Yahoo!ニュース

ブラキオサウルスは「意外に小食」だった〜ジュラ紀巨大草食恐竜の栄養学

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:アフロ)

 巨大恐竜は、その生態が依然として謎だ。特に竜脚下目(竜脚類、Sauropoda)に分類される首の長い草食恐竜は、いったいどれくらいの食べ物が必要だったか議論が続いている。当時の空気組成を再現し、実際に植物を育ててみて栄養価を測定した結果、彼らが意外に小食だった可能性を示唆する論文が出た。

巨体をどう維持したのか

 ブラキオサウルス(Brachiosaurus、※1)は、ジュラ紀後期に現在の北米大陸中部、モリソン層(Morrison Formation、約1億5630万〜1億1680万年前)が堆積したあたりに生息していた巨大草食恐竜だ。モリソン層からはブラキオサウルスのほか、ディプロドクス(Diplodocus)、カマラサウルス(Camarasaurus)、アパトサウルス(Apatosaurus)、ブロントサウルス(Brontosaurus)、バロサウルス(Barosaurus)といった竜脚下目やその他の肉食恐竜の化石が多数発掘され、彼らの足跡化石も当時の水辺から多く発見されている。

 首の長い巨大な草食恐竜の体重は、最大で50トンにも達したと考えられているが(※2)、その巨体をどうやって維持していたのかは議論が分かれる。重力に対して体重をどう支えていたのかもそうだが、カロリー消費と栄養摂取、代謝などの生態や生理についても多様な見解が出されてきた。

 消化器官や呼吸器系などを進化させることにより、ただ単に生きているだけという生命維持に必要な代謝量(Basal Metabolic Rate、BMR)を低く抑え、生きていく上のコストを低くしていた(逆に成長期には高BMR)という意見もあれば、当時の植物が大量に繁茂し、食料に事欠かなかったからという説もある。

 ただ、当時の大気組成は二酸化炭素濃度が現在よりも高かったとされ、そうした環境で育った植物は成長は早くとも栄養価は低かったのではないかと考えられている。そのためにも草食恐竜は大量の植物を食べ、消化吸収を長く保つことで巨体を維持していかなければならなかったというわけだ。

実際に植物を育ててみた

 では、実際に二酸化炭素濃度を当時と同じ組成に再現し、当時と似た植物を育て、その栄養価を測定したらどうだろう。そんな論文が英国の古生物学会誌『Palaeontology』オンライン版に出た(※3)。

 これは英国のリーズ大学などの研究グループによるもので、シダ植物のオオエゾデンダ(Polypodium vulgare)やスギナ(Equisetum、Horsetail、トクサ、胞子茎がツクシ)、ミヤマキンポウゲ(Ranunculus acris、原始的な被子植物)、裸子植物のメタセコイヤ(Metasequoia glyptostroboides)やイチョウ(Ginkgo biloba)、チリマツ(Araucaria araucana)を使い、400〜2000ppmという高濃度二酸化炭素(※4)と夜間17℃昼間20〜22℃、湿度70%という環境下で育てた。

 そして、竜脚下目の消化器官を人工的に再現した装置で、これら植物の栄養摂取をシミュレーションしてみた。消化液にはウシの第1胃液と脂肪酸酵素を使ったという。

 その結果、二酸化炭素濃度の違いによって育てた各植物の代謝エネルギーとセルロースの分解過程で生成される繊維質(Acid Detergent Lignin、Neutral Detergent Fibre)は現在(400ppm)の濃度と比べ、植物ごとにバラツキが出たがこれまで考えられていたほど低くはならず、濃度によっては現在より高栄養が採れることがわかった。

 シダ植物や裸子植物など種類によって栄養価が異なり、全ての植物で従来いわれていたように低栄養ではなかったということになる。

画像

各植物と二酸化炭素濃度による代謝エネルギー(ME)、酸化デタージェントリグニン(Acid Detergent Lignin、ADL)、中性デタージェント繊維(Neutral Detergent Fibre)の違い。Via:Fiona L. Gill, et al., "Diets of giants: the nutritional value of sauropod diet during the Mesozoic." Palaentology, 2018

低位置の植物のほうが高効率

 消化吸収のメカニズムは腸内細菌の作用があって複雑だが、竜脚下目の大きさや種類により、その食性が異なることが予想され、当時の二酸化炭素濃度と植物の持つ栄養素により、それぞれの進化についてもヒントを得ることができたという。

 例えば、30トン級の草食恐竜の場合、総発熱量として1日に280キロジュールが必要(現在の爬虫類と哺乳類の中間)と見積もられる。これは2000ppmという二酸化炭素環境下で育てたチリマツに換算すると1日110キログラム(乾燥)となり、1200ppmの二酸化炭素環境下で育てられたトクサで換算すると半分以下の51キログラムで十分ということになる。

 チリマツの葉は樹冠(Canopy)という高い位置にあり、トクサは低位置に育つ植物だ。このことから、背の高い恐竜はそれだけ多くの食物を必要としていたのかもしれない。

 ジュラ紀後期の地層である北米のモリソン層からは多くの巨大草食恐竜の化石が発見されてきたが、こうした草食生物の密度は当時のアロサウルス(Allosaurus)といった肉食恐竜の数にも影響する。

 草食恐竜が栄養価の低くない植物を食べていたとすれば、その密度も高くなるはずだ。植物の栄養素を正確に見積もることで、恐竜学がさらに発展するかもしれない。

※1:E S. Riggs, "Brachiosaurus altithorax, the largest known dinosaur." American Journal of Science, Vol.15, 299-306, 1903

※2:P M Sander, et al., "Biology of the sauropod dinosaurs: the evolution of gigantism." Biological Reviews, Vol.86, Issue1, 117-155, 2011

※3:Fiona L. Gill, et al., "Diets of giants: the nutritional value of sauropod diet during the Mesozoic." Palaentology, doi.org/10.5061/dryad.9j92p2b, 2018

※4:2016年現在、世界平均の二酸化炭素濃度は約400ppm

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事