没後15年、伝説となった女性監督。一旦見納めになる永遠の名画に「一度は出合ってほしい」

水上賢治

映画ライター

8/12(月) 8:50

　今から15年前の2009年に発表されたアジアの小さな作品ながら、ここ日本でまるで世代を超えて読み継がれる絵本のように愛され続けられている映画がある。

　51歳の若さでこの世を去ったヤスミン・アフマド監督の映画「タレンタイム～優しい歌」だ。

　マレーシアの女性監督で、アジア映画を牽引する存在だった彼女の残念ながら遺作となった同作は、日本で「タレンタイム～優しい歌」のタイトルで正式に全国ロードショー公開となったのは映画完成から実に8年後の2017年のこと。

　はじめは映画祭などの単発的な上映から始まり、全国公開、そして以後も、その都度アンコール上映が行われるという極めて稀なロング・スパンで上映が続いている。

　その間、着実に作品のファンの輪を広げ、多様な民族が暮らす街で、音楽コンクール「タレンタイム」に挑戦する高校生たちのかけがえのない青春を描いたこの作品を、俳優や監督といった日本の映画人で愛する人も少なくない。

　異例の大ヒットをしているわけではないが、上映される度に新たな作品を愛する人が生まれている映画「タレンタイム～優しい歌」。

　本作を全国公開へと結びつけた配給会社ムヴィオラ代表の武井みゆきさんに話を訊く。全三回／第三回

出合っていただける機会が増えれば

　前回（第二回はこちら）は、劇場での公開とともにいま自主上映を積極的に受け付けていることを伝えてくれた武井さん。

　改めて自主上映についてこう語る。

「年内9月20日での上映権切れを知って、アンコール上映を決めてくださる映画館は、当初よりも増えたんです。

　でも、やはり全国をまわるほどはできていないので、自主上映に興味のある方はお問合せいただければなと。

　いったん最後の上映になるので、できるだけ全国各地で上映して、『タレンタイム～優しい歌』に出合っていただける機会が増えればと思っています」

この作品が多くの人に愛される理由

　では、武井さんの中で「タレンタイム～優しい歌」という作品の魅力はどこにあるだろうか？

「ひと言では言い尽くせないです。

　ただ、ひとつ言えることは、いろいろなことを受けとめ、考えさせられるところはあるのですが、けっして難しい映画ではないということです。

　自然と誰もの心に染みわたってくるような普遍性があるところが、この作品が多くの人に愛される理由のような気がします。

『ここにはこんな意味が込められているのか』とか、『こういう表現がなされているんだ』と映画としての質の高さがある映画ではあるんですけど、受け手に映画的な知識を求めてくる映画にはなっていない。

　また、世界の情勢や国の歴史や文化の知識を求める映画にもなっていない。知っていたら知っていたでより深く味わえるけれども、知らなくても問題なくて自分の身に照らし合わせながらいろいろなことがわかってくる。

　以前、イランの巨匠、モフセン・マフマルバフ監督の宣伝をした時に、彼がこのようなことを言っていたんです。『簡単なことを難しく語って難しくみせる人というのは、すごくたくさんいる。けど、難しいことを簡単なように見せてくれる人はほんとうに少ない。でも、難しいことを簡単に見せることは大変でそれはすばらしいことなんだ』と。

　『難しい事柄を難しいと気づかせない。難しいと構えさせないで、その人の心の中にすっと入っていけるように表現できるということはすごいことなんだ』と言っていたんですね。

　わたしはヤスミンの映画、そして『タレンタイム～優しい歌』はまさにそういう映画ではないかと思います。

　おそらく誰ひとりとして難しいことを見せられてるなんて思わないはず。

　自分の心のままに見ることができて、マレーシアの話であっても、いろいろな違った言葉が飛び交っていても、境なくすごく胸を打たれるものがある。

　それがやっぱりすごいことだと思います。

　今回、どなたかが『（それは）もしかしたらヤスミンがチャップリンのことを尊敬していたのと関係あるのかも』とSNSに投稿していらっしゃったのですが、私もやっぱりそれはちょっと感じます。

　チャップリンの映画も世界中が直面している大変な問題や社会で起きている困難を、誰にでもわかる物語にしてみせて、しかもユーモアをもって表現している。

　難しいことを誰にでもわかりやすいように伝えることを試みていたチャップリンの精神は、ヤスミンにも受け継がれている気がします。