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「加熱式タバコ」のメリット・デメリットを考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
写真:筆者撮影 渋谷に期間限定で開店したアイコス・ショップ

 フィリップ・モリス・インターナショナル(以下、PMI)の加熱式タバコ、アイコス(IQOS)が日本で本格的な流通に入って約半年が経った。2016年4月に全国で発売が開始されたが、2017年6月頃までは入手困難な状態が続いていたからだ。

加熱式タバコのメリットは

 早くから使い始めていた喫煙者の中には、そろそろ充電できなくなったり充電器自体が壊れるなどしているユーザーが出始めている。電気製品だから当然だが、製品寿命が尽きれば吸えなくなり、保証期間外なら新たに機器を買わなければならない。

 アイコス(2.4Plus)の場合、最初に割引クーポン(2018年1月現在3000円)がついていたりするが、2台目からはそれもない。メーカー小売価格は1万980円(同上)で安くない買い物となる。PMI以外のサードパーティ製品でも数千円となる。2016年7月31日まではキャンペーンで約半額(4600円)だったことを記憶しているユーザーもいるだろう。

 投資コストを回収した後は、機器販売で儲けつつ、タバコ売上げでも儲ける。タバコ会社はこうしたビジネスモデルの構築を目指していると考えられる。

 アイコスを使用ルポなどで紹介しているブログをざっと読んでみただけの感想だが、2/5から半分ぐらいのブロガーが従来の紙巻きタバコとのデュアルユーザーのようだ。この電気製品が壊れたらどうするのだろう。ニコチン中毒なのだから、また1万円以上出して機器を買うか、紙巻きタバコだけに戻ってしまうのだろう。

 喫煙者は、なぜ加熱式タバコを吸ってみようとするのだろうか。その理由、メリットはいくつかある。

 日本では現在、国立がん研究センターなどが調査中だが、加熱式タバコについての研究は少ない。ニコチン添加式電子タバコが認可されている他国での調査研究をもとに類推すれば、加熱式タバコを吸い始める理由は以下のようになる(※1)。

・健康上のリスクが低い(タバコ会社の情報)

・周囲への影響の低さ(受動喫煙の軽減)

・その新規性や目新しさ、好奇心から

・喫煙量が減ればコストを抑制できるという期待

・禁煙するためのステップや補助として

・紙巻きタバコと併用したり禁煙エリアで

 主にこういったことが考えられ、製品にもよるが充電間隔があるためチェーンスモークが減るというのも利点だろう。

メリットとデメリットを評価する

 その一方、当然だが加熱式タバコのデメリットもある。

・健康影響は受動喫煙を含めてわからない

・充電が面倒でバッテリーが切れる

・機器を掃除したり手入れが面倒

・ヒートスティックなどの販売店が少ない

・機器が壊れたり電池爆発の危険性がある

・女性を含む非喫煙者や若年層を喫煙へ引き込む

 あと、これは筆者の個人的な感想だが、紙巻きタバコを吸う姿に比べると何やら滑稽な感じを与える。そんなものは慣れてくれば解消されるかもしれないが、従来の紙巻きタバコは、その長い歴史で映画やCMなどでイメージが形成されてきた。加熱式タバコを吸う姿はカッコイイという印象操作は弱いままだし、それは今後も変わらないだろう。

 では、前述した加熱式タバコのメリットは正しいのだろうか。

 まず、健康リスクや受動喫煙についてだが、タバコ会社はリスクが低いといっているが、これまでタバコ会社が自社の利益を最優先させ、ユーザーや周囲の非喫煙者の健康のことなど少しも考えてこなかったことを考えれば、鵜呑みにするのは危険だ。

 少しずつネガティブな情報も出てきているが、害があったとしても疫学的にはっきりするのは年単位で先のことになるだろう。そもそも喫煙者はタバコに害があると知っていて吸っているわけで、受動喫煙しかりだが、加熱式タバコに多少の害があるとわかっても痛くもかゆくもないはずだ。

 では、加熱式タバコを吸うことで、タバコに支払っている経費を低く抑えることができるのだろうか。これは電子タバコの例だが、スイスのジュネーブ大学の研究者が調査したところ、時間とともに吸う量を増やしていく傾向にあることがわかっている(※2)。

 この研究では、98人の電子タバコ使用者の唾液を郵送してもらい、8ヶ月後のコチニン(喫煙のバイオメーカーとなるニコチンの代謝物)の濃度変化を調べた。すると、普通の紙巻きタバコ喫煙者の吸う本数が次第に増えるように、電子タバコ使用者もニコチン濃度を保つために電子タバコ消費量を増やしていく傾向にあったという。

 ニコチン依存症である喫煙者は、一定の濃度のニコチンを摂取しないと、逆に不安感に襲われたりイライラしたりする。加熱式タバコのニコチン量は、電子タバコを含むこれらの新型タバコが「ニコチン伝送システム」ということを考えれば、ユーザーが満足できる濃度にしてあるはずだ。

 実際、ニコチンが添加された電子タバコは紙巻きタバコと比べると、ニコチンの速度も遅く摂取量も少ない。そのため、例えば欧州連合(EU)の規制値である1ミリリットルあたり18ミリグラム以下では足りず、喫煙者が満足するだけのニコチン添加量は1ミリリットルあたり約50ミリグラムは必要だろうと推定する研究もある(※3)。

 また、電子タバコの消費が伸びている米国で2010年からの4年間を調べたところ、1.8%から13.0%にまで電子タバコの使用率が高くなったという(※4)。さらに、若年層と従来の喫煙者で使用者が多いものの、これまでタバコを吸ったことのないユーザーが32.5%いたようだ。

まだ結論を出すのは早い

 次に加熱式タバコは禁煙に効果があるかどうかだが、これもまだ加熱式タバコだけの調査研究が少ないので、ニコチン添加式電子タバコを対象にした複数の例を参考にすれば、結局は紙巻きタバコへ戻ってしまうという結果が多い(※5)。また、短期的には戻ってしまうが、長期的に使用すれば禁煙には効果があるという米国での調査研究もある(※6)。

 ちなみに、世界保健機関(WHO)は電子タバコや加熱式タバコなどのニコチン伝送システムについて、明確に公衆衛生上の脅威だと位置づけ、非喫煙者や若年層を喫煙へ誘引し、ニコチン依存症患者を増やすものと警告している(※7)。

 では、非喫煙者や若年層への影響はどうだろうか。

 米国のミシガン大学の研究者による高校生を対象にした調査研究では、電子タバコを吸引した使用者は、電子タバコを経験しなかった喫煙者よりも翌年に紙巻きタバコを吸う割合が4倍多いことがわかり(※8)、カナダのウォータールー大学の研究者が7歳から12歳の生徒を対象にして調査したところ、電子タバコの経験者が紙巻きタバコに移行する割合はそうでない者より2.16倍高いことがわかったという(※9)。

 一方、これらと逆の調査研究もいくつかある。例えば、米国の2014年の国民健康インタビュー調査(NHIS)を基にした分析(※10)によれば、電子タバコは非喫煙者を喫煙へ誘引することは少なく再喫煙者も少なかった。また、禁煙補助としての役割も強く示唆されたようだ。

 いずれにせよ、各国のタバコ規制において、新たなニコチン伝送システムとしての電子タバコや加熱式タバコは大きな問題になっている。先日、日本の国立がん研究センターが電子タバコによる禁煙効果は低いという論文(※11)を出したが、日本ではニコチン添加リキッドの販売が規制され、電子タバコは一般的ではない。その代わり加熱式タバコが人気になっているが、この調査研究の電子タバコがどちらを意味しているか不明確だ。

 以上、この記事で紹介した調査研究をまとめれば、加熱式タバコを含むニコチン伝送システムの健康への害は依然として未知数であり、タバコ会社の健康被害軽減のキャッチコピーによって若年層や女性を含む新たなユーザーを呼び込む危険性があるということがわかる。

 また、仮に紙巻きタバコを止めたとしても、ニコチン量によって加熱式タバコの消費量が減る可能性も低い。さらに、禁煙補助の役割としても研究によって様々な結果が出ており、それらは加熱式タバコを対象にしたものではない。

 つまり、健康についてもコスト面でも禁煙補助でも未知数なのが加熱式タバコということになる。

 加熱式タバコの本体や充電器は安いものではない。また、摂取できるニコチン量は加熱温度などでコントロールできるだろう。このあたりの「案配」をタバコ会社は長年のデータの蓄積があり、ニコチン量の規制などがなければサジ加減一つでどうにでもなりそうだ。

 タバコ会社は、ニコチン伝送システムを決して手放さない。その経営戦略のために、彼らは「なんでもやる」と考えておいていい。

※1:Martin Dockrell, et al., "E-Cigarettes: Prevalence and Attitudes in Great Britain." Nicotine & Tobacco Research, Vol.15, Issue10, 1737-1744, 2013

※1:Shawna L. Carroll Chapman, et al., "E-Cigarette Prevalence and Correlates of Use among Adolescents versus Adults: A Review and Comparison." Journal of Psychiatric Research, Vol.54, 43-54, 2014

※1:Christine E. Kistler, et al., "Consumers’ Preferences for Electronic Nicotine Delivery System Product Features: A Structured Content Analysis." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.14, Issue6, 2017

※2:Jean-Francois Etter, "A longitudinal study of cotinine in long-term daily users of e-cigarettes." Drug and Alcohol Dependence, Vol.160, 218-221, 2016

※3:Konstantinos E. Farsalinos, et al., "Nicotine absorption from electronic cigarette use: comparison between first and new-generation devices." Scientific Reports, Vol.4: 4133, 2014

※3:B A. King, et al., "Awareness and ever-use of electronic cigarettes among U.S. adults, 2010-2011." Nicotine & Tobacco Research, Vol.15, 1623-1627, doi:10.1093/ntr/ntt013, 2013

※3:C D. Delnevo, et al., "Patterns of electronic cigarette use among adults in the United States." Nicotine & Tobacco Research, Vol.18, 715-719, doi:10.1093/ntr/ntv237, 2016

※3:Martin Dockrell, et al., "E-Cigarettes: Prevalence and Attitudes in Great Britain." Nicotine & Tobacco Research, Vol.15, Issue10, 1737-1744, 2013

※4:Robert C. McMillen, et al., "Trends in Electronic Cigarette Use Among U.S. Adults: Use is Increasing in Both Smokers and Nonsmokers." Nicotine & Tobacco Research, Vol.17, Issue10, 2014

※5:Yue-Lin Zhuang, et al., "Long-term e-cigarette use and smoking cessation: a longitudinal study with US population." BMJ, Tobacco Control, Vol.25, 2016

※6:Daniel P.Giovenco, et al., "Prevalence of population smoking cessation by electronic cigarette use status in a national sample of recent smokers." Addictive Behaviors, Vol.76, 129-134, 2018

※7:UKCTAS, "COMMENTARY ON WHO REPORT ON ELECTRONIC NICOTINE DELIVERY SYSTEMS AND ELECTRONIC NON-NICOTINE DELIVERY SYSTEMS." 2016

※8:Richard Miech, Megan E Patrick, Patrick M O'Malley, Lloyd D Johnston, "E-cigarette use as a predictor of cigarette smoking: results from a 1-year follow-up of a national sample of 12th grade students." BMJ journals, Tobacco Control, 2017

※9:Sunday Azagba, Neill Bruce Baskerville, Kristie Foley, "Susceptibility to cigarette smoking among middle and high school e-cigarette users in Canada." Preventive Medicine, Vol.103, 2017

※10:Cristine D. Delnevo, et al., "Patterns of Electronic Cigarette Use Among Adults in the United States." Nicotine & Tobacco Research, Vol.18, Issue5, 2016

※11:Tomoyasu Hirano, et al., "Electronic Cigarette Use and Smoking Abstinence in Japan: A Cross-Sectional Study of Quitting Methods." International Journal of Environmental Research and Public Health, Vol.14(2), 2017

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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