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『ブラックペアン』に惹きつけられるのは「よくわからない」ところにある 二宮和也の戦略

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

『ブラックペアン シーズン2』の魅力

二宮和也のドラマ『ブラックペアン シーズン2』はおもしろい。

そして、よくわからない。

わからないけどおもしろい。

そこが魅力である。

ダイレクトアナストモーシスという術式

主人公は稀代の名医師である。

二宮和也の演じる天城雪彦医師。

「ダイレクトアナストモーシス」をできる世界でただ一人の執刀医であるらしい。

すばらしい。

ただ「アナストモーシス」という術式が、正直なところよくわからない。

ときどき動画つきで、説明される。

そのときはわかったような気になる。

ただ、それだったら手先の器用な医師がみんな挑戦すればいいのにとおもってしまうが、どうも、そういうものではないらしい。

つまり、わかっていない。

手術シーンが爽快である

毎回、高難度(らしい)手術シーンがある。

天城医師は手際よく終える。

美しい音楽が流れて、無駄なく、早く手術を終える。

詳しくはよくわからない。でも、見ていて爽快である。

美しい音楽が流れているあいだにささっと終わる手術は見ていて心地いいのだ。

そのあたり、うまく作られている。

主人公の正体が不明のまま

わからない部分はまだまだある。

そもそも主人公の正体がわからない。

前策『ブラックペアン』の主人公の渡海医師とそっくりなのだが(二宮和也の二役、ということになっている)それはなぜか、まだ(7話まででは)わからない。

彼は、金を欲しがる。でも金に執着しているようには見えない。

患者に賭けをさせて、勝たないと手術を引き受けない、と言っている。なぜそういうことをするのかはわからない。

この医師は善なのか悪なのか、そこがわからないまま物語が進む。

そこがおもしろい。

二宮和也にこういう役をやらせると合う。魅力的である。

二宮和也の戦略として正しい。

善悪定かではない登場人物たち

まわりの人間の善悪も定かではない。

善か悪か定かではない人物がいっぱい出ているドラマは、なかなかおもしろい。

内野聖陽が演じる佐伯教授、小泉孝太郎が演じる高階医師、ライバル維新大の教授・菅井(段田安則)、不気味な看護師の猫田(趣里)、医師の無茶振りに笑顔で応える椎野(田中みな実)など、みな、一癖も二癖もあって、いい人なのか悪い人なのかわからないまま進んでいく。まあ、大人の世界はそういうものだろう。

善玉だと信じられる人

わかりやすい善は、看護師の花房(葵わかな)と心臓外科医の若僧(ジュノ)世良医師(竹内涼真)の二人である。

ただ、世良医師は、第一話冒頭、礼をいわれたとき、じゃあ一千万円払えよと迫って、すぐに冗談だよと取り消していたが、その実、内側には何を秘めているかわからないところも見せていた。

多くの人をそういうふうに見せたいドラマのようだ。

みんなそれぞれの目論見があるようだ。

ドラマとしての見どころ

ただ、謎だけではドラマは引っ張っていけない。

わかりやすいストーリーが1話ずつ展開する。

毎回、心臓の悪い患者が出てきて、紆余曲折ありながら、最後は天城医師が手術をおこない、美しく素早く成功させ、みんな元気に生還してくる。

ここは安心して見られる。

天城医師がまず失敗しないからだ。天城は失敗しないので。たぶん。

医療ドラマとしてしっかり見せる部分

第1話だとチェ・ジウの演じるプルコギ店経営者、第2話だと街の「アップルパイが絶品」の洋菓子店の店主、第3話では工場作業員(立川談春)の母(正司花江)など、毎回それぞれの事情を抱えた患者が登場して、いろいろあるけど、天城医師は助ける。(落語家の立川談春と、漫才かしまし娘の正司花江の母子という取り合わせは絶妙だった)

そこは見ていてほっとする。

この部分が医療ドラマとして見応えがあるのだ。この部分だけで成り立たせようというドラマもたくさんあるくらいだ。

見ていて寄り添いたい存在(ふつうの善き人)は助かる。

わかりやすい部分である。

かならず小さい悪人が出てくる

そしてそこには「小悪」が出てくる。

テキサス大から来たクラッシャーと呼ばれる医師(新納慎也)や、製鉄会社の社長(梅沢富美男)、また患者としてやってきたチェーン店社長(恵俊彰)、患者の社長を放逐しようとしている息子(城田優)などなど、これはわかりやすい「悪」である。

この悪は、かならず成敗される。

天城医師や、その周辺の人たちによってやっつけられる。

見ていて心地いい。

わかりやすい展開である。

このあと大悪は出るのか

ただ「小悪」と書いたように、これがこのドラマの中心主題に置かれているように見えない。

ひょっとして大悪が出てくるのか。

いや、悪ではなく別次元の問題を大きく変えようとしているのか。

ドラマ全体で、何か別のものを見せようとしているのではいか、という気配があって、このへんの描きようが見事である。

最後までみれば、いままで見えていたものとは別次元の結末があるのではないか。そういう期待を抱かせる。

わからないことだらけのドラマの魅力

こういう「わからないことが多いドラマ」が受けている。

考察好き、といわれる人たちにも受けがいい。

ただ、考察好きの言葉はかしましいが、数が多いわけではない。多数は、考察などもせずに黙ってただ見ている人たちで、この人たちも満足させないといけない。

わかりやすい部分と、ずっとわからない部分を、きちんと見せないといけない。

なんとなくわかりやすいとか、なんとなくわからないではいけない。

きっちりわかりやすく、ちゃんとわからないものが出ていないといけない。

なかなかむずかしい。

すっきりともやもやのバランスがすばらしいドラマ

この『ブラックペアン シーズン2』は、そのバランスが素晴らしい。

毎回、見ていると医療ドラマとしておもしろくてすっきりする。

それでいて、謎がずっと謎のままでもやもやする。

そのバランスだ。

謎がしっかりしていて、最後まで見ればすっきりするんだろう、という期待に包まれている。最後までひっぱる。

これからのドラマのひとつの見本となるのだろう。

はてさて、どういう決着がつくのか、何も考察せずに見ていると、ただ、楽しみである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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