ルールでガチガチの制度が「帰省や旅先でテレワークもあり」など柔軟に進化。日本航空の働き方改革の進め方

日本航空株式会社 久芳珠子さん(筆者撮影)

今春エン・ジャパンが471社を対象に行なった調査によると、規模が大きい会社ほど「働き方改革に取り組んでいる」と回答する割合が高い。(参考:「企業の働き方改革」実態調査―人事担当者向け 中途採用支援サイト『エン 人事のミカタ』アンケート―

貴社は、働き方改革に向けた取り組みを行なっていますか?(企業規模別)(「企業の働き方改革」実態調査より)
貴社は、働き方改革に向けた取り組みを行なっていますか?(企業規模別)(「企業の働き方改革」実態調査より)

しかし、取り組んでいる率は低くても、比較的歴史の浅い会社や規模の小さい会社の方が、自分たちが幸せに生産的に働ける方法を深く問い、そこに向かっていくことに成功している会社が多いのではないか。筆者は、取材を通じてそう感じることが多い。

歴史の浅い会社の方が、過去のしがらみに囚われずに新しい考え方や制度を取り入れていきやすい。古い会社の非合理的なやり方にうんざりした経験があり、自分が起こした会社では積極的に新しい働き方を取り入れていこうという経営者も多い。人数が少なければ、新しいやり方を組織に浸透させるためのコストも少ないし、価値観が近い人たちが集まっていることが多いので、余計に効果が出やすいということもあるだろう。

逆に、歴史ある大企業が変化をするには、超えなければいけないハードルがたくさんある。今回取り上げる日本航空(JAL)グループもそうだっただろう。2014年に在宅勤務のトライアルを始めた時は、ルールで厳格に管理し、申請も手間のかかる使いづらい制度だったという。しかし、地道に改善を積み重ね、今年4月からは自宅以外でも勤務が可能な、場所に捉われない働き方を実現させた。夏には有給休暇取得を目的とした新しい休み方と働き方の制度のトライアルとして、海外旅行中のテレワークを認める「ワーケーション」にまで発展させた。

同社の働き方改革を推進してきた久芳珠子さん(人財本部 人財戦略部 ワークスタイル変革推進グループ アシスタントマネジャー ※所属・肩書は2017年9月時点のもの)に、大企業でもできた、あるいは大企業ならではの変革の方法を伺った。

経営トップの掛け声のもと、各社各部門なりの働き方改革をスタート

JALグループが働き方改革に向けて本格的に動き出した2015年4月、植木義晴社長はグループの社員に向けて「ワークスタイル変革について」というメッセージを発信した。

同社は2010年に経営破綻した後に再建を進め、2012年にはV字回復を実現した。メッセージの中で植木氏は、再生に向けて努力を重ねてきた社員をねぎらいつつ、今後も永続的に発展し続けるためには、より付加価値の高いサービスを創出して顧客に選ばれ続ける必要があること、そのためには「全ての社員が総力をあげて活躍し続けられる環境を創り上げていかなければならない」という考えを述べている。そして、ワークスタイル変革の目指すべき姿として、以下の3点を提示した。

・全社員が、生産性高く、やりがいをもって働き成長する。

・生み出された時間を社員一人ひとりが自身の時間の充実にあて、様々な経験を通じて成長する。

・これらの社員が生み出す、より付加価値の高い仕事の成果により会社も成長する。

出典:ワークスタイル変革について

会社として働き方改革を始めるというと、そのための部署やプロジェクトが主導して計画や方法が決められ、各部門はそれに従うというケースが多い。しかしJALでは、トップからのメッセージを共通のコンセプトとし、具体的な方法はグループ各社・各部門に任された。同社の働き方改革の成功例としてよく取り上げられるのが、多忙を極め、深夜残業が恒常的だった「調達本部」の労働時間削減の例だが、それは各現場の自主性に任された結果として生まれた成功だったのだ。

ワークスタイルを変える最初のカギはペーパーレス

久芳さんの所属していた本社のワークスタイル変革推進グループは、各社・各部門の改革を支援しつつ、共通ルールやインフラの整備など全社で解決すべき共通課題に取り組んだ。また、各部門の取り組みの中から成功事例を取り上げ、共通のシナリオを作り、他部門にも横展開していくという役割を担った。

各部門の取り組みのエッセンスを抽出して作成した共通のシナリオは、「ペーパーレス化」が肝になっている。
各部門の取り組みのエッセンスを抽出して作成した共通のシナリオは、「ペーパーレス化」が肝になっている。

このシナリオのポイントのひとつは、「ペーパーレス化」だ。久芳さんに、その意味と具体的手順を解説してもらった。

1.新たな紙を生まないしくみ

「まずは、新たな紙を生まないしくみを作ることが大事です。『紙に書き込む必要があるから、紙の削減は難しい』など、それぞれの仕事のスタイルがある中でいかに紙の削減を実現していくか。例えばある案件が続いている間は自分用に紙の書類を取っておくのは構わないけれども、その案件が終わったらシュレッダーにかけて処分する。あるいは、会議のためにExcelを大きく印刷するのは構わないが、会議が終わったらシュレッダーにかける。そういうことをお願いし、紙で保存するものを増やさないというところから始めました」

2.紙からの解放

「手元に残している紙というのは業務上、記録しておくべき内容であったりする場合が多く、それらを手放すのは大変です。ですが、時間をかけてでも電子化してクラウドに保存していくと、誰もがいつでもどこからでも書類にアクセスできるようになるというメリットもあります」

3.場所からの解放

「紙から解放されるということは、場所からの解放にもつながります。自席以外でも業務ができるようになり、座席のフリーアドレス化がペーパーレスの終着点です」

紙の書類の他に、固定電話やデスクトップパソコンも、「この場所でなければ仕事ができない」という要因になる。そこで、内線通話機能のついたスマートフォンを配り、パソコンも持ち出し可能なノートパソコンに切り替えた。そうして場所に縛られずに仕事ができる環境を整えた上で、業務そのものを見直したり、仕事をする場所や時間を柔軟に選べるようにし、生産性向上につながる働き方を追求していく――というのが、共通シナリオの内容だ。

改良を重ね、使いやすい在宅勤務制度に

在宅勤務制度は2014年にトライアルを始め、2015年に正式導入したが、その後も利用者の声を聴きながら少しずつ内容を改善してきた。

最初は利用申請や利用時のルールなどが煩雑で、使いづらい制度だったという。それでも、全体の1割ほどの社員が利用して様々な意見が出てきたことが、その後につながったと久芳さん。

「トライアルを始めたら、『これは使える』とすぐにキャッチして先頭を走るような社員がいました。新しいものに対して抵抗なく挑戦できるようなアーリーアダプターの社員が、実際に経験して分かったことをフィードバックしてくれました」

在宅勤務制度を導入する時、育児や介護、病気の治療など、何か理由のある人たちに対象を絞って始める企業も多い。しかしJALでは、トップが掲げた「全社員が、生産性高く」を実現するために、最初から理由を問わず全員を対象とした。そうでなければ、積極的に制度を活用し、さらに良いものにするために意見しようというアーリーアダプター層は生まれていなかったかもしれず、この点は非常に重要だったのではないだろうか。

初期の時点で多かった意見としては、「丸1日在宅勤務は難しい。半日単位で利用できないか」というものと、「自宅以外でもできないか」というものだったという。

「半日単位での利用」については、最初のトライアルの翌年、2015年の正式導入時からすぐに採用され、さらには午後の数時間ちょっとした用事を済ませるために抜けるなどの“分割取得”もできるようになった。いずれも、半年程度の「トライアル」を行い、問題がなければ正式な制度として導入していくという形をとっている。

「自宅以外でも」という声に対しては、2016年に在宅勤務の“自宅縛り”を撤廃した。

「初期の頃に出てきた意見としては、家で仕事をしていると雑用を頼まれたり、午後には小学生の子どもが帰ってきて遊ぼうと言われたり、なかなか自宅では仕事をしづらいということでした。だから、図書館やマンションの共用部などでもできないか、と。

ただ、これについてはセキュリティをどう担保するかという点で社内の合意形成に1年半くらいかかりました。パソコンをバッテリーの持ち時間が長く、万が一紛失しても遠隔操作でデータを削除できるようなセキュリティの高いものに変えたり、外で仕事をするときは画面を覗き見されないように壁を背にして座るようにするというルールを決めたり、利用環境等を整備した上で、“自宅しばり”を撤廃しました」

他にも色々な意見が出てきたが、それぞれに対して「すぐにできること」と、「時間やコストがかかること」に場合分けをし、何をどのタイミングで実現していくかというロードマップを描きながら、制度を改善してきた

「半年くらいのサイクルに分けて順々に進めてきたのですが、結果として、目的や制度に対する社員の理解度なども確認しながら浸透させていくことができたので良かったと思います」

地道な改善を経て、当初月に100人日もなかった利用実績が2016年末には5,000人日を超えるなど、同社の在宅勤務は「利用できる制度」へと育ってきたのだ。

在宅勤務の発展形としての「ワーケーション」

今年の夏、JALは「ワーケーション」という制度のトライアルを発表した。

「ワーケーション(Workcation)」は、仕事(work)と休暇(vacation)を組み合わせた造語で、会社が社員に対して休暇中でも一時的にテレワークをすることを認める(勤務時間にカウントする)制度だ。これによって、これまでは重要な会議があるといった事情で長期の休暇を諦めていた社員も、その会議の時だけ旅先からオンラインで参加することにすれば、せっかくの旅行を諦めることなく、プライベートも充実させることができるメリットがある。

JALではまず今年の7~8月をトライアルの期間とし、週1回までという在宅勤務の日数を1ヶ月分まとめて取得できる制度を活用。今年8月であれば5週あったため、最大5日間まで休暇先でもテレワークができるようにした。

この間に実際にワーケーションを行ったのは、34人。「これがあったから、仕事があっても諦めずに旅行に行けた」という声が多く、今後は永続的な制度としていく方向だ。

2017年7~8月のワーケーション実績

・実施者数 34名(男性7割、女性3割)

・実施場所 国内30名、海外4名

・実施日数 半日14名、1日10名、2日4名、3日以上5名

同社がワーケーションに取り組んだのは、有給休暇の取得促進のほか、今年4月に「自宅のみ」というしばりをなくしたテレワークの制度を、さらに有効活用してほしいという目的からだった。

「自宅しばりを撤廃したものの、やはり様子見と言いますか、なかなか自分たちの働き方のスタイルに取り込めていないという問題意識がありました。『こういう使い方をすると、こんなにもメリットがある』ということを、具体的に示す必要があると考えていたときに、和歌山県庁でワーケーションの推進をされている方と意見交換をする機会がありまして、『これはいい!』と。では、夏にトライアルをやってみよう、ということになりました」

スタート時点ではルールで細かく縛っていた在宅勤務制度は、3年かけてここまで柔軟なものに発展したのだ。在宅勤務制度を導入してみたものの、あまり活用されないとか、効果が見られないという声もよく聞くが、最初から完璧を目指していたら、スタートすらできない。大きな目標を持ちながら、制度の中身も利用者もスモールステップで拡充していくJALの進め方を、ぜひ参考にしてもらいたい。

年休20日取得、月間残業時間4時間を目指して労働時間を削減

同社は、在宅勤務だけでなく労働時間の面からも生産性向上に取り組んでいる。2015年にワークスタイル改革への取り組みが始まった時点では、先に紹介したトップメッセージにある定性的な目標のみが共有されていたが、途中からは年間の総労働時間を1,850時間にするという目標を掲げ、様々な取り組みがなされた(年間1,850時間というのは、年休を20日取得し、残業を月4時間程度に抑えた場合の労働時間に当たる)。その結果、2016年度には3割の組織が残業を半減し、全社の平均年休取得日数は前年より2日多い17日となった。今年度は1,850時間の達成を目指しているという。

「全社的に実施したこととしては、ワークショップや講演などを通じた意識改革のための取り組みがひとつ。そして、ペーパーレス、フリーアドレス、ITインフラ、フレックスとテレワークの制度で、時間と場所のフレキシビリティを最大限高めるための環境と制度を整備しました。それから、勤務管理です。仕事がオーバーフローしているのはなぜなのかを、マネジメント層が個々に見て対応していくということです。例えば担当者のスキルが不足しているからなのか、仕事量が多すぎる状態なのか、原因を見極めて個別に対処していくということです」

労働時間の削減というテーマは、現場に丸投げしてしまうと非常に危険だ。社員は無理や無茶を押し付けられていると感じて却ってやる気をなくしたりと逆に生産性を下げる方向に進んでしまったりする可能性がある。JALの場合は、長時間労働の理由の分析や、仕事の要不要の見極め、業務プロセスの改革なども含む改善の実施までをマネジメントの責任であると明確にして取り組んでおり、それが実際の成果につながっているのだろう。その過程で、例えばRPA (Robotic Process Automation:人がPCを使って行っている業務を自動化するツール) の導入なども広がっているという。

改革は道半ば。生み出した時間を新たな価値の創造につなげていきたい

(筆者撮影)
(筆者撮影)

久芳さんに「働き方改革で目指すゴールに対して、今の達成度は?」と尋ねると、「50点くらいでしょうか。まだ道半ばです」と厳しい評価だった。

「今年に入って、会社の本気度が社員に伝わってきたという実感があります。社内の雰囲気がかなり変わりました。ただ、残業をゼロにするだけでは、その先の成長を描きづらい。そうやって生み出した時間を何にどう活かしていくのかというのが、これからの後半戦の大きな目玉だと思います」

次のテーマは「新たな価値を生み出す仕組みづくり」で、すでに幾つかの部門がそのための組織編成やルールの変更をトライアル中とのこと。大きな目標に向かってスモールステップを積み重ねていく同社の取り組みは、これからも続いていく。

(JALの女性活躍推進施策についてもお伺いしました。こちらもぜひ、ご覧ください。

「女性が社員の半数を占めるのに管理職が少ないのはナゼ?JALの分析と対策」