「敵基地攻撃能力」では弾道ミサイルを阻止できない根拠と実戦例
6月15日に河野防衛大臣はブースター落下問題を理由として弾道ミサイル防衛システムのイージスアショア配備計画を停止すると表明、6月20日に安倍首相は代替計画として敵基地攻撃能力の保有も含めて議論すると表明しています。
イージスアショアは北朝鮮の核弾頭付き弾道ミサイルを防ぐ目的で計画されていた以上、代替計画はこの目的に貢献するものでなくてはなりません。それでは北朝鮮の弾道ミサイルを敵基地攻撃能力で防ぐことは本当に可能なのでしょうか?
まずそもそもの話としてこの議論では「敵基地」や「策源地」という言葉自体が本来は不適当です。何故なら北朝鮮が日本攻撃用に配備しているノドン準中距離弾道ミサイルは全て車載移動式だからです。開戦前に弾道ミサイル移動発射機は予備弾車両や燃料車両、指揮通信車両と共に基地から出撃し、全土に散開して隠れます。もぬけの殻となった基地など攻撃しても無意味です。
ゆえに「敵基地攻撃能力」という言葉を本来は使うべきではありません。基地という言葉ではどうしても固定目標がイメージされてしまいますが、実際の相手は地上移動目標です。そして隠れながら逃げ回る地上移動目標は発見することが難しく、特に弾道ミサイル移動発射機を発射前に撃破することは時間的猶予があまりにも少なく非常に困難というのが過去から現在に至るまで実証されてきた戦訓です。
湾岸戦争でアメリカ軍が失敗に終わったスカッド狩り
1991年の湾岸戦争でアメリカ軍は空爆による弾道ミサイル狩りに失敗しました。アメリカを中心とする多国籍軍による攻撃開始から戦闘終了までの約40日間に「スカッド狩り」へ戦闘機を1459ソーティ投入しましたが(※ソーティとは延べ出撃機数の意味)、移動発射機については弾道ミサイルを発射前に撃破することはほとんどできず、イラクから88発のスカッド弾道ミサイル(および改良型のアル・フセイン弾道ミサイル)がサウジアラビア、バーレーン、イスラエルに向けて発射されています。そして戦後の調査で62発の弾道ミサイルと19両の移動発射機が停戦時に存在していたことが判明しており、戦闘が継続していたら更に数十発が発射されていたことは疑いようがありません。
アメリカ軍は攻撃開始から短時間のうちにクウェートからイラク上空の制空権を掌握し、徹底的な空爆でイラク軍の防空網を破壊し、戦闘機が自由に上空を飛び回り監視して攻撃を加え続けていたにもかかわらず、隠れながら逃げ回る弾道ミサイル移動発射機の位置をまともに掴むことができませんでした。これは世界最強のアメリカ軍をもってしても弾道ミサイルを発射前に阻止する作戦は失敗してしまったという重大な戦訓を示しています。
なお湾岸戦争では地上の車両をレーダーで監視する大型偵察機E-8Aジョイントスターズが初めて投入されました。開発試験中の機体を実戦参加させたのです。E-8Aジョイントスターズの湾岸戦争での活動実績は全体的に非常に高く評価されましたが、それでもミサイル狩りについては貢献することができませんでした。
イエメン内戦介入で弾道ミサイル攻撃を受け続けるサウジアラビア
これはイエメンからフーシ派が発射した弾道ミサイルの迎撃に成功した日に行われた、サウジアラビア軍のミサイル防衛の成果を誇る発表です。しかしこれはイエメン内戦介入開始から5年経っても未だに空爆によるミサイル狩りに失敗し続けて、サウジアラビア本国がイエメンからの弾道ミサイル攻撃に晒されたままになっているという失態を自ら報告しているとも見做せます。
迎撃の成果を誇るということは、攻撃による発射阻止はできなかったということを意味します。
サウジアラビアが主導する連合軍は、イエメン上空の制空権を掌握し自由に戦闘機が飛び回り空爆を続けているという、空の上に限定すれば圧倒的有利な状況を手にしていながら、5年間ずっと弾道ミサイルの発射を許し続けています。つまり不意打ちで奇襲を受けて一時的に失敗したというわけではなく、恒常的に空爆が成果を上げられていないままという事実が最新の戦争で示され続けています。
攻撃では弾道ミサイル発射を阻止できなかったという戦訓
第二次世界大戦でV2弾道ミサイルが史上初めて使われて以降、弾道ミサイルが使われた戦争自体は数多くあります。第四次中東戦争、イラン・イラク戦争、アフガニスタン内戦(ソ連介入)、リビア空爆(1986年)、湾岸戦争、イエメン内戦(1994年)、チェチェン紛争、リビア内戦、シリア内戦、イエメン内戦(2015年~)。思い付くだけで10の戦いがあります、他にもあったかもしれません。直近では2020年1月8日のイランによる在イラク米軍基地攻撃も弾道ミサイル攻撃事例となるでしょう。
弾道ミサイルは射程が長いので狩りに行く場合は敵国の防空網を奥深くまで制圧して乗り込む必要があり、空の上での圧倒的優位な状況を確保しておく必要があります。
第二次世界大戦以降の戦争で弾道ミサイル狩りが本格的に行われたのは上で説明した湾岸戦争(1991年)とイエメン内戦介入(2015年~)の2例で、その両方とも空の上での圧倒的優位な状況を確保した上で、明確に弾道ミサイル狩りを失敗しています。
※追記:イラク戦争については湾岸戦争敗戦後にイラクに課せられたミサイル保有制限があり(射程150km超の禁止)、比較としては不適当と考えて除外しています。(射程が弾道ミサイルとしては極端に短いと移動発射機が前線付近に出て来る必要があり居場所の範囲が特定しやすい、また飛行速度が遅いので迎撃しやすい)
【参考】
- 湾岸戦争 アル・フセイン弾道ミサイル 射程700km
- イエメン内戦介入 ブルカン2H弾道ミサイル 射程1000km
- 北朝鮮(日本攻撃用) ノドン弾道ミサイル 射程1300km
攻撃以前に地上移動目標の発見は著しく困難
対北朝鮮での「敵基地攻撃能力」を論じるにあたって最大の問題となるのは、本当の目標は地上固定基地ではなく隠れながら逃げ回る弾道ミサイル移動発射機であり、攻撃以前に索敵が著しく困難だという点です。弾道ミサイルは液体燃料式ならば燃料注入で早くとも30分の発射準備時間が掛かりますが、湾岸戦争でもイエメン内戦介入でも液体燃料式弾道ミサイル相手に攻撃によるミサイル狩りは完全な失敗に終わっています。
液体燃料式弾道ミサイルが相手でも攻撃による阻止は失敗したのに、発射準備時間が5分と短い固体燃料式弾道ミサイルが相手では時間的猶予が少なすぎてもはや発射準備中に見つけだして攻撃することなど不可能です。北朝鮮はすでに固体燃料式の北極星2号という準中距離弾道ミサイルを開発済みです。まだ量産されてはいないようですが、もし将来的に液体燃料式のノドンを固体燃料式の北極星2号で置き換えるようなことになれば日本への深刻な脅威となるでしょう。
固体燃料式弾道ミサイルが相手では発射準備中の阻止は絶望的で、もはや時間が掛かる予備弾の再装填中を見つけて攻撃するくらいしか機会が得られません。しかしそれは既に発射機に装填済みの即応弾を阻止できず、開戦第一撃は防げないことを意味します。他は発射機が移動中で走っている最中をたまたま発見できるかどうかですが、長時間走り続けると発見されやすいのは分かりきっているので移動と隠蔽を交互に繰り返すため、やはり発見は容易ではありません。
偵察衛星による車両のリアルタイム監視は困難
光学カメラや合成開口レーダーを用いた偵察衛星は低軌道で運用されるので地球を90分くらいで一周して来ます。地表の同じ場所をずっと観測し続けることはできないので、敵国の全土を同時に観測するには膨大な数の偵察衛星が必要になります。しかもそれを仮に用意できたとしても、リアルタイム監視はほぼ不可能です。
たとえば海洋の水上艦船が目標ならば複数のレーダー偵察衛星によるリアルタイム監視網を築くことは可能ですが、これは海の上という隠れる場所が無い条件だからこそ可能になります。
しかし地上は隠れる場所が多い上に似たような大きさの車両が多く識別が難しいので、弾道ミサイル移動発射機を常時監視することはほぼ不可能です。地上移動目標の場合は光学カメラで地表を撮影してその中に目標が写っていたとしても、それが本当に目標なのか見付けだして判定する作業に時間が掛かってしまいます。平時の偵察と分析でいくら時間を掛けてもよいならばともかく、一分一秒を争う戦時で間に合うとは思えません。
普通のトラック車両やバルーン・デコイ(風船の囮)と弾道ミサイル移動発射機を見分けて報告するのは果たして間に合うのでしょうか? 倉庫や物陰に隠れていたり森林の中で車体に偽装網を掛けていたらそもそも見付けることはできるのでしょうか?
たまたま見付けるのが早かったら間に合うかもしれませんが、全ての疑わしい目標を判別してミサイル発射前に間に合わせるのは至難の業です。これは衛星コンステレーション(多数の衛星を統合するシステム)を構築して撮影機会を増やしても解決ができない問題です。
航空機による探知と攻撃
航空機による偵察は、戦略偵察機で遠距離から監視する場合は偵察衛星と似たような問題を含みます。そこで偵察機と戦闘機を敵国上空に多数を乗り込ませて常時滞空させ、目標を見分けやすい近距離上空から捜索して識別の判断の時間を短縮させて、発見次第に自機で攻撃に行くかあるいは付近にいる味方機に通報して攻撃に向かわせます。これで捜索・識別・通報・攻撃の各作業の時間を短縮させることが可能です。
問題は敵国全土を監視するには膨大な数の作戦機が必要であること、前もって敵国の防空網を完全に制圧しておく必要があること、そして湾岸戦争ではそれらを全てやった上でアメリカ軍はスカッド狩りに失敗した事実があるということです。
そして根本的な問題として、日本がそのようなことを行う戦力を単独では到底用意できないという現実があります。敵国全土の防空網を瞬時に潰してから常時多数の作戦機を滞空させ続けるような膨大な戦力を日本は国力的に持てません。探知にしろ攻撃にしろ行うにしてもアメリカ軍の補助的な役割しか期待できません。
出撃拠点が遠い日本の問題
さらに重要な問題として浮かび上がってくるのは「作戦空域付近に航空基地を確保していないと作戦機の滞空時間を長く保つことはできない」という点です。つまり韓国の基地を使うことができない自衛隊ではこの方法は大きな制約を受けます。そもそも日本が用意できる戦力的な面でも無理がある上に、出撃基地の立地条件からしても困難さに拍車を掛けています。
日本は攻撃戦力を日本本土から発進させなければなりません。それは次のような問題を含みます。
- 索敵手段 ※北朝鮮全土を常時監視する体制は用意できない
- 戦闘機 ※到着が遅すぎて間に合わない
- 巡航ミサイル ※到着が遅すぎて間に合わない
- 弾道ミサイル ※固体燃料式弾道ミサイル相手では間に合わない
- 極超音速兵器 ※固体燃料式弾道ミサイル相手では間に合わない
索敵手段を用意できない時点で既に詰んでいます。もし北朝鮮相手の「敵基地攻撃能力」の取得を唱えるならば、隠れながら逃げ回る弾道ミサイル移動発射機をどうやって発見するのか有効な方法の提示をお願いしたいのですが、そういった説明を耳にしたことは一度もありません。
索敵の問題を無視したとしても、戦場に到達する速度の遅い兵器は移動式ミサイルを狩るには全く役に立ちません。戦闘機や巡航ミサイル(トマホークなど亜音速のもの)は遅すぎて間に合いません。移動速度が遅くても目標の直ぐ付近に滞空していれば間に合いますが、上述の韓国の基地を使えない問題から戦闘機や無人機の北朝鮮上空常時滞空は困難です。
それでは洋上を出撃拠点にすればよいという考え方もありますが、現実的に日本が用意できるのは小型空母を数隻用意する程度が限界で、たった数十機の搭載機では戦力的に到底足りません。
弾道ミサイルや極超音速兵器なら速いので、目標が液体燃料式弾道ミサイルならば燃料を注入する発射準備中を狙う余地が残されています。しかし索敵の問題が解決されていない以上は空論でしかなく、しかも短い準備時間で発射できる固体燃料式弾道ミサイルが相手だと発射準備中を狙う余地すら無くなります。北朝鮮は準中距離弾道ミサイルに使える固体燃料技術を取得済みなので、近い将来に配備される新型ミサイルの登場で「敵基地攻撃能力」は完全に通用しなくなります。
軍事的には効果の無い「敵基地攻撃」の政治的効果
以上が「敵基地攻撃能力」では弾道ミサイルを阻止できない根拠と実戦例です。攻撃では移動式ミサイルによる開戦第一撃を防ぐことは不可能です。それでも味方が攻撃を加え続けることにより敵を逃げ回らせて第二撃以降の同時発射タイミングの時間調整を妨害したり(同時飽和攻撃の企図を挫く)、運良く発見できたミサイル車両を破壊することで少しでも減らす作業は意味を持ちます。全く攻撃しないよりは攻撃を行ったほうが迎撃側も負担が減るのです。攻撃か迎撃かという二者択一ではなく、攻撃と迎撃の両方を組み合わせるのがベストであることは間違いありません。
※ただし、敵の核ミサイルは開戦第一撃に含まれる可能性が非常に高い。よって、攻撃では敵の核ミサイルは防げないという重大な問題が生じてしまう。
でも攻撃はアメリカと韓国に任せればよいことです。北朝鮮の目の前に大規模な航空基地を複数持つ彼らならば、開戦から短時間のうちに北朝鮮の防空網を制圧し、北朝鮮上空を作戦機が常時滞空し監視爆撃する体制を築けます。日本による攻撃はほんの少しの手伝いにしかなりません。遠い日本からでは、軍事的にはやってもやらなくても大差は生じません。
しかし「敵基地攻撃」はアメリカや韓国と共に日本が北朝鮮と戦う意思を示すという外交上の政治的な意味としてならば大きな効果を生むでしょう。また国内向けでも北朝鮮からの攻撃で被害を受けて激昂する国民の留飲を下げて世論を落ち着かせる効果が見込めます。この二つの効果は政治家にとって非常に魅力的なことは理解できます。しかし逆に言えば北朝鮮相手に日本が「敵基地攻撃」を行って明確に得られる効果は、この政治的なものだけです。
「懲罰的抑止」は日本の用意できる通常戦力では成立しない
直接的な攻撃での弾道ミサイル阻止は難しいので諦めて、強力な報復能力を持つことで相手の攻撃を思い止まらせようとする「懲罰的抑止」という考え方が唱えられることがありますが、これは全く現実的ではありません。
当たり前の話ですが抑止力とは相手が怖がって攻撃を思い止まることで成立するので、相手が怖がらない小規模な弱々しい攻撃力では懲罰的抑止など成立するはずがありません。それでは韓国の基地が使えず遠い日本から北朝鮮に投射できる通常戦力で、日本が用意できる規模で、果たして懲罰的抑止は成立するでしょうか? 目の前にいる強力なアメリカ軍と韓国軍の熾烈な攻撃を想定している北朝鮮は、日本が遠くから小規模な攻撃を加えてきたところで何か気にするでしょうか?
無視されると思います。北朝鮮は日本からの通常攻撃など全く気にしないでしょう。どうでもよいことだと相手にされません。
日本の国力と立地条件から懲罰的抑止として成立できる要素が何一つありません。そうなるともはや核武装くらいしか抑止力として成立する条件が見出せませんが、もちろん報復能力としての核武装は憲法9条に明確に違反します。憲法改正が必須になる上にNPT条約を離脱して核武装するという重大な決断を迫られてしまいます。これではイージスアショアの代替策を論じる範疇を大きく逸脱した議論になってしまいます。
ドサクサ紛れに「敵基地攻撃能力」を取得すべきではない
冒頭でも言いましたが、イージスアショアは北朝鮮の核弾頭付き弾道ミサイルを防ぐ目的で計画されていた以上、代替計画はこの目的に貢献するものでなくてはなりません。
これまでイージスアショアの配備について国民に向けて説明してきたのはあくまで北朝鮮対策なので、中国の脅威を主な理由として敵基地攻撃能力を取得するつもりならば、堂々と中国対策であることを表に出して別の話として議論すべきだと思います。
というのも中国対策なら攻撃は航空基地を目標にすることになるので、北朝鮮対策の移動式ミサイル狩りとは議論の内容が根本的に異なるのです。ゆえに北朝鮮対策を隠れ蓑にして中国対策としての敵基地攻撃能力を取得することは国民を騙す行為になる上に、説明が無茶苦茶なものになってしまいます。
そしてイージスアショア代替計画は北朝鮮対策として議論して、敵基地攻撃能力についてはミサイル阻止の役に立たないと結論付けられたならば、迎撃手段を再計画すべきだと思います。