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タバコ吸い殻「ポイ捨て」する理由〜「喫煙所」を増やして効果あんの?

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真撮影筆者

 飲食店や公共の施設など、屋内でのタバコ規制が厳しくなり、喫煙者は自宅か喫煙所、あるいは周囲に誰もいない路上喫煙禁止でない場所などでタバコを吸わざるを得ない状況になっている。そのせいか、最近になって喫煙室や喫煙所など、喫煙できる場所を増やせという意見が目立ち始めてきた。しかし、いくら喫煙所を増やしてもタバコのポイ捨てはなくならないのだ。

目の前に灰皿があるのにポイ捨て

 意図的にポイ捨てされるゴミ、わざと捨てられるゴミの半分以上はタバコの吸い殻だ。ゴミには多種多様なものがあるが、単一のゴミとしてはタバコの吸い殻がダントツに多い(※1)。

 米国の複数の州での観察研究によれば、45%〜65%、半分以上の吸い殻がポイ捨てされていたことがわかっている(※2)。例えば、530人の喫煙者のうち、187人(35%)がポイ捨てせず343人(65%)がポイ捨てし、ポイ捨てされた場所の灰皿からの平均距離は31フィート(約9.45メートル)だったという。

 たとえ目の届くごく近い場所に灰皿があっても、10メートルすら移動することができず、喫煙者はポイ捨てしてしまうということだ。ポイ捨ての多くは意図的だが、つまり喫煙者はわざとタバコの吸い殻を捨てていることになる。

 また、ニュージーランドのウェリントンの繁華街で行われた喫煙者の観察研究では、喫煙者の76.7%が吸い殻をポイ捨てし、そのほとんどがタバコの火を消さずにゴミ箱へ捨てていたという(※3)。観察区域は路上喫煙禁止が徹底されていなかったが、それを差し引いても喫煙者がいかに気軽に吸い殻をポイ捨てしているかがわかる。

横浜市内の公衆喫煙所のすぐ外でタバコを吸う喫煙者。密集した喫煙所に入りたくないのだという。写真撮影筆者
横浜市内の公衆喫煙所のすぐ外でタバコを吸う喫煙者。密集した喫煙所に入りたくないのだという。写真撮影筆者

 米国の喫煙者1000人を対象にしたインタビュー調査によれば、喫煙者の74.1%が一度でもタバコの吸い殻をポイ捨てしたことがあると回答し、タバコの吸い殻をゴミと認めない喫煙者はポイ捨てする割合が高いことがわかっている。また、ゴミと認めない喫煙者は約1/4いて、女性より男性のほうが約2倍、吸い殻をポイ捨てする傾向があったという(※4)。

 つまり、タバコの吸い殻を有害なゴミではないと主張したり、内心でそう思っている喫煙者がかなりの数いるのだろう。もちろん、タバコの吸い殻はれっきとしたゴミだし、有害物質がたんまり入った環境汚染物質でもある。

 そして、加熱式タバコの吸い殻はどのような成分を含み、それが環境へどのような悪影響を及ぼすのか、まだはっきりわかっていないが、重金属類など紙巻きタバコとは違った有害物質を出す危険性は捨てきれない。加熱式タバコには、吸口にプラスチック容器を使う製品もあり、それがポイ捨てされれば新たなプラスチック汚染にもなる。

罰則や罰金のほうが効果的

 数年前、英国の環境保全団体「hubbub」が、展開したタバコの吸い殻のポイ捨てを防ぐ一つのアイディアを提案した。これは一種のナッジ(Nudge)で透明なボックス型の灰皿を2つ並べ、例えば「ロナウドとメッシはどちらのほうがサッカーがうまいか」といった投票を行い、自分が選んだほうの灰皿へタバコの吸い殻を入れるというものだ。

英国などで設置されている投票灰皿の例。ロナウドとメッシのどちらがベストプレーヤーかという二択。金属ブレードの丸い穴に吸い殻を入れる。写真提供:hubbub
英国などで設置されている投票灰皿の例。ロナウドとメッシのどちらがベストプレーヤーかという二択。金属ブレードの丸い穴に吸い殻を入れる。写真提供:hubbub

 この方法にはある程度の効果があるとされてきたが(※5)、ドイツの海水浴場に設置された投票灰皿に関する最近の研究では、この方法はあまり効果がなかった。投票灰皿が設置されていたビーチの周囲の吸い殻の数は、設置されていなかったビーチと比べて違いはなかったという。

 また、海水浴場でタバコのポイ捨てをやめてもらうため、携帯型の灰皿を配るとその灰皿自体がゴミとして捨てられ、これもまた効果があまりなかった。では、どんな方法が最も効果があったかといえば、タバコの吸殻のポイ捨てをより防ぐのは罰則や罰金だったという(※6)。

 タバコを吸うことによる健康への悪影響は広く知られ、喫煙者自身は非喫煙者よりもそれを十分に知っている。そのため、喫煙行動には認知的不協和が起き、喫煙者は複雑な心理状態になってしまう(※7)。

反社会的行動のほうが広がりやすい

 現在、喫煙という行動は、社会的にかなり批判的にみられているが、タバコの吸い殻のポイ捨て行動は喫煙者が今よりずっと多い時代にもあった。これは1964年の東京五輪の際、タバコのポイ捨てで街の美観が損なわれるということで社会運動が起き、当時の専売公社が街のあちこちに灰皿を設置するようになったことでもわかる。

 もちろん、タバコの吸い殻に限らず、ゴミのポイ捨ては社会的に容認されない行動だ。だが、認知的不協和に陥った喫煙者は、不協和を減らすために自らのポイ捨て行動を正当化しなければならない(※8)。

 また、当然だが、灰皿や喫煙所の周辺には喫煙者が多い。その中の少なくない人がポイ捨てしていたとすると、捨てる気のない喫煙者の心理的な壁が低くなり、捨ててもいいという気持ちになってしまう(※9)。

 喫煙行動は「ピア効果」として友人関係や職場の同僚などに強く影響されるが(※10)、社会的に良い行動より反社会的な行動のほうがより伝わりやすいという(※11)。

 喫煙者同士のピア効果が、ポイ捨てという反社会的行動をより増幅させているのかもしれない。その結果、灰皿や喫煙所の周辺でポイ捨てが多くなるという皮肉なことにもなる。

公衆喫煙所のすぐそばの植え込みにポイ捨てられていたタバコの吸殻。写真撮影筆者
公衆喫煙所のすぐそばの植え込みにポイ捨てられていたタバコの吸殻。写真撮影筆者

 以上をまとめると、ポイ捨てされるゴミの中でタバコの吸い殻がダントツで多く、喫煙者は意識的にポイ捨てしがちだが、約1/4の喫煙者はタバコの吸い殻が環境に有害な物質と知らないか、意識しないようにしているようだ。そして、灰皿や喫煙施設を増やしたからといってポイ捨てが減ることはなく、灰皿や喫煙所の周辺でもポイ捨てが横行することになる。

 タバコ問題の本質は、かなり依存性の強いニコチンという薬物を含んだタバコという製品が、大量生産大量消費を目指すタバコ会社により公に売られていることにつきる(※12)。

 また、紙巻きタバコも加熱式タバコも、ニコチンを喫煙者に効果的に摂取させるために有害物質を含ませざるを得ないというジレンマがあり、健康への悪影響から逃れられない製品でもある。

 タバコは個人の自由裁量にまかされる嗜好品ではない。喫煙者は、喫煙を始める前に禁煙するのが難しいという情報を十分に与えられないまま、依存性の強いニコチンの中毒になってしまっているのだから単純な自己責任論は当てはまらない。つまり、吸う吸わないは本人の勝手とか、タバコにも一定のメリットがあるなどという欺瞞的な擁護論やお仕着せの「健康警察」批判にも全く説得力はない。

 ニコチン依存の喫煙者を作り出してきたタバコ会社により、多種多様な社会の問題や軋轢が生じているが、吸い殻のポイ捨てもその一つだ。

 タバコ税には罰則や罰金の側面もあることから、タバコ税収を喫煙所設置に使うのにも違和感がある。タバコ会社が喫煙所などを寄贈し、それを安易に受け入れる自治体があるが、タバコ会社の製造物責任の後始末に税金を使うのは本末転倒といえる(※13)。

 喫煙所を増やすことは喫煙者を減らすことにはつながらない。タバコ会社がせっせと喫煙所を寄贈しているのは喫煙者との共存ではなく、タバコ会社の延命のためだ。

 タバコのポイ捨てに関する責任は、喫煙者への禁煙サポートや社会の清掃費としてタバコ会社が税負担などで負うべきだ。けっして喫煙所増設のような喫煙者を増やす方向に向かってはならない。タバコ会社は、常に自社の顧客を維持し、増やすことだけに腐心しているからだ。

 喫煙所はその維持費、国の政策として進めている喫煙率低減への悪影響、周辺の歩行者や清掃者への受動喫煙被害などのコストやリスクに比べ、ポイ捨て防止の観点からみてもメリットは少ない。これ以上、喫煙所を増やすべきではないし、タバコによる健康被害を防ぎ、喫煙者を減らす意味から、むしろ減らしていくのが得策だろう。

※1:Renne J. Bator, et al., "Who Gives a Hoot?: Intercept Surveys of Litterers and Disposers." Environment and Behavior, Vol.43, Issue3, 2011

※2:P. Wesley Schultz, et al., "Littering in Context: Personal and Environmental Predictors of Littering Behavior." Environment and Behavior, Vol.45, Issue1, 35-39, 2011

※3:Vimal Patel, et al., "Cigarette butt littering in city streets: a new methodology for studying and results" Tobacco Control, Vol.22, Issue1, 2012

※4:Jessica M. Rath, et al., "Cigarette Litter: Smokers' Attitudes and Behaviors" International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.9(6), 2189-2203, 2012

※5:Siyuan Huang, et al., "Aim: An Interactive Ashtray to Support Behavior Change Through Gamification" International Conference on Engineering Design, ICED19, 2019

※6:Marija Katarzyte, et al., "Cigarette butts on Baltic Sea beaches: Monitoring, pollution and mitigation measures" Marine Pollution Bulletin, Vol.156, 2020

※7:Daisy Jane C. Orcullo, Teo Hui San, "Understanding Cognitive Dissonance in Smoking Behaviour: A Qualitative Study" International Journal of Social Science and Humanity, Vol.6, No.6, 2016

※8:Maranda R. Miller, Mark E. Burbach, "Understanding Cigarette Butt Littering Behavior on a Public Beach: A Case Study of Jekyll Island" University of Nebraska Lincoln, 2017

※9:James A F. Stoner, "Risky and cautious shifts in group decisions: The influence of widely held values" Journal of Experimental Social Psychology, Vol.4, Issue4, 442-459, 1968

※10:Lisa M. Powell, et al., "The importance of peer effects, cigarette prices and tobacco control policies for youth smoking behavior" Journal of Health Economics, Vol.24, Issue5, 950-968, 2005

※11:Eugen Dimant, "Contagion of pro- and anti-social behavior among peers and the role of social proximity" Journal of Economic Psychology, Vol.73, 66-88, 2019

※12:N Hirschhorn, "Corporate social responsibility and the tobacco industry: hope or hype?" Tobacco Control, Vol.13, Issue4, 2004

※13:Thomas E. Novotny, "Environmental accountability for tobacco product waste" Tobacco Control, Vol.29, Issue2, 2019

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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