる格差を固定化させてはならない。地域住民の特性をよく分析して理解した上で、都道府県・地域ごとに効率的な医療保険制度を作っていくことが大事なのだろう。

※1:時給、2016年度、地域別最低賃金の改定額

※2:厚生労働省、平成27年都道府県別年齢調整死亡率の概況

※3:国立がん研究センター、都道府県別、悪性新生物、75歳未満、年齢調整死亡率(人口10万対)、2015年

※4:Shuhei Nomura, et al., "Population health and regional variations of disease burden in Japan, 1990-2015: a systematic subnational analysis for the Global Burden of Disease Study 2015." THE LANCET, 19, July, 2017

※5:「YLL(Years of life lost)」と「YLD(Years lived with Disability)」、早死することで失われた期間と疾病で障害を余儀なくされた期間を健康な生活が慢性疾患によって失われた期間を「DALY」としてみなす。また「DALY」の指標には批判もある。たとえば「健康」と「障害」を区分けすることで「障害をもちながら健康に生きる」という概念を否定するのではないか、というものや「健康」と「死」の間に「障害」というグレーゾーンなどない、というものだ。

※6:1人あたり医療費(2015年)と医療従事者の密度(2014年)

※7:Fukuda Y, Nakao H, Yahata Y, Imai H. "Are health inequalities increasing in Japan? The trends of 1955 to 2000." BioScience Trends, 1(1) 38-42, 2007

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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