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パリでどら焼きと和菓子ブームを牽引 樹木希林さん出演代表作 河瀬直美監督 命をいつくしむ映画「あん」

井出留美食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)
第68回カンヌ国際映画祭(2015)(写真:ロイター/アフロ)

2018年9月15日、俳優の樹木希林さんが亡くなった。75歳だった。2018年に公開された映画「モリのいる場所」や「万引き家族」に出演、誰にも代わることのできない存在感を放っていた。

映画評論家の方や映画ファンの方が、「樹木希林さん出演の中でこれはおすすめ」という作品を挙げている。その中にも入っている映画「あん」は、食べ物を題材とした映画で、筆者のおすすめだ。

映画「あん」が公開された時の映画館での展示(筆者撮影)
映画「あん」が公開された時の映画館での展示(筆者撮影)

「あん」は、河瀬直美監督の映画で、第68回カンヌ国際映画祭(2015年)の「ある視点」部門オープニング作品に選ばれた。ドリアン助川さんの原作をもとにしている。樹木希林さんは、この映画に徳江役で出演していた。

2015年7月、筆者の母校である奈良女子大学に、キャリア講演の講師として呼んで頂いた。その日程に合わせて、奈良市で複数店舗を展開する啓林堂書店が、トークショーとサイン会を企画して下さった。

奈良市の啓林堂書店で開催されたトークショー&サイン会(主催者撮影)
奈良市の啓林堂書店で開催されたトークショー&サイン会(主催者撮影)

この企画はシリーズものだが、その前の回(2015年6月)に開催されたのが、映画「あん」の公開を記念しての河瀬直美監督とドリアン助川さんのトークショー&サイン会だった。

そんなご縁もあり、ドリアン助川さんとTwitter上で少しお話したり、原作の『あん』を読んだり、ドリアンさんのAERA(アエラ)でのインタビュー記事を読んだりして、「あん」の生まれた経緯とそこに横たわる考え方を理解していった。

「せっかく来てくれたんだから」小豆に話しかける徳江

映画の中では、どら焼きの「あん」を煮る時に、徳江が言うセリフがある。

せっかく来てくれたんだから。

畑から。

出典:映画「あん」より、徳江のセリフ

小説では、この箇所は「畑から」ではなく「カナダから」になっている。どら焼きのあんの材料となる小豆(あずき)に対して、敬意を払う徳江の考え方が描かれている。

千太郎もいつしかサワリの小豆に見入っていた。煮汁をかぶりながら揺れ動く小豆。そこに型崩れした小豆は一粒もなかった。

煮汁が若干残っているところで徳江は火を止め、サワリにまな板をのせた。こうやって蒸らすのだという。千太郎の知らなかった段取りばかりだ。「色々とややこしいですね」と千太郎が漏らすと、徳江は「おもてなしだから」と言った。

「客を?」

「違う。豆よ」

「豆?」

「せっかく来てくれたんだから、カナダから」

出典:小説『あん』(ドリアン助川著、ポプラ社)

小説『あん』(ドリアン助川著、ポプラ社)
小説『あん』(ドリアン助川著、ポプラ社)

食べ物を人とみなしている徳江

映画では、他にも、徳江が小豆に対して「がんばりなさいよ」と声をかけるシーンや、小豆が運ばれて来た経緯で小豆自身が聞いて来た(であろう)風の音に思いを馳せる徳江の回想シーンがある。

いずれも、食べ物を、モノではなく、人としてみなしている考え方があらわれている。

筆者は14年5ヶ月に渡る食品メーカー勤務時代、様々な新製品が、期待通りの成果を上げられずに終売(しゅうばい)になっていく様子を社内外で目の当たりにして来た。どうしてこんなにたくさんの新製品が要るのだろう。もしこれがモノではなく、人だったら、こんなにたくさん産んで次々殺すことはしないのに・・・と思い、当時、社内に発行していた「広報室ニュースレター」に何度か書いたことがある。

この映画「あん」は、食べ物への敬意だけではなく、ハンセン病の人に対する慈しみの心にも溢れている。

映画「あん」をきっかけとしてフランス・パリで和菓子ブームが生まれた

日本で公開の翌年、2016年、フランスでも映画「あん」が公開された。映画のオフィシャルフェイスブックページでも、30万人以上が映画館に来てくれたことや、小説が大ヒットとなっている様子が紹介されている。

ドリアン助川さんとTwitter上でやりとりした際も、どら焼きがフランスでヒットしていることや、フランスへ講演に行かれることなどを教えて頂いた。

フランスでの和菓子ブームの要因は、この映画だけではないかもしれないが、映画「あん」は、フランスでのどら焼きブームに間違いなく貢献していると思う。

映画「あん」の私設宣伝部のフェイスブックページは、2018年9月17日付の投稿で、樹木希林さんの追悼の意を表明し、映画「あん」に触れ、多くの人が、樹木希林さんの代表作として「あん」を挙げていると書いている。

2018年9月15日、映画「あん」で吉井徳江さんを演じた樹木希林さんが亡くなられました。

いつものように《映画「あん」》でツイッターを検索すると、希林さんを悼むつぶやきであふれていました。そして多くの人が、女優・樹木希林さんの代表作として映画「あん」を挙げてくれていました。

映画「あん」は樹木希林さんなくしては成立し得ない作品だと思います。演技というより、徳江さんそのものだったと思います。

だから私は勝手に、いつの日か、店長さんである千太郎のその後を描いた続編ができるのではないかと夢見ていました。

千太郎とリアルなワカナちゃん(今なら女子大生、さらにその先なら社会人)を永瀬正敏さんと内田伽羅さんが演じ、2人がまた人生の壁に突き当たった時に、亡くなった徳江さんが助言をしてくれる……もちろん徳江さんは樹木希林さんが演じます。

そんな夢も希林さんが生きていたから、見ることができたのであって、もう見ることはできなくなってしまいました。

映画「あん」は原作の持つ力もさることながら、樹木希林さんの名演があったから、あれほどヒットし、今もなお全国各地で上映され続けているのだと思います。

東村山市が舞台になったというご縁で、こうして私設宣伝部長を名乗って、公開後3年以上たった今も映画「あん」に関わり続けられているのは、ひとえに樹木希林さんのおかげだと思っています。

そして映画「あん」という大きな、大きな財産を東村山市にもたらしてくださったことも、樹木希林さんによるところが大きいと思います。

そういう意味では、樹木希林さんには感謝してもしきれません。本当に、本当にありがとうございました。

出典:映画「あん」私設宣伝部フェイスブックページ

食べ物を擬人化してみると

いつもは「モノ」だと思ってぞんざいに扱っている食べ物を、擬人化してみると、これまでにない敬意が生まれる。

食べ物だって、命だ。

世界的な社会課題となっている「食品ロス」は、この「食べ物が命である」ということを忘れたことも一因である。

樹木希林さんの追悼の意を込めて、映画「あん」を、DVDで改めて観た。

樹木希林さんが、俳優の黒木華(はる)さんらと共演した映画「日々是好日」は、2018年10月13日公開予定だ。映画「あん」と併せて観て頂きたい。

食品ロス問題ジャーナリスト・博士(栄養学)

奈良女子大学食物学科卒、博士(栄養学/女子栄養大学大学院)、修士(農学/東京大学大学院農学生命科学研究科)。ライオン、青年海外協力隊を経て日本ケロッグ広報室長等歴任。3.11食料支援で廃棄に衝撃を受け、誕生日を冠した(株)office3.11設立。食品ロス削減推進法成立に協力した。著書に『食料危機』『あるものでまかなう生活』『賞味期限のウソ』『捨てないパン屋の挑戦』他。食品ロスを全国的に注目させたとして食生活ジャーナリスト大賞食文化部門/Yahoo!ニュース個人オーサーアワード2018/食品ロス削減推進大賞消費者庁長官賞受賞。https://iderumi.theletter.jp/about

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