今の月9は本当にダメなのか? 次回作『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』から読み解く。
坂元裕二の代表作を未だに『東京ラブストーリー』だと思っているのか?
来年の月9(フジテレビ系月曜夜9時枠)の新作ドラマが発表された。
タイトルは『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』。
主演は高良健吾と有村架純。
地方出身の若者たちが主人公のラブストーリーらしい。
脚本は『最高の離婚』や『問題のあるレストラン』(ともにフジテレビ系)の坂元裕二。他の共演者には、高畑充希、森川葵、西島隆弘(AAA)、坂口健太郎が出演すると発表されており、キャスティングを見るだけでも今からワクワクする。
だが、懸念もいくつかある。
ホームページには、坂元が手掛けたヒットドラマ『東京ラブストーリー』を引き合いに出して「大人がハマる本格派ラブストーリー」「泣けるラブストーリーをお送りします!!」と書かれていた。まずこの時点で頭をひねる。
坂元裕二はドラマファンの間で近年もっとも高い評価を受けている脚本家の一人だ。
筆者も2013年に出版したドラマ評論『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)の中で取り上げている。
視聴率や知名度で語るならば確かに1991年に制作された『東京ラブストーリー』は坂元裕二の最大のヒット作である。しかし、脚本家としては2010年の『Mother』(日本テレビ系)以降の作品の方が先鋭的で面白いドラマを執筆しており、『それでも、生きてゆく』(フジテレビ系)や『最高の離婚』といった近作の方がドラマファンからの評価は圧倒的に高い。
特に、2014年の『モザイクジャパン』(WOWOW)、今年の『問題のあるレストラン』では、アダルトビデオ業界や社会に蔓延する男女差別といったスリリングな題材を扱いながらも、娯楽作としても面白い毒のある作品を発表しており、ついに作家としてここまで到達したのか! という、驚きすらあった。
しかし、番組宣伝をするフジテレビにとっては、今だに25年前の『東京ラブストーリー』の人という扱いなのか? という失望が、最新作の情報に触れた時の筆者の印象だ。
坂元裕二の最新作が月9で見られることは嬉しいが、そこがどうにも引っかかる。同時に、これはもしかしたら、現在のフジテレビが今陥っている決定的なズレを象徴しているのではないか。と、感じた。
若手脚本家の月9、ベテラン脚本家の木10
かつて月9(ゲック)は、90年代には「月曜の夜にはOLが消える」と言われたF1層(20~34歳の女性視聴者)を夢中にしたドラマ枠だった。80年代後半に『君の瞳をタイホする』や『抱きしめたい!』といったトレンディドラマを生み出した月9は、90年代に入ると『101回目のプロポーズ』や『ロングバケーション』などの大ヒットドラマを連発した。その大きなきっかけとなったのが、坂元裕二が脚本を書いた『東京ラブストーリー』だった。
トレンディドラマとバラエティ番組のヒット以降、若者向けテレビ局の筆頭となったフジテレビだが、あれから20年以上経ち、今はむしろ、その成功体験に縛られて苦しんでいる。特に近年のドラマは過去作のセルフリメイクやトレンディドラマ風の作品を無理やり作ろうとしていて、逆に古臭さを感じる。
一般的に月9が低迷していると言われはじめたのは、2000年代末だったと思う。
いわゆるトレンディドラマ的な作品で大ヒットしたのは2000年の『やまとなでしこ』が最後で、それ以降にヒットしたのは木村拓哉主演の『HERO』等の作品や、『ガリレオ』や『のだめカンタービレ』のような他局でヒットしたミステリードラマや漫画原作のキャラクタードラマのフォーマットをなぞったものばかりだ。
「仕事と恋愛」を描いたトレンディドラマ=月9という時代は00年代にはすでに終わっていた。
ただし、これはあくまで視聴率だけの評価である。
ドラマ評論家として純粋な作品評価を語るならば、むしろ2010年以降のフジテレビのドラマには傑作が多い。中でも『大切なことはすべて君が教えてくれた』や『リッチマン、プアウーマン』などの安達奈緒子が脚本を執筆したドラマは2010年代最大の収穫であり、トレンディドラマが描いた仕事と恋愛の物語を見事にアップデートしている。
他にも古沢良太の『デート~恋とはどんなものかしら~』など、優れた作品は多数あり、むしろ新鋭作家に自由に書かせることで新しい作品を生み出していたのが近年の月9だったと言える。
一方、坂元裕二が『それでも、生きてゆく』や『最高の離婚』を発表したフジの木曜夜10時枠は、坂元以外にも岡田惠和の『最後から二番目の恋』や井上由美子の『昼顔~平日午後3時の恋人たち~』など、ベテラン脚本家が大人向けドラマを作る枠として完成度の高い作品を発表しており、現在のドラマファンがもっとも注目するドラマ枠となっていた。
新鋭脚本家の実験場としての月9と、ベテラン脚本家の円熟した表現が堪能できる木10という二枚看板がうまく機能することで、2010年代のフジのドラマには新しい活気が生まれていた。
しかし、その面白さをフジの上層部がどれくらい理解していたのだろうかと言うと、全く理解されてなかったのではないか。というのが、今年に入ってからの印象だ。
ドラマの宣伝が下手な民放テレビ局
ここ数年、より具体的にいうと亀山千広が2013年にフジテレビの代表取締役社長に就任してから企画されたドラマを見ていると、悪い意味で過去の成功体験を意識した古臭い作品が増えてきている。その結果、若い作り手が自由にやれる月9と、円熟した脚本家が新境地をためす木曜10時枠という「理想的な棲み分け」まで崩れつつある。
木10で自由に書くことで、脚本家としてかつてない円熟と同時に年々先鋭化している脂の乗り切った坂元裕二に「現代の『東京ラブストーリー』を書いてください」ということがどれだけ失礼なことか、フジテレビはわかっているのだろうか。
まるで、近年の坂元裕二の実績をまったく評価していないように感じる。
もう一つ感じるのは、優れた作品に対して、それを支援しようとする宣伝体制の貧しさだ。例えば、日本社会に当たり前のように蔓延する女性差別をテーマにした『問題のあるレストラン』は、切り口次第ではいくらでも面白い番宣や特別番組を作れた面白いドラマだった。しかし、クレームが来ることを恐れたのか“おしゃれなコメディドラマ”という腰砕けの宣伝しかできなかった。このことに対しては、今だにフジテレビに対し不信感を持っている。本来はこういうしっかりしたドラマこそ、局の側が特集を組んで作り手の意図を説明してあげなければならないのだが、そういった動きは最後まで見られなかった。
テレビドラマを“作品としてサポートしよう”とする姿勢がフジテレビに限らず民放ドラマはとても弱く、とりあえず出演者をバラエティ番組に出すだけの宣伝番組ばかりが放送されている。まるでテレビ局自身が「このドラマは役者しか見る価値がない」と言っているかのようだ。連続テレビ小説(朝ドラ)を筆頭とするNHKだけが、ちゃんとドラマの内容に根ざした宣伝やトーク番組を作っており、それはそのまま作品の評価に現れている。
そういった諸々の理由から、『いつかこの恋を思い出して泣いてしまう』に対しても、期待と不安が入り混じっている。
もちろん、今のとんがった坂元裕二なら脚本面で妥協することはないだろうと思うのだが、もしもフジテレビの意図を組んで、ぬるいラブストーリーを作れば、ここまで積み上げてきた作家性の躓きともなりかねない。
逆に坂元が今までのクオリティでハードな世界観を打ち出しても、視聴率が振るわなければ、たちまち失敗作の烙印を押されてしまうだろう。
もちろん、『東京ラブストーリー』並みの視聴率を獲得しつつ、今の坂元裕二らしい尖った作品に仕上げるという奇跡が起きる可能性もゼロではない。しかし、現時点では、作品内容と番組宣伝のズレが解消されないまま、玄人筋には評価されるが視聴率が振るわないために失敗作の烙印を押されて終わるのではないかと思う。
坂元裕二の本気を、テレビ局がどれだけ支援できるか?
ホームページのイントロダクションには「これが僕にとって最後の月9」という坂元の言葉が躍っている。
物語は2010年の秋からはじまり2016年の春に終わるという。高良健吾が演じる青年は福島県出身という設定だが、『最高の離婚』の時に東京で被災して帰宅難民となった男女が結婚するというエピソードを持ち込んだ坂元のことだ。おそらく東日本大震災や原発事故も、なんらかの形でドラマに絡めてくるのだろう。他の登場人物を見ても一癖も二癖もありそうで、近年女優として評価が高まっている高畑充希と森川葵が脇に配置されていることから、役者のポテンシャルを極限まで引き出す坂元の脚本との相性もばっちりだろう。これだけ期待しているドラマだからこそ、フジテレビには作品内容を理解した上で、しっかりと支援してほしい。良質の作品をしっかりと視聴者に届けようとする姿勢こそが、今のテレビに求められている。