第5の波(2)「宇宙時代のエネルギーとは」「改革できない大学は沈没する」平野前阪大総長に聞く
[ロンドン発]世界に先駆けワクチン展開に成功したイギリスでは研究大学の活躍が目立った。英政府は研究開発費を倍増し、「科学の超大国」を目指す志を掲げた。量子科学技術研究開発機構(QST)の平野俊夫理事長(前大阪大学総長)は「第5の波の激動期だからこそ大学の存在が問われ、改革の鍵は学長選びが握る」と喝破する。(聞き手、在英国際ジャーナリスト・木村正人)
――提唱されている5つの波とエネルギー革命も関係していますか
産業革命からベルリンの壁崩壊までの第4の波の200年間では化石燃料によって大きなエネルギーの変革が起きた。それももとをたどれば地中に蓄積された太陽エネルギーだ。
今は自然エネルギーに回帰するとか言われているが、再生可能エネルギーも太陽エネルギーに依存しているという意味では昔のエネルギーだ。リアルタイム太陽エネルギーという観点からも水車とか風車とか昔やっていたことと基本的には何も変わらない。
しかし、それでは6500万年前に巨大隕石が地球に激突し、恐竜絶滅など多くの生命の絶滅が生じたような事件が起きれば人類は危機にさらされる。そんな極端なことが起こらなくても、どこかの巨大火山が噴火しただけでもある一定の地域は何年間か、再生可能エネルギーを使えなくなる。
世界中が地球温暖化で再生可能エネルギー、再生可能エネルギーと言っている。でも、宇宙時代を考えてみるとよい。昔ライト兄弟が12秒ほど空を飛んだ時代から100年経ってすごいことになっている。同じことが宇宙にだって起きる。宇宙時代は目の前に来ている。米アマゾン創業者のジェフ・ベゾス氏も自身の手掛ける有人ロケットに乗り込むと発表した。
このように考えると再生可能エネルギーというのは根本的なエネルギー革命ではない。
宇宙時代にとってのエネルギー革命は太陽エネルギーに依存しないエネルギーを開発することだ。原子力発電というのは太陽エネルギーに依存していないという意味では革命だ。しかし、原発事故などさまざまな問題があるので、やっぱりこれではまずいということになった。それに代わる太陽に依存しないエネルギーは重水素と三重水素を融合して得る水素融合(核融合)エネルギーだ。
――太陽に依存しない水素融合エネルギーの研究開発はどれぐらい進んでいるのですか
現在、実現可能であると理論的に考えられている、太陽エネルギーに依存しない一次エネルギーで、恒久性や安全性などいろいろなことを考えた時に実用可能なものは水素融合エネルギーしかない。私が理事長を務めるQSTはわが国の水素融合エネルギーの中核的な研究開発機関で、いま世界7極と共同で水素融合エネルギーの実験炉をフランスで作っている。
旧ソ連のミハイル・ゴルバチョフ書記長とアメリカのロナルド・レーガン大統領が1985年に話し合って、世界の未来についてソ連とアメリカは協力しましょう、話し合いましょうということになった。科学者が集まって議論した結果、原子力発電ではない未来のエネルギーとして水素融合エネルギーの研究開発をやろうということになった。
日本とソ連とアメリカとヨーロッパの4極間で国際協定が結ばれて国際熱核融合実験炉ITER(イーター)をつくるという計画が始まった。そのあと中国、韓国、インドも参加してフランスで2025年の完成を目指してITERを建設中だ。
政治や経済の世界では必ずしも友好的とは言えない国や地域の7極が、多様性の壁を乗り越えて、ITERという人類共通言語を介してお互い語り合っている。まさに調和ある多様性の創造が現実に進行している。ITER建設現場では7極の旗がはためいており、実に素晴らしい光景だ。
原子力発電は事故が起こると悲惨なことになり、チェルノブイリ原発や福島原発のような事故になってしまう。高レベル放射性廃棄物の処理など後始末も大変なことになる。
水素融合反応は維持すること自体が難しく、事故が起きたらすぐに止まってしまう。水道の蛇口をひねればすぐに水が止まるのと同じように、燃料の補給を停止すれば、反応は直ちに安全に止めることができる。
原子力発電で出るさまざまな高レベル放射性廃棄物は処理するのに10万年間、人類の生活環境から隔離する必要があり、いまだに最終貯蔵場所は決まっていない。廃棄物が毎日増えており、未来の人類に負の遺産を押し付けている現状がある。
水素融合反応では、現世代の人類が管理できる程度の低レベル放射性廃棄物しか出ない。さらに燃料は海水にある重水素とリチウムで、海水からのリチウム回収技術開発も進んでおり、燃料はほぼ無尽蔵にある。だから夢のエネルギーと言われていたが、実現は時間の問題になってきている。
――水素融合エネルギーが成功すればどんなことが起こりますか
順調に行けば2040年代後半には50万キロワット規模の水素融合エネルギー原型炉が完成して電気が灯り、商業炉が50年以降に世界中で稼働することになる。この成功により第5の波の終焉を迎え、第6の波である本格的な宇宙時代が幕を開くかもしれない。
宇宙時代も見据えて、エネルギーの歴史の大きな流れを考えると、第6の波におけるエネルギー革命というのは安全で持続可能なエネルギーである水素融合エネルギーなどの太陽エネルギーに依存しないエネルギー革命と考えるのが妥当である。
すなわち太陽からの独立であり、現在、世界中で推進されている再生可能エネルギーは原子力発電と同じく第5の波から第6の波への過渡期のエネルギーである可能性が大きい。さらに、再生可能エネルギーや原子力発電は膨大な廃棄物を生み、第6の波においては第5の波の大きな負の遺産になる可能性もある。
このまま温暖化が進めば新興感染症だけでなくマラリアのような熱帯にしかない伝統的感染症がヨーロッパや日本に広がってくる。エネルギー革命により環境問題はかなり解決され、地球温暖化や激甚災害だけではなく、感染症もある程度解決できる。
このように歴史を俯瞰すると、あらゆる観点から第5の波は人類に大きな変革をもたらす時代であることを理解した上で物事を観(み)、判断し、行動する必要がある。
――イギリスではコロナと闘うために科学者や大学が大活躍しました
このような時代認識の下に大学についても考えていかなければならない。大学というのは人類の未来を拓くところだ。未来の人間を育てるとともに、学問や科学技術で社会に貢献するところだ。
どのような時代にも対応できる学問の多様性に基づき、いろいろな角度から物事を考えていく力の源泉であり、どんな時代にも対応できる人間を育てるのが大学の使命だ。
大学には哲学、歴史、数学などの基礎的学問をはじめ、人文科学や理工学、医学生物学など幅広い教養と専門性が求められる。専門性は知のフロンティアを切り拓くためには極めて重要だが、専門性だけだと全体像を見失う。
物事の本質を見極めるために哲学をはじめ基礎的な学問が必要だ。人間は何のために生きているのか。人類の歴史の流れはどうか。歴史の流れから未来はどうなるのかを大局的に見極めなければならない。
天文学や物理学、あるいは医学・生物学にしても宇宙はどこから生まれたのか? 人間はどこから来て、どこに向かうのか? 命とは何か? 意識とは何なのか? これらの根源的な問いにぶつかる。今、人類は第5の波という歴史的な大変革期にある。
定常状態の時は普通にやっていたら良いと思うが、こういう世の中が大きく変化する時ほど物事の本質を見極める力が運命を左右する。物事を大局的に捉えて本質を追求する組織のみが、国家であれ、企業であれ、大学であれ、荒波を乗り越えて次の時代を切り拓くことができる。単に時代に流され、右往左往する組織は消えていく。
歴史には栄枯盛衰がある。モンゴル帝国も滅び、永遠のローマ帝国も大英帝国も過去のものとなった。栄枯盛衰は必ずある。第5の波は栄枯盛衰を引き起こす大きな力を有している。その過渡期としてアジアと欧米との力関係が激変するかもしれないが、歴史の流れは、世界は統一へと向かうことを示している。
――日本の大学も随分、変わる努力をしてきましたが、なかなか成果が見えてきません
このような激変の時代に、日本の国立大学は変化に追いついていないのではないかと見受けられる。時代の流れ、物事の本質をあまり見ていないのではないかと危惧される。世界は激流の中にいるのに、日本の国立大学は見せかけの変革に終始している。
組織のリーダーは、その組織の命運を握っていると言っても過言ではない。国、行政、大学、企業など、組織の大小や中身にかかわらず、リーダーの見識が、リーダーの物事の本質を見極める力と実行力が組織の運命を変える。
すべてのリーダーに共通して言えるのは、まず人が共感する理念を有すること。そして志。例えば自分の大学を世界大学ランキングのトップにしたいという志を立てても何のためにそうするのかという理念がないと、人が共感する理念がないとリーダーは務まらない。
志は高い方が良いが、何のための志かという理念がないとダメだ。自分の会社を世界で一番売り上げの多い会社にしたいと思っても、では何のためにするのか。総理大臣になりたいという志があったとしても、何のために総理大臣になるかという理念が必要だ。有名になりたいから、権力を握りたいから総理大臣になる、では誰もついてこない。
人が共鳴する、あの人についていったら素晴らしい、そのような理念を立てて志を遂げたらその理念に近づく、そういう理念を指導者は持たないといけない。
では、志が高くて理念があればリーダーとして合格なのか? 理念と志だけ掲げても本質をついた戦略と戦術がなければ机上の空論になってしまう。だからその志と理念を実現するためにどのような戦略でもって臨むのかを見抜く力が必要だ。そして戦略を実現するためにどのような戦術が必要かを考える組織を牽引できなければならない。
そのためにも志と理念は重要である。志が高く、理念が共感を呼べば人はついてくる。しかし、戦略目標が何かという点を見誤れば、いくら優れた戦術を立てても志を遂げることはできない。物事の本質を突く戦略を見極め、戦術を全員で考えようとする雰囲気を作っていかなければならない。
部下に対する思いやりも必要だ。志、理念、戦略、戦術、そして恕の心、これらの要素が、大学のみならず、あらゆる組織のリーダーに求められる。
優れたリーダーが存在する組織は、いかなる時代であっても荒波を乗り越えることができる。例えば新型コロナウイルス感染症を考えると、志は1日も早い流行の収束である。理念は人類の平和で心豊かな生活の追求なのか、あるいは自国のみの社会・経済の回復かなど、国により異なるかもしれない。
いずれにしても志を遂げるための戦略が非常に大切になってくる。コロナを抑えるためには何が本質的な戦略目標かということだ。どこに戦略目標があるのか、すなわち攻めるべき天守閣があるのかを見極めて、困難を乗り切り、天守閣まで登る戦術が必要である。
城の周りをぐるぐる回って統一性のない戦術を試みても、いつまで経っても天守閣には行き着かない。全ては徒労に終わる。リーダーはどこに天守閣があるのか、何が本質的な戦略目標であるかを見極める力が要求される。
城の天守閣まで登るという戦略目標を遂げるためには、堀に飛び込んで危険なところを泳いでいって石垣を登っていかなければならない。それをどうやったらできるかという優れた戦術が必要となる。
――これまで何度も大学改革の要は学長選びだと言ってこられましたね
日本の大学の場合、リーダーである学長をどのようにして選ぶのかが大きな問題だ。学長人材も育っていない。国立大学は国立大学法人法第12条に「学長の任命は国立大学法人の申し出に基づいて文部科学大臣が行う。前項の申出は(中略)学長選考会議の選考により行うものとする」と規定されている。
しかし、実態としては選考会議には外部有識者が参加するものの、選考会議は閉鎖的だし学内関係者が力を有していて選考結果の根拠が必ずしも明確でない。人材も世界から、せめて日本国中から選べるようにしなければならない。
その組織の発展はリーダーにより決まる。したがって日本の国立大学を改革する要は、学長選考だといえる。大学を運営できる人材をどうやって育てるのか、どうやって学長を選ぶのか。さらに大学人の意識改革も不可欠だ。
学長選考を改革しない限り世界と伍する研究大学をつくるため10兆円規模の大学ファンドをつぎ込んでもそれなりの効果はあるものの、それ以上の効果はない。10兆円といえども、その運用益は年数千億円規模。それを一部の大学に配分してもそれ以上の効果はない。一時的に良くなっても、見識あるリーダーなしでは世界の大学と競争できない。第5の波を乗り切ることはできない。
欧米の大学では理事会などが学長を真剣に選んでいる。その大学の目指す方向をまず決めて、志と理念を決めて、それを達成するためにはどの人を呼んできたら良いのかを真剣に考えてやっている。他大学の学長や副学長、場合によっては外国から人を招聘している。
日本では、残念ながらそこまではいっていない。そこを根本的に変えない限り、お金をいくら投入しても解決するものではない。もちろん少しは役に立つだろうが、世界と伍してやっていける大学はお金をつぎ込んだだけでは育って来ない。
リーダーによってその組織は変わってくる。企業だってリーダーが悪ければ消滅する。国だってそうだ。国立大学は消滅こそしないかもしれないが、沈没する。
(つづく)
平野俊夫(ひらの・としお)
1972年、大阪大学医学部卒業。73年より3年間米国立衛生研究所(NIH)留学。86年にIL-6遺伝子を発見。89年大阪大学医学部教授。2008年に医学部長、11年から4年間、大阪大学総長。日本免疫学会会長などを歴任。クラフォード賞、日本国際賞などを受賞。16年から現職。