工藤静香 7年振りの新作『明鏡止水』で描く喜怒哀楽。「感情にまみれながらも“無”になる瞬間が必要」
スキマスイッチ大橋卓弥、wacci橋口洋平、村松崇継、シライシ紗トリ、Kōki,という多彩な作家陣が楽曲を提供
工藤静香が7年振りのオリジナルアルバム『明鏡止水』を7月3日に発売した。様々な人間の感情、喜怒哀楽が映し出された、“血が通った”人間臭い作品だ。
あらゆる情報が錯綜する心落ち着かない時代に「心を一回リセットして、自分がクリアになる瞬間が必要」と工藤は語る。そんな思いを込めて久々のオリジナルアルバムに『明鏡止水』と名付けた。大橋卓弥(スキマスイッチ)、橋口洋平(wacci)、村松崇継、シライシ紗トリ、Kōki,という多彩なソングライター陣が集結。それぞれの個性と工藤の歌、表現力が交差して豊潤な曲が生まれた。このアルバムについて工藤にインタビューした。
2017年の『凛』以来7年振りのオリジナルアルバム『明鏡止水』
「準備を始めたのが2年くらい前で、常にオリジナルアルバムを出したいという気持ちはあるんですけど、やっぱりバランスとかそのときの流れがあるので、今このタイミングでリリースできたことが一番無理のない形でした」。
7年ぶりという時間の経過についてそう説明してくれた。2017年の30周年のタイミングでは12年ぶりのオリジナルアルバム『凛』(2017年)を、2019年にはエド・シーランやアデルなど洋楽アーティストの楽曲をカバーした『DEEP BREATH』を、そして2021年には中島みゆき作品をカバーした『青い炎』(2021年)を発売。2022年、35周年のタイミングでは初のセルフカバーアルバム『感受 Shizuka Kudo 35th Anniversary self-cover album』を発表し、その時やりたいこと、歌いたい歌をコンスタントに発表してきた工藤。そして『明鏡止水』だ。
「多忙な毎日の中で様々な感情にまみれながらも、真の自分を感じる瞬間というか、澄み切った状態の中に自分を置くことが大切だと思うんです。そんな思いを込めて“明鏡止水”というタイトルにしました」
「このアルバムにはアップテンポからスローなナンバー、それから女性っぽい歌、悲しい歌、本当に色々な歌が詰まっていて、それは喜怒哀楽、様々な感情が溢れているということ。多忙な毎日の中で様々な感情にまみれながらも、真の自分を感じる瞬間というか、澄み切った状態の中に自分を置くことが大切だと思うんです。よく“無”になるって言うじゃないですか。そういう時間ってやっぱり必要だと思う。そんな思いを込めて“明鏡止水”というタイトルを付けました」。
「『霙』を聴いた時は泣いてしまいました」
大橋卓弥(スキマスイッチ)、橋口洋平(wacci)、村松崇継、シライシ紗トリ、Kōki,という様々なソングライターが書いた曲がアルバムを彩り、“今”の工藤静香を鮮やかに映し出している。橋口洋平が作詞・曲を手がけた「丸」と「霙」(みぞれ)以外は、愛絵理=工藤が歌詞を書いていることが、より工藤の“リアル”を伝えている。自身で書いた歌詞とそうではない歌詞、歌詞へ入り込み方、感じ方は違うのだろうか。
「不思議なんですけど、温度差が全然ないです。多分、作詞の愛絵理と工藤静香が完全に別なのだと思います。『丸』は『おじゃる丸』のエンディングテーマで、アップテンポの明るい曲だけど、橋口さんは前向きで素晴らしいことビシッと言ってくださっています。そして『霙』(アレンジ:村中慧慈(wacci))ももう素晴らしすぎて。曲を聴いた時泣いてしまったくらい大好きです。私はかつて雪のことを『Ice Rain』と表現したことがありますが、橋口さんは<雨にもなれず 雪にもなれず 流れもせずに 積もりもせずに> という歌詞に、『霙』というタイトルをつけて、本当にすごいなって思って、橋口さんにそのことを伝えたら、『これは静香さんと静香さんの声をイメージして書きました。wacciとしての曲だったら書けなかった』と、言ってくださいました。悲しくて切ないけど、でも少し前向きなところがwacciさんらしいというか」。
この曲の仮ボーカル録りの際は工藤とwacciのセッションが実現し、工藤は涙を堪えることができず途中で歌えなくなったという。キャリアの中でも大きな存在になる一曲になりそうだ。
「『香雪蘭~好きより愛してる~』も『第3惑星』の歌詞も大橋さんに気に入って頂けて、大橋さんは素敵な詞を書く方なのでとても嬉しかったです」
スキマスイッチの大橋卓弥は「香雪蘭~好きより愛してる~」(2023年10月配信)と「第3惑星」を提供している。「香雪蘭~」はアレンジを常田真太郎が手がけスキマスイッチとのコラボが実現した。
「『香雪蘭~好きより愛してる~』はスキマスイッチのお二人に『切なくてキュンとする曲をください』とお願いしました。歌詞を大橋さんが気に入ってくださって嬉しかったです。この曲も『第3惑星』も歌い出しの部分がすごく低くて、ここまで低い曲って今までなかったと思います。でも今こういう曲を歌えることができてよかった。歌の幅が広がったと思います。2曲共あの低さはサビの到達点、ドラマティックさへの序章になっていて、こういう曲を書いてくださった大橋さん自身がドラマティックな方なのだと思います。『香雪蘭~好きより愛してる~』も『第3惑星』の歌詞も大橋さんに気に入って頂けて、大橋さんは素敵な詞を書く方なのでとても嬉しかったです。この2曲は、個人的にも心の中に残る2曲となりました。」
オープニングナンバーの「アイスコーヒー」と「I am ready」は、Kōki,が手がけている。
「Kōki,のデモ音源を聴いてすごく気に入って、アレンジやギターのリフも格好良くて完成度が高い2曲でした。両方共洋楽っぽい曲なので、日本語詞を乗せるのが難しかったのですが『アイスコーヒー』ではセクシーな女性像を描きたくて、『I am ready』では久々に生意気で強気な女性を描いてみたいと思いました」。
2曲共工藤の声のスウィートスポットを知り尽くしているメロディと音の高低差で、歌の表現力がより熱を帯びて伝わってくる。Kōki,はこのアルバムのリード曲「霙」のMusic Videoで俳優の戸塚純貴と共演し、注目を集めた。
「『Go easy!』は、SNS時代に生きているとこの業界じゃなくても、色々言われて嫌な思いをしている人がたくさんいると思うので、そういう風潮に対しての思いというか、お願いを歌詞にしました」
ホーンが鳴り響く、シライシ紗トリの手によるロックナンバー「Boo」と「Go easy!」は、リアルでシニカルな歌詞が痛快で、SNS上や様々な場面でいわれなき誹謗・中傷に苦しんでいる人が多い昨今、この2曲を聴いて胸がすく思いをする人が多いのではないだろうか。ライヴでは盛り上がり必至だ。
「『Boo』はみんないい子、いいママ、いいパパじゃなくていい、たまにはダラダラしたいし、勝手気ままに生きようよ、という感じのとにかく楽しい曲に仕上げたいなと思いました。『Go easy!』もこのSNS時代でこの業界じゃなくても、色々言われて嫌な思いをしている人がたくさんいると思うんです。ですからそういう風潮に対しての思いというか、お願いです」。
「Go easy!」の歌詞にもあるが、<気楽に行こう 好きな 人や事に 神経全集中 神経全集中>することが、現代社会をしなやかに生きるための最善の方法なのかもしれない。
2023年にリリースした、村松崇継とタッグを組んだ2曲も収録されている。強いメッセージが込められた「勇者の旗」は、全ての頑張っている人の背中を押してくれる美しいバラードで「宝物になりました。村松さんも『お守りにする』と言ってくださいました」(工藤)と語ってくれた。そして「ずっと近くにいるのにずっと想いが伝えられない女性のことを書いてみました」と語る、女性の切ない心模様を、美しいストリングスが薫り立てる「孤独なラプソディー」は、工藤の突き抜けるハイトーンと、優しい歌が胸に迫ってくる。
「絵を描くことと歌詞を書くことは似ているのかもしれない」
シライシ紗トリが手がけたもう一曲「Sea glass」は、ミディアムテンポのロックナンバーで、どこか絵画的な歌詞が印象的だ。思いを抱え、波打ち際を歩く女性の映像が流れてくるようだ。画家としても有名な工藤だが、絵を描くということと歌詞を書くということは共通する部分があるのだろうか、それとも全く別の感性での表現方法なのだろうか。
「言葉は探しながら生まれてくるもので、そこには自分の経験したことが入ってくる感覚です。例えば<あなたの瞳に映った私>という歌詞は、相手の目をじっと見ていなければ自分の姿は確認できないじゃないですか。それは実体験だし、確かに私はこの人の瞳の中に映る自分を見たことがある。そういう経験プラス“探す”作業も加わるのが作詞です。例えば夏の終わりを表現したい時、他にどんな言葉が素敵かなって探して、夏のビーチがある、そこには白い砂、黒い砂、貝殻、シーグラスがある、という風に探す感じです。絵は探すというよりは生み出す感覚と、あと、見つける感じ。“探す”とはニュアンスが違うんですよね。最初から構図を決めて書く時もあるんですけど、でもそこからまた例えば海の中を描いているはずなのに、羽が生えているように見えるなとか。そういうのを見つけるというか…。だから絵を描く作業と歌詞を書くことは似ているのかもしれません。歌詞を書く時はとにかく曲を聴きまくって、頭の中で鳴らし続けて、言葉を探しています。それでも出てこない時は例えば結末から書いたり、違うアプローチをして自分に刺激を与えます」。
「どんな人にも、どんな人の心にも響く歌があるはず、そう思いながらこれからも歌い続けていきたい」
このアルバムの、シンプルだけど大きな事実としては、愛絵理という作詞家の言葉の力と、工藤静香というシンガーの表現力の豊かさを、改めて強く感じることができるということだ。
「歌はこのメッセージを代弁して、人にどう伝えるかというのがとても大切だと思いながら歌っています。どんな人にも、どんな人の心にも響く歌があるはず、そう思いながらこれからも歌い続けたい」
このアルバムを引っ提げての全国ツアー『Shizuka Kudo 「明鏡止水~piece of my heart~」 Concert Tour 2024』がスタートしている。アルバムの曲達がライヴでどんな伝わり方をして、聴き手の心の中でどう響くのか、楽しみだ。
また8月22日放送の『The Covers』(NHK BS)にも出演することが決定している。80年代アニメソング特集ということで工藤は、TM NETWORK「Get Wild」と『ドラゴンボールGT』のエンディングテーマ「Blue Velvet」のセルフカバーを披露する。