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極右が台頭する マクロン仏大統領はなぜ欧州議会選で惨敗したのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
欧州議会選で極右に惨敗し、国民議会の解散総選挙を表明したマクロン仏大統領(写真:ロイター/アフロ)

■「政治的な死」を招くかもしれない大ギャンブル

[ロンドン発]欧州連合(EU)欧州議会選(6月6~9日)で惨敗を喫したフランスのエマニュエル・マクロン大統領は9日、1997年のジャック・シラク大統領以来の国民議会(下院、577議席)の解散総選挙に打って出た。「政治的な死」を招くかもしれない大ギャンブルだ。

マクロン大統領は「今こそ明確にすべき時だ。皆さんのメッセージ、懸念を無視することはない。フランスには穏やかに、そして調和を持って行動するための明確な多数派が必要だ」と訴えた。第1回投票は6月30日、決選投票は7月7日に行われる。

7月26日にパリ五輪が開幕するだけに国内外に衝撃が走った。フランスの欧州議会選では極右が台頭した。脱悪魔化を進めるマリーヌ・ルペン氏の「国民連合」(RN)31.4%、エリック・ゼムール党首率いる「再征服」のグループ5.5%と極右勢力が過去最高の得票率を記録した。

■ルペン氏「私たちには国を立て直す準備ができている」

これに対しマクロン大統領の「再生」を中心とする中道はわずか14.6%と振るわなかった。国民連合は2014年と19年の欧州議会選でそれぞれ24.9%(当時は国民戦線)、23.3%の票を得て首位に立っている。国民議会選で勝利する最大のチャンスを迎えたルペン氏はこう宣言した。

「国民連合」(RN)を率いるマリーヌ・ルペン氏
「国民連合」(RN)を率いるマリーヌ・ルペン氏写真:ロイター/アフロ

「マクロン大統領が国民議会を解散すると発表した。私たちには国を立て直す準備ができている。フランス国民に呼びかけ、国民連合を中心に多数派を形成する。私たちを導く唯一の大義、すなわちフランスに奉仕するため共に行動する」

「不満投票」の側面が強い欧州議会選と違って、国民議会選は国民の生活に直結する。有権者も不満をぶつけるのではなく、現実を直視する必要がある。

国民議会選で国民連合が勝利すれば内政を担う首相の座はルペン氏の後継者ジョルダン・バルデラ氏(28)に明け渡される可能性がある。それでも外交・安全保障政策は引き続きマクロン大統領が指揮するが、極右や右派ポピュリストが拡大する欧州政治への打撃は避けられない。

■マクロン大統領の支持基盤は弱体化

マクロン大統領の基盤はかつてないほど弱体化している。国民連合が人気を集めるのは、コロナ危機の後遺症やインフレの影響が大きい。独統計会社スタティスタによると、インフレ(年率)は22年5.9%、昨年5.66%、今年2.42%(推定)で、世帯の購買力を圧迫する。

ウクライナ支援も不人気だ。ルペン氏は選挙期間中、マクロン政権を「野党に憤慨することしか知らない亡霊政府」と切り捨て、ウクライナへの部隊派遣について「戦争がもたらす苦しみと破壊を知っていて、どうして自国を気軽に戦争に駆り出そうと考えられるのか」と皮肉った。

Ipsosの世論調査によると、国民連合支持者の 68% (全体では39%)が「マクロン大統領と彼の政府への反対を表明することが第一の目的だった」と回答。移民問題と生活費の高騰が有権者最大の関心事だった。 国民連合は若年層の不満をすくい上げるのにも成功した。

世界金融危機後の銀行救済と緊縮財政、コロナ危機への超金融緩和と財政拡張がもたらしたインフレが低所得・貧困層のノンエリートを容赦なく痛めつける。資産バブルで「濡れ手に粟」の富を手にしたエリートのツケを支払わされるのはいつも無知なノンエリートだ。

■ネオ・ファシズムの流れを汲む「イタリアの同胞」が首位

イタリアではネオ・ファシズムの流れを汲むジョルジャ・メローニ伊首相の「イタリアの同胞」が28.6%(前回6.4%)と首位に立った。ドイツでは中道右派のキリスト教民主・社会同盟(CDU/CSU)が30%(同28.9%)と極右「ドイツのための選択肢」15.9%(同11%)を抑えた。

オラフ・ショルツ独首相の社会民主党(SPD)は13.9%(同15.8%)と過去最悪の結果に沈んだ。

しかし欧州全体では中道右派の欧州人民党グループ(EPP)25.6%、中道左派の社会民主進歩同盟(S&D)19.3%、中道の欧州刷新11.1%と議席の過半数を占め、極右・右派ポピュリストの欧州保守改革グループ(ECR)10.1%、アイデンティティーと民主主義 (ID)8.1%を圧倒した。

しかしECRもIDの前回の9.8%、7%からそれぞれ勢力を拡大した。

欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長は5年前の欧州議会選で、わずか9票差で就任した。2期目への道はさらに狭くなる可能性がある。

フォンデアライエン委員長は「中道勢力は健在だ。極右と極左に対する防壁を築く。彼らが支持を集めているのも事実であり、だからこそ中道政党には大きな責任が伴う」と中道の団結を訴えた。欧州には常に危機バネが働く。それに期待したい。

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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