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「資源価格の下落」と「米国の金利引き上げ」がアフリカ経済にもつインパクト

六辻彰二国際政治学者
(写真:ロイター/アフロ)

9月17日、米連邦準備理事会(FRB)のイエレン議長は金利据え置きを発表しました。これにより、2008年のリーマンショック、世界金融危機以降のゼロ金利は当面維持されましたが、FRBは10月以降の金利引き上げの可能性を否定していません。

イエレン議長が金利を当面据え置くことの理由の一つに挙げたのが、世界経済への懸念です。世界金融危機以降、他の主要国とともに行ってきた米国によるゼロ金利政策は、世界の景気を下支えするため、市場に大量のドルを提供するものでしたが、その多くは新興国に流れ込みました。これが新興国の好景気を支える一つの条件になったわけですが、雇用をはじめ米国自身の経済状況が改善されるにつれ、ゼロ金利は米国内で住宅などへの過剰投資、つまりバブルに近い状況を再び生み始めました。しかし、FRBが金利を引き上げれば、世界に流通していたドルが一気に米国に逆流し、新興国をはじめとする世界経済が急激に悪化しかねず、それは長期的には米国企業にとっても好ましい状況とはいえません。いわば両にらみの状況で、「とりあえず」今回、FRBは現状を維持したのですが、遅かれ早かれ金利が引き上げられることは確かで、それはもはやタイミングの問題になりつつあります

こうしてみたとき、好むと好まざるとにかかわらず、世界経済全体に対する米国の力を改めて認識せざるを得ませんが、その一方で、FRBによる金利政策は、この10数年間、これまでになかった好景気に沸いてきたアフリカにとっても、大きな影響を及ぼすものになっています。

国際環境の変化が生んだアフリカ・ブーム

「世界の最貧地域」であるアフリカに流入する資金は、かつては先進国政府や国際機関からの「援助」という名の公的資金がほとんどでした。しかし、図1で示すように、2000年代に入り、民間投資がこれを上回るようになりました。これは、アフリカが貧困地域であることは変わらないものの、少なくとも「援助対象」としてだけでなく「ビジネス対象」という認知をも得たことを意味します。

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アフリカへの経済的な関心が高まった直接的な契機は、2000年代初頭からの資源価格の高騰がありました。新興国の経済成長にともない、資源やエネルギーの需要が実際に高まっただけでなく、それを見込んで資金が資源市場に大量に流入したことが、資源開発を加熱させました。その際「最貧地域」アフリカが、「低開発であるがゆえに、いまだ手つかずの資源が多く残っている」という観点から、多くの国や企業から関心を集めたことは、不思議ではありません。

これに加えて、対テロ戦争の激化で中東諸国との関係を見直していた米国や、ロシアとの関係悪化に直面し始めていたヨーロッパ諸国が、資源供給地の多角化を図り始め、さらに中国をはじめとする新興国が(1990年代末までに先進国がビジネス対象としてほとんどみなしていなかった)アフリカに経済的に進出を強めると、これに対する警戒も手伝って、欧米諸国の進出はさらに加速しました。

各国がきそってアフリカ進出を目指す状況は、19世紀に西欧列強が植民地化のために我勝ちにアフリカを目指した「争奪戦」を思い起こさせることから、「新たな争奪戦」とも呼ばれました。こうした国際環境の変化が生んだアフリカ・ブームのなか、アフリカでは資源開発を中心に好景気に沸き、大陸規模で平均5パーセントの成長率を10数年間維持してきたのです。

資源価格下落の影響

ところが、これにまず冷や水を浴びせたのが、資源価格の下落でした。2014年半ばから下落し始めた原油価格は、同年11月のOPEC(石油輸出国機構)総会で、1日あたり3,000万バレルの生産量を維持することが決定されたことで、さらに加速しました。1バレルあたり2013年に平均100ドル以上あった原油価格は、2015年9月7日には37ドルにまで下落。ゴールドマン・サックスは2016年にはこれが20ドルにまで下落する可能性があるとみています。

アフリカにとって、資源価格の高騰が一つの追い風になったことに鑑みれば、その暴落が大きなインパクトをもつことは、不思議でありません。実際、図2で示すように、サハラ以南アフリカ(SSA)全体のGDP成長率は、2004年から2013年までの平均値で4.9パーセントでしたが、2014年にはこれが4.4パーセントにまで下落しており、資源価格の下落にともない、既にそのペースを低下させつつあります。

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経済成長の鈍化は、既に政治、社会に影響を及ぼし始めています。2015年3月、ナイジェリア大統領選挙では、現職のジョナサン大統領が敗北。この選挙結果の背景には、同国で猛威をふるうイスラーム過激派ボコ・ハラムへの対応が不十分であることへの不満だけでなく、アフリカ大陸一の産油国ナイジェリアの成長スピードが資源価格下落によって大きくブレーキをかけられながらも、有効な経済政策を打ち出せない政府への不満もありました。また、金、プラチナ、ダイヤモンドなどの世界屈指の産出国である南アフリカでは、2015年4月にジンバブエ系をはじめとする移民に対する組織的な襲撃事件が発生し、300名以上が逮捕されました。大陸屈指の新興国としてG20メンバーでもある南アでのこの状況は、ちょうど世界金融危機の後にヨーロッパ各地で、経済不安のスケープゴートとして移民への襲撃事件が急激に増加したことを想起させるものです。

アフリカ経済の多様性

ただし、注意すべきは、「資源ブームの終焉」イコール「アフリカ・ブームの終焉」という単純な図式では語れないことです。それは、サハラ以南アフリカ49ヵ国が全て大規模な資源輸出国であるわけでないことによります。先ほどの図2で示したように、資源価格の下落にともない、総じてアフリカ各国経済は減速しましたが、ナイジェリアや南アなど大資源国ほどその傾向は顕著で、これとは逆に資源開発への依存度の低い国は、その限りではありません。例えばケニアの成長率はほぼ横ばい、エチオピアのそれは低下したとはいえ10パーセント以上の水準を維持しました。英領植民地時代から茶葉とコーヒー豆の生産が中心だったケニアの場合、2012年の輸出の約半分は砂糖や果物の加工品から繊維や車両などを含む工業製品が占め、アフリカ一のコーヒー豆輸出国でもあるエチオピアの輸出は、コーヒー豆以外にも品目を増やした農産物が輸出品の約7割を占めます。

大資源国以外にとって、資源価格の下落は、むしろ恩恵にもなります。例えば、ケニアの輸入品の約20パーセントは石油関連商品で、エチオピアもほぼ同様です。つまり、当たり前のことですが、アフリカといってもすべてが大資源国であるわけではないので、原油価格の下落は、日本と同様これらの非産油国にとっての利益にもなるのです。

国際的な環境の変化がそれぞれの国に及ぼす影響に差異があることは、他のポイントからも見て取れます。図3は、GDPに占める投資額の比率を示しています。これは投資の活発さを示すものですが、サハラ以南アフリカの平均でやや減少し、それはナイジェリアや南アで顕著ですが、ケニアやエチオピアではむしろ数値が上昇していることが分かります。これは、資源価格の下落にともない、大資源国に向かっていた資金が非産油国に流れていることによるとみられます。このように、資源価格の下落によって受けるダメージは、国ごとに大きく異なります。

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さらに、資源がアフリカに対する経済的な関心を呼ぶきっかけになったことは確かですが、その一方でアフリカ向けの投資は、もはや資源以外にも広がっています。図4は2012年のアフリカ向けFDI(海外直接投資)の内訳を示していますが、鉱物やエネルギー、あるいはそれに関連する鉄鋼業などとともに、電気、ガス、水道、運輸、通信などインフラ関連の投資が活発であることが分かります。つまり、投資対象に幅が広がっていることは、資源価格が下落しても、それだけでアフリカへの資金流入が途絶えないことを意味します

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投資の減少がもたらすメリット

さらに、海外からの投資額が減少した国でも、それが全てデメリットになるとは限りません。図5は各国のインフレ率を示していますが、ここからはアフリカで全体的に物価が沈静化する傾向が見て取れます。海外から過剰に流入する資金は、景気を加熱させる一方、必然的にインフレをももたらします

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例えば、ナイジェリアの例をみてみましょう。図6は、ナイジェリアと南アのGDPを比較しています。

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ここからわかるように、2003年頃に両国のGDPは逆転し、その差は年々拡大してきました。ところで、先述のように南アは鉱物資源の産出量が豊富ですが、それだけでなく、例えば最近では日本からもホンダなど自動車メーカーが多く進出しているように、製造業分野の投資も盛んで、さらに金融、通信などサービス産業も他のアフリカ諸国とは比較になりません。一方、多くの大産油国と同様、ナイジェリアの輸出額の9割以上は原油で、産業構造もそれに特化したものです。その両国のGDPがこの10数年間で逆転したことは、ナイジェリアが原油輸出で儲かったことだけでなく、同国に向けた投資額がそれだけ膨大だったことにもよります。

すなわち、ナイジェリアの経済成長は、ほとんど水ぶくれに近いもので、他方で現代の資本集約型の石油産業が、それほど多くの雇用を生まないことに鑑みれば、多くのナイジェリア人が成長の恩恵に浴さなかったとしても不思議ではありません。むしろ、膨大な投資がインフレをもたらしたことは、多くのひとの生活苦に拍車をかけ、これがボコ・ハラム台頭の一つの契機にもなったのです。

ナイジェリアほど顕著でなくとも、アフリカでは2004年から2013年までの毎年平均で8パーセントのインフレ率が記録されてきました。それに応じて所得が向上すれば問題はないでしょうが、アフリカではいまだに全人口の7割から8割が1日2ドル未満の所得水準にあります。そのなかで恒常的に物価が上がり続ける状態は、多くのひとの生活を、むしろ圧迫する要素ともなっていました。社会の安定はビジネスにとっても必要な条件です。この観点からすると、資源ブームの終焉によって過剰な資金流入が抑制されることは、悪いことばかりではありません。

通貨下落のインパクト

ただし、言うまでもなく、資源ブームの終焉は、アフリカ各国にとって、これまで通りの成長が保障されない環境に立たざるを得なくなったことをも意味します。そして、それに追い打ちをかけるように俎上に上った米国の金利引き上げ問題は、アフリカ経済の今後を大きく左右するとみられます。この点に関して、特に注目すべきは南アフリカの状況です。

前掲の図5からは、多くの国でインフレ率が低下傾向を示しているのに対して、南アで物価が上昇していることが分かります。その最大の要因として、通貨ランドの急落があげられます。

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図7は、南ア・ランドの米ドル交換レートを示しています。冒頭で述べたように、世界金融危機の後、米国が採用したゼロ金利政策のもと、世界経済を下支えするために各地にドルが散布されましたが、アフリカを代表する新興国である南アにも膨大な資金が流入し、これはランド高をもたらしました。しかし、ギリシャ国債問題を発端としてユーロ圏に信用不安が広がった2011年以降、ランドの対ドルレートは下落し続け、資源ブームの終焉と米国の金利見直しの動きがこれに拍車をかけ、2015年9月現在でランドは最も高かった4年前の半値ほどにまで下落してきているのです。

図8、9、10で示すように、これまでに取り上げてきたナイジェリア、ケニア、エチオピアなどでも、程度の差はあれ、通貨は下落傾向を示しています。

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しかし、ナイジェリアのナイラ、ケニアのシリング、エチオピアのブルの下落は、全体的に南アのランドより緩やかなペースで進んでいます。特にケニア・シリングやエチオピア・ブルの場合、その下落によって食糧やエネルギーの輸入の負担は増えるものの、輸出を増やすには好条件といった水準になんとかとどまっているといえます。これらと比べてより急速に値下がりし続けるランドにより、南アでは輸入品を中心に物価高が止まりません。一方で、資源価格の下落により、ランド安で促される資源輸出からの収益は相殺されがちです。南アは資源価格の下落と米国の金利問題のダブルパンチをまともに受けている国の一つといえます

しかし、この状況は南ア一国にとどまらず、アフリカ全体に悪影響を及ぼす可能性をはらんでいます。冒頭で述べたように、米国による金利引き上げは時間の問題です。その場合、ランドが今まで以上に下落することは避けられず、それがひいては南ア経済全体に負の影響をもたらすことは想像に難くありません。

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ところで、南アは地域を代表する新興国であり、他のアフリカの国でも数多くのプロジェクトに南アから資金が向かっています。図11が示すように、その実績は多くの先進国や新興国を上回り、その投資を通じて良かれ悪しかれ南アの情勢はアフリカ内部に影響を及ぼしやすい状況が生まれているのです。つまり、ランド急落は、現状において資源価格の下落によるプラス、マイナス両面が相殺されているケニアやエチオピアなどの成長に対しても、少なからず悪影響を及ぼすとみられます。

「その先」のアフリカ経済とは

これまで述べてきたように、資源ブームの終焉がもたらす影響は、プラスとマイナスの双方を含めて、各国ごとに異なります。そのため、改めて言っておくと、資源ブームの終焉はアフリカ・ブームの終焉と同義ではありません。ただし、アフリカが総じて、これまでのような成長をエンジョイできないであろうこともまた予想されることで、米国による金利引き上げは、アフリカ経済に新たな試練をもたらすとみられます。

特に大産油国の場合、石油産業があまりに儲かるが故に、他のセクターの育成がおろそかになるという傾向があります。第三者的にみれば、「儲かっている間に他の産業を育成しておけばよいのに」というのは、ごくまっとうな感想だと思いますが、特に好景気の間は、産油国政府からそのような方針が打ち出されることは稀です。そういう労力を払うことすら忌避させるほどに、石油収入には魔力があるともいえるでしょう。これに鑑みれば、遅ればせではありますが、ナイジェリア国内で産業の多角化を求める声があがっていることは不思議でありません。

資源ブームの終焉がアフリカにとって新たなステージに向かうための転機になっています。言い換えると、現在はアフリカ各国が資源だけでない持続的な経済成長を実現できる経済構造にシフトできるかの分岐点にあるといえます。そして、それは海外の投資家や企業にとっても、選択の幅を広げるという意味で、重要な意味をもつことになるといえるでしょう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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