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黒田「新日銀総裁」の問われる対中姿勢 世界のスター中銀総裁に対抗できるか

木村正人在英国際ジャーナリスト

政府は、日本銀行の新総裁に元財務省財務官の黒田東彦(はるひこ)・アジア開発銀行(ADB)総裁を起用する方針を決めたと各紙が一斉に報じている。

黒田氏は1999~2003年に通貨政策を担当する財務官を務め、大規模な円売り介入を展開した。当時から日銀に対してインフレ目標の導入を求めた積極緩和論者としても知られる。

黒田新総裁は、中国がいかにアジア開発銀行を食い物にする一方で、隣国の開発を妨げようとしているか、その実態を目の当たりにしている。

アジア開発銀行への最大の出資国は日本と米国で、それぞれ15・65%。中国は6・46%。職員数では日本が150人、米国が149人、中国が112人。

今や世界第2の経済大国になった中国はかつてアジア開発銀行にとって最大の借り手だった。2010年に2位、2011年に3位まで下がったが、それでも援助額は13億4400万ドルにのぼる。アジア開発銀行の対中融資は2011年末時点の累積で259億7600万ドル、累積支出は180億6300万ドルにのぼる。

パキスタンの水力ダム開発に絡んで、中国とアジア開発銀行はどちらが融資するかで対立していると、昨年9月、英紙フィナンシャル・タイムズは報じている。

アラビア海に面したパキスタンのグワダール港から内陸部を通るエネルギー供給ルートは中国の生命線になると期待されている。インドとの対立の火種を抱える中国にとってパキスタンはどうしても取り込みたい相手だ。

世界第2の経済大国、しかし国民1人当りの年間所得は3700ドルの2つの顔を持つ中国。アジア開発銀行では国民1人当りの所得が7000ドルに達すれば、その後5年間で融資を段階的になくしていくルールがある。

国民1人当りの所得ではまだまだ貧しい中国は大手を振ってアジア開発銀行からオカネを引き出すことができる。

同行からの援助で中国は、パキスタンからのエネルギー供給ルートの入口となる最貧地区・新疆ウイグル自治区の開発を進めている。

中国はアジア開発銀行の出資比率を少しずつ増やして発言力を増す一方で、フィナンシャル・タイムズ紙が報じるようにアジア開発銀行がパキスタンの水力ダム開発に関与しようとするのを妨害している。

さらに、アジア開発銀行がインドのアルナーチャル・プラデーシュ州での開発を援助しようとしたところ、中国はインドとの間で国境紛争があることを理由に猛反対している。アジア開発銀行は中国にとって都合の良い財布になっていたという批判も聞かれる。

黒田新総裁には是非とも、アジア開発銀行での対中政策がどうなっていたか、聞きたいところだ。

そして、黒田新総裁を待ち構えるのが、欧米のスター中銀総裁だ。

先進7カ国(G7)はかつて「通貨マフィア」と呼ばれるほどの影響力をふるった。G7にそれほどの力が残っているかどうかは別にして、欧米の中銀総裁はスーパースターぞろいだ。

デフレ回避のための積極緩和に踏み切り、「ヘリコプター・ベン」の異名を取る米連邦準備制度理事会(FRB)のベン・バーナンキ議長。任天堂のゲームソフト「スーパー・マリオ」をニックネームに持つ欧州中央銀行(ECB)のマリオ・ドラギ総裁。

そして7月に就任する英イングランド銀行のマーク・カーニー総裁は「インフレ目標は時代遅れ。名目国内総生産(GDP)の成長率を指標にすべきだ」と唱えたことで知られる。

1990年代の日本金融バブル崩壊や2008年の世界金融危機が起きる前まで、中銀総裁の仕事と言えば、「宴たけなわではございますが、そろそろお開きの時間になりました」と、金利を引き上げて過熱する景気を冷ますことだった。

しかし、金融機関も会社も家計も一斉に引き締めに走る今、「もう勉強や仕事はほどほどにして、パーティーに出かける時間ですよ」とロックンロールを奏でるのが役割になった。

失われた20年ですっかりデフレが染み付いてしまった日本の体質改善には、「飲めや、歌えやの宴会が必要だ」と、リフレ(緩やかなインフレを促進すること)派は説く。

バーナンキ氏は議長就任前に、「デフレにはヘリコプターで上空から現金をばらまくような景気対策、ヘリコプターマネーが有効だ」と発言した。

実際、バーナンキ氏は不良資産救済プログラム(TARP)、量的緩和(QE1、QE2、QE3)、ツイスト・オペ(長期証券の買いオペと短期証券の売りオペなどを同時に行う公開市場操作)を次々と繰り出した。昨年12月には、失業率を6・5%に下げるまで実質ゼロ金利政策を続けると表明した。

ドラギ氏は就任後初の政策委員会で予想外の利下げを行った後、3年物長期供給オペ(LTRO)、そして南欧諸国の国債を無制限に購入するOMT(国債買い切りプログラム)を繰り出し、欧州債務危機をひとまず沈静化させた。

一時はギリシャのユーロ圏離脱に傾いた財政緊縮派のメルケル独首相を説得し、タカ(金融引き締め)派のドイツ連銀(中銀)のワイトマン総裁を押し切って、OMTを実施したドラギの政治力は「スーパー・マリオ」の名にふさわしい。

現在、カナダ銀行(中銀)総裁のカーニー氏の力量は、オズボーン英財務相が昨年11月、下院で「要するに、彼が世界中で最も優秀で、経験に富んでおり、次期総裁として適任ということだ」と太鼓判を押すほどだ。英国籍を持たない人を総裁に任命するのは、「オールド・レディー」と呼ばれるイングランド銀行が1694年に創設されて以来、初めて。

世界金融危機で、カーニー氏は期間を限定して金利を0・25%に下げ、G7の中で初めてGDPと失業率を危機前のレベルに回復させたことで一気に名を馳せた。世界の金融システムを監視する金融安定理事会(FSB)の議長も務め、銀行資本の積み増し、レバレッジの制限、銀行の自己責任の明確化など、金融危機の再発防止策を唱えている。

カーニー氏の報酬は年収、年金の掛け金、妻と娘4人の住宅手当まとめて80万ポンド(約1億1300万円)。キング現総裁の年収は30万5000ポンド。カーニー氏は破格の報酬から「ロックスター総裁」とはやし立てられている。

金融危機を回避したECBのバランスシートは縮小し、FRBも出口を意識し始めている。

一方、英中銀は景気の三番底を回避するため、カーニー氏が就任すれば、さらなる量的緩和を実施するとみられている。このため、アベノミクスの「円安」で荒稼ぎしたヘッジファンドが今、「ポンド安」に乗り換えている。

「なぜ、中銀総裁にスーパースターが求められるようになったかというと、もともと中銀の最大の武器は金利の上下にあったわけだが、金利の下げ方が限られてきていて、非伝統的な政策に頼らざるを得なくなった。非伝統的な金融政策が中銀の主流になってくる中で、いかにマーケットにインパクトを与えるようにするか、非常に技術が必要になってきた」(英キャプラ・インベストメント・マネジメントの共同創業者、浅井将雄氏)

スーパースターぞろいの中銀総裁の中で、黒田新総裁はどんな妙手で市場を動かすのか。日銀のバランスシートは対GDP比で40%に近づいており、後方の景気後退の崖、前方の財政危機の崖をにらみながら難しい舵取りを強いられる。

バーナンキ、ドラギ、カーニー3氏にない黒田新総裁の強みは、アジア市場、皮肉なことに中国の問題行動に精通していることでもある。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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