映画“あの花”、ドラマ“春になったら”の主題歌が連続ヒット――福山雅治の歌はなぜ泣けるのか
映画も主題歌も大ヒット“あの花”&「想望」
なぜ福山雅治の歌は泣けるのか――。
SNSを中心に「とにかく泣ける」と話題となったベストセラー小説を実写映画化した『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』(以下“あの花”)が、累計入場者数約320万人を突破し、興行収入も41億円超えと大ヒットになり(いずれも2月17日現在)、現在も数字を伸ばしている。汐見夏衛の原作小説(スターツ出版文庫)も、映画化発表時点ではシリーズ累計が50万部だったが現在は125万部を超える大ヒットになっている。そして映画を観に行った人の心をさらに揺さぶり、号泣させているのが福山雅治が映画のために書き下ろした主題歌「想望」だ。
「いま、日々を生きていることの幸せ」を描いたバラード「想望」
映画のストーリーは、現代を生きる女子高生・百合(福原遥)が母親と喧嘩をして家出をし、近所の防空壕跡に逃げ込むが、朝、目が覚めるとそこは 1945 年6 月、戦時中の日本だった。そこで特攻隊員彰(水上恒司)に助けられ、その誠実さや優しさに百合はどんどん惹かれていく。しかし彰は命がけで戦地に飛ぶ運命だった――そんな二人の時を超えたラブストーリーに、福山は「いま、日々を生きていることの幸せ」を描いた「想望」というバラードを書き上げた。
映画館には10代~20代はもちろん、幅広い世代の観客が駆け付け、観終えたユーザーからはTikTokやX(旧Twitter)に「“あの花”、最初から最後まで大号泣 最後のエンドロールの福山雅治でいちばん号泣 この時代に生まれてこれたことへの感謝と今なりたい夢に向かって勉強できてる自分の環境に感謝 初めて戦争とちゃんと向き合った」「“あの花”、感動したし良かったけど、いちばん良かったのエンドロールに歌詞付きで流れてた福山雅治の歌やった気がする。めちゃくちゃ映画の内容に沿ってて追い泣きした」「終盤までグッとくるシーンはありつつも軽傷で済んだぜ…と思っていたら エンドロールでおれの涙腺は死にました」等のコメントが、相次いで投稿された。
フィジカル(CD)のイメージが強かった福山がデジタルで大きく跳ねる
TikTokではさらに、様々なユーザーが“あの花”関連の動画を投稿。「#あの花が咲く丘で君とまた出会えたら」のハッシュタグがついた動画だけで、総再生回数は3億視聴を超えている(2月17日現在)。「想望」も配信前から TikTok などのショート動画で、泣けると話題になっていた。そして12月4日に配信され、年末の「NHK紅白歌合戦」や各局の音楽番組でのパフォーマンスや、映画の映像と融合させたインスパイアムービーが公開されるなど、重層的なプロモーションも相まって、各音楽配信サービスで上位にチャートインし、累計19のカテゴリーで1位を獲得した。
「想望」は福山にとって9作目の配信シングル。フィジカル(CD)のイメージが強いアーティストだが、デジタルシングルの「想望」が大きく跳ねた。
「『想望』は映画の中の二人の関係からははみ出ている。原作にも映画にもない二人の明るい未来、日常、二人の思いがせめてエンディング=主題歌では叶えられていて欲しい、という思いを込めた」
映画を観たユーザーのコメントにもあるように、エンドロールで流れる「想望」までが物語、そう捉えている人が多い。長崎県出身で、平和を願う気持ちは誰よりも強い福山は、この曲を書くにあたり「相当の覚悟が必要だった」と、1月21日に出演した『日曜日の初耳学』(TBS系)で語っていた。
実は「想望」では映画では描かれていない世界が描かれている。「原作小説が“問い”であり映像が“答え”」で主題歌は旅立った者=彰の目線で、二人の“その先”を歌っている。「残された者の悲しみ、旅立った者の悲しみ、どちらを描くべきなんだろうって考え、旅立った側の目線で書きました。映画の中の二人の関係からははみ出ている。一緒に暮らしているという原作にも映画にもない二人の明るい未来、日常、二人の思いがせめて主題歌のエンディングでは叶えられていて欲しいという思いを込めた」と、その“仕掛け”を教えてくれた。これは自分達の未来がこうだったらいいのにという彰の心情でもあり、映画を観た人の“願い”とも重なる。
映画を観た全ての世代の人の、様々な思いをひとつにするのが「想望」
映画の舞台は令和から昭和へ、全く価値観が違う二つの時代を映し出す。だから幅広い年齢層の人が様々な思いを胸に描きながら映画を観ることになる。人によっては理解できる部分、理解できない部分も出てくるかもしれない。しかし「想望」が人としての大切な部分、根源的な部分を鮮やかに描いているからこそ、映画を観終え「想望」を聴くことで、全ての人の心にひとつの大きな感動が押し寄せてきて、誰もが涙する。「想望」が大きな役割を果たしているのではないだろうか。
<好きなんだ 君をまだ好きなまま 帰らぬ旅へ征かなきゃ 永遠の旅へ>という最初のフレーズで楽曲の全てが表現されているし、福山でなければ書けない歌詞だ。作詞家・秋元康が福山が書く歌詞について「感受性の豊かさと人間らしさが歌詞に宿る」(『日曜の初耳学』より)と評している。だから福山の歌は泣けるのだ。人が感じていること、感じているけどうまく言葉にできない感情を、シンプルな言葉で表現してくれる。そこに自身の溢れる想いも映し出しメロディと共に歌として伝える。まるでそれがシンガー・ソングライターという“伝え手”としての使命のように。
「想望」もそんな溢れる想いを低音からファルセットまで広い音域の歌、自身のアレンジで余すことなく伝える。そして井上鑑アレンジの弦の音色が、想いと言葉をさらに立てている。
笑って泣ける話題のハートフルホームドラマ『春になったら』の主題歌「ひとみ」
福山が歌う、胸を打つ作品は映画だけではなく、ドラマの中でも多くの視聴者の涙を誘っている。1月15日にスタートした奈緒と木梨憲武主演の話題のドラマ『春になったら』(カンテレ・フジテレビ系)は、3カ月後に結婚する娘(瞳/奈緒)と3カ月後にこの世を去る父(雅彦/木梨)の3カ月間を描いた、笑って泣けるハートフルホームドラマ。シリアスさとコミカルさが同居する難しい空気、塩梅を、福山が歌う主題歌「ひとみ」(2月19日配信リリース)がやさしく包み込み、伝えてくれる。ドラマオンエア直後からSNSには多くの視聴者から感想の書き込みが殺到した。
生と死、光と陰という難しいテーマを、福山流のポップスはまさに包み込むように、抱きしめるように寄り添い、ドラマと溶け合っている
その一部を拾ってみると「数週間前は“あの花”でエンディング聴いてボロ泣きして、それでこれからはこのドラマで毎週聴いて、どんどん歌詞の意味がドラマに当てはまっていって……わたし福山雅治さんに何回泣かされるんだろう……」「輝く人の陰の努力にスポットが当たっていて、大切な人にも輝いて欲しいと願う歌詞」「人が生まれてくる瞬間に携わる仕事をしている主人公と、3ヶ月後に亡くなってしまう父親。この対比があまりにも残酷なのにポップで温かい作風なの凄すぎる。エンディングの福山雅治で死ぬほど号泣する未来が見える」――と、生と死、光と陰という難しいテーマを、福山流のポップスはまさに包み込むように、抱きしめるように寄り添い、ドラマと溶け合っている。
「僕にとってはラジオは生活」。ラジオでもリスナーをまるで抱きしめるように寄り添っている
この感覚、どこかで感じたことがあるなと思いを巡らせていたら、「福のラジオ」や「地底人ラジオ」といったレギュラー番組で、リスナーからのメールや手紙に答える福山のしゃべりだ。真剣な相談にはとことん寄り添い、温かな言葉を贈り、明るい話は一緒になってさらに明るくどこまでも盛り上げ、ラジオの向こう側にいる人を笑顔にする。「僕にとってラジオは生活」と語っている大切な“場所”でも普段から、前述したようにリスナーに“抱きしめるように寄り添って”いるのだ。
“往復書簡”と“命名”――「ひとみ」を読み解くキーワード
柔らかなイントロと、<ねぇ ひとみ>と語りかける福山の穏やかで温かい声から始まる「ひとみ」について福山は「子を想う親、親を想う子。雅彦と瞳。人生も家族も、決して良いことばかりではありません。しかし、長い時間をかけて『他者を思いやることで見えてくる自身の人生観』もあるのでは。このドラマに、そしてご覧になってくれる皆様の心に寄り添える歌になることを願っています」とコメントしている。
温かなサウンドと福山の滋味深い歌から伝わってくる強さと優しさ。この曲について福山が自身のラジオ番組で「往復書簡」「命名」というキーワードを伝えていたように、後半では<ねえ お父さん 私からもいいかな>と娘(瞳)が父(雅彦)に語りかける。そう、この曲は父と娘が交わした手紙だった。
前半は父から<名もなき努力をみつけて>と、福山が言う『他者を思いやることで見えてくる自身の人生観』というものを大切にして欲しいという娘への願いが込められている。それは父の生き方にもなっている。命の期限が迫っていてもなお、周りを笑わせ、心配を掛けないようにと気遣う雅彦という父の、そして一人の人間としての生き様に触れる瞳。
父からの願い、娘からの願いと想い、そして福山の想い
利他の心で周りに接することで全ての人が居心地がいい、生きやすい社会になって欲しい――そんな父の願いは娘にも伝わり、それが<目に見えるものは 見えないものでできている>という歌詞に昇華されている。この歌詞の<見えないものでできている>という部分で一瞬音が止まり、時が止まる。福山の歌が剥き出しになる。そして静寂の後はストリングスがヴィヴァルディの「四季」の「春」を奏でる。清々しい音色からは『春になったら』全ての人に幸せが訪れますようにというメッセージが伝わってくるようだ。
瞳にも雅彦にもその周りの全ての人にも、さらには世界中の人々が平和で、穏やかな気持ちで生活できるように――福山の真摯な想いが伝わってくるようだ。それはこの曲のジャケットからも感じる。福山の直筆の「ひとみ」という文字から伝わる温もりと、穏やかな表情の福山の瞳の先に映っているものを想像すると、「ひとみ」という曲のメッセージを、より深く理解できるはずだ。19日に配信リリースされた「ひとみ」は主要音楽配信サイトで19冠を獲得し、好スタートを切った。
秋元康は福山が紡ぐ言葉を「感受性の豊かさと人間らしさが歌詞に宿る」と絶賛
「想望」も「ひとみ」も、前述した作詞家・秋元康の「感受性の豊かさと人間らしさが歌詞に宿る」という言葉の通り、その人間性が溢れ出ている言葉とメロディを、進化を重ね深化した懐が深いボーカルで情感豊かに歌い、聴き手の感情に訴えかける。
映像作品に寄り添う曲を作る時、物語の深いストーリーと、そこに登場する人物の気持ちを丁寧に紡ぎ、そこに福山の届けたい、伝えたいという強い想いが交差することで、聴き手の心への浸透圧が高くなる。それはタイアップ作品ではない場合も同様だ。
なぜ福山雅治の歌は泣けるのか――その想いの強さが、聴き手の心を直撃するからだ。