戦列に戻って来たレジェンド武豊が、復帰初戦後に言った言葉とは?!
思わぬアクシデントに遭遇
「久しぶりですね」
そう声をかけられたので「久しぶりになっちゃったのは武豊ジョッキーのせいですよ」と返すと、微笑みながら、彼は言った。
「あ、そうか。そうですね」
そして、続け様に、語った。
12月16日。イクイノックスの引退式や、ヤングジョッキーズシリーズファイナルラウンド等、この日の中山競馬場はイベントが盛りだくさん。メインレースは牝馬限定のGⅢにもかかわらず2万3千人を超える競馬ファンが集ったが、皆のお目当ての一つに彼の復帰もあっただろう。
武豊。
ご存じ、日本競馬界のレジェンドだ。
そんな天才ジョッキーをアクシデントが襲ったのは10月29日。この日、武豊はメインの天皇賞・秋(GⅠ)でドウデュースの手綱を取り、王者イクイノックスに挑む予定で、東京競馬場に乗り込んだ。当時、私も府中にいた。第5レースを終え、記者席から地階へ降りると、レースを終えたばかりの馬達が丁度、地下馬道を引きあげて来たところ。目の前を通過した馬の鞍上に、武豊がいた。
その僅か数十秒、いや、十数秒の事だったかもしれない。私は現場を目撃していないのだが、妙にざわついたのはよく覚えている。聞くと、下馬した日本のナンバー1ジョッキーが、今までタッグを組んでいたはずの相棒に右足を蹴られたという。ただ、その時は「本人は『この後も乗ると言っている』と、聞き、ここまで長期のリタイアになるとは思いもしなかった。
しかし、それから僅か後、天皇賞での乗り替わりが発表された。
こうして残りのレースをキャンセルしたばかりか、その後、翌週末、オオバンブルマイの騎乗を予定していたオーストラリアへの遠征も行けない事が発表され、戦いは長期化した。
「骨は折れていなかったんですけどね。思ったほど回復具合が良くないんです」
途中、何度か本人と連絡を取ると、彼はそう言った。結果、ジャパンC(G I)のドウデュースとのコンビ復活もならなかった。
復帰初戦後に言った言葉
時計の針が再び動き出したのは12月に入ってからだった。8日、栗東トレセンにレジェンドが帰って来た。調教騎乗後もダメージがぶり返す事はなく、順調に回復。16日、ついに競馬場に彼は戻って来たのだ。
冒頭で記したのはその時の会話だ。この日のメインレース、ターコイズS(GⅢ)で、ソーダズリングに騎乗。いきなり先頭でゴールを切る事はかなわなかったが、4着に健闘。次のレースのパドックへ向かう道すがら、彼と次のような会話をした。
「久しぶりですね」
「久しぶりになっちゃったのは武豊ジョッキーのせいですよ」
「あ、そうか。そうですね」
ここでニコリと見せた笑みを、真顔に戻して続けた。
「久しぶりの競馬だったけど、違和感なく乗れました。むしろ普通にしている時より良く感じました。乗っている方が良いみたいです」
いつもジョークを交えながら話す彼だが、この時は常に真剣な表情でそう言うと、ひと呼吸置いてから、再び口を開いた。
「根っからの騎手なんでしょうね」
デビュー37年目、現在54歳にして、自らも初めて気付いたジョッキー体質。中山での騎乗を終えるとすぐ機上の人となり、翌17日には阪神競馬場で2レースに騎乗。GⅠ朝日杯フューチュリティSのエコロヴァルツでは2着に健闘。「さすが!!」と大向こうを唸らせた。競馬場に彼の姿があるだけで、華やかさが増すように感じるのは、私だけではないだろう。
不屈の精神で戻って来たレジェンドは、今週末の有馬記念(GⅠ)では昨年のダービー馬ドウデュースとのタッグを再結成する予定でいる。「根っからの騎手」である彼の、衰えを知らない手綱捌きにまだまだ注目したい。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)