SLの汽笛が響く町 北海道標茶町で観光客をおもてなしする昭和の美女軍団
毎年この時期の恒例となっているJR北海道の釧網(せんもう)本線を走る「SL冬の湿原号」。
今年もたくさんの観光客で5両編成の客車がほぼ満席の状態で賑わっています。
筆者も毎年この時期に釧路湿原を走る釧網本線の列車の旅を楽しんでいますが、今年も先日出かけてまいりました。
釧路湿原は世界遺産に指定された自然豊富な素晴らしい景色が広がります。
釧路と網走を結ぶ目的で昭和5年に建設された釧網本線は、世界遺産などという考えができる前に建設された鉄道ですから、自動車やバスでは体験することができない、世界で唯一、世界遺産の湿原の中を走る貴重な車窓風景を楽しむことができる路線として、今では日本人よりも外国人観光客がその価値を理解しているのでしょう。
特に草木が枯れたこの季節は広大な釧路湿原がよく見渡せるとあって、筆者が訪れた2月1日~3日の間も外国人観光客が半数以上を占める盛況ぶりでした。
SLの折り返し駅となる標茶(しべちゃ)駅。
到着したSLのお客様方をお待ちしていたのは標茶町のご婦人方の有志が運営するグリーンツーリズム標茶の店舗。
地元のご婦人方の手作り商品を販売するお店です。
このお店で活躍するのは地元標茶のグリーンツーリズム標茶を運営する御婦人方ですが、以前はこの標茶駅にはSLが到着しても、このようなおもてなしはありませんでした。
ことの発端は今から3年ほど前、筆者がいすみ鉄道社長時代に、鉄道を使ってローカル線の沿線地域を元気にしたいというお話を、ここ標茶でさせていただいたことがありました。
その時、筆者に話しかけてきたのが上の写真で左から3番目の女性。地元のポロニ養鶏場の大木恵理さんです。
「社長さん、JR北海道は、私たちの地元の五十石(ごじっこく)駅を廃止にしようとしているんです。どう思いますか?」と大木さんから質問されました。
「大木さん、その駅を今利用している高校生が今度の3月で卒業するんじゃありませんか?」
筆者がそう答えると、大木さんは驚いた表情で、
「なぜ、ご存じなんですか? 利用しているのはうちの息子なんです。今高3で、今度卒業なんです。」とのことでした。
「JRという会社は、地域のことをしっかり見ているんですよ。息子さんが卒業したら、その駅を通学で利用する人はいなくなるんでしょう。それをきちんと把握して廃止するのだと思います。」
こんな会話が始まりでした。
筆者は付け加えます。
「私は以前から毎年のように釧網本線のSLに乗りに来ていますが、標茶での折り返し時間にどこへ行ったらよいかわからず、どこでご飯を食べたらよいかもわかりません。観光で来て、空腹のまま折り返し列車に乗ることほどつらいものはありませんよ。」
そう申し上げましたところ、大木さんは「わかりました。」ということで、まず手作りの町内散策マップを作り、標茶駅でSLのお客様にお食事処をご案内するマップの配布を始めました。
たったこれだけのことでも地理に不案内な観光客にはありがたいものです。
JRという会社は発足以来積極的に地域とコミュニケーションを取るというスタンスを取って来ておりませんでした。
地域と親しくすると要望ばかり拾い上げる結果になるという国鉄時代の反省がそうしてきたのかもしれませんが、発足以来30年を経過した今、全国の多くの地域で地域住民と疎遠になってしまったというのも事実です。
「最後の定期券利用者である自分の息子の卒業を待って、今後、あとに続く学生がいないのを見極めて駅を廃止にする。」という筆者の話を聞いた大木さんたち標茶のご婦人の皆様は、JRという会社は地域をしっかりと見てくれているということに気づいたのでしょう。だったらそのJRを何とか自分たちで活性化できないかと考えられて、SLで標茶駅に降り立ったお客様に自分たちでできることを始めようということで、まずはマップを作り、翌年には「グリーンツーリズム標茶」のお店を駅構内の空きスペースをJRから借りて始めたのです。
地域が積極的にJRとコミュニケーションを取り始めると、JR側も率先して協力するようになる。同じベクトルを持っていれば、良い方向に向かうという一つの典型例がこの標茶駅のように思えます。
最初にお会いした時に、筆者は地域の皆様方に「観光というのは産業ですから、お客様をおもてなしするということは、物を配るだけではなくて、きちんとした商品を提供することでお客様にお喜びいただき、地域にとっても皆様方にとってもプラスになる仕組みがなければ続きませんから。」とアドバイスさせていただきました。
それが、彼女たちの中でおそらく化学変化を起こしたのでしょう。わずか3年で、駅構内で多くの商品を販売する形が実現したのです。
標茶町は酪農の町で、牛乳出荷量が日本一になるところのようですが、地元で飲ませる牛乳や地元の牛乳を使った商品がないということで、御婦人方が地元の牛乳を使った乳製品をいろいろ作り始めていたこともあって、そういう乳製品をSLでやってくる観光客の皆様方にお召し上がりいただこうというのが、標茶駅にオープンした「グリーンツーリズム標茶」のお店なのです。
SLの運転時刻が釧路発11時5分、標茶到着は12時35分。折り返し列車の発車まで、標茶駅での停車時間は1時間25分です。
釧路の名物駅弁を汽車の中で食べてきた人でも、地元の乳製品を使ったスナックやケーキ類はちょっと食べるにはちょうど良いですね。
寒い時に頂く地元の牛乳を使ったクリームシチューも、冷えた体にはありがたく、思い出に残る一品です。
SL列車にはたくさんの外国人が乗っていますが、店内に陳列された商品に値札がついていますので、多言語化対応などされていなくてもわかりやすく、あとは昭和の女性陣のおもてなしで、皆さん笑顔で地元の味を楽しまれていました。
さて、小腹が空いた人はこちらのショップをお楽しみいただくとして、しっかりとお昼を食べたい向きには、駅前通りをまっすぐ歩いて釧路川の橋を渡った交差点の角(駅から徒歩7~8分)にある、コーヒーショップ「ぽけっと」さんがお勧めです。
実はこのお店を経営されている和田山麻美さんはSL好きで、店内には和田山さんが撮影された釧網線のSLの写真をはじめ、たくさんの写真が飾られています。和田山さんご自身がSL写真を撮られてきた方ですので、知られざる撮影ポイントなど、その道の「ツウ」のお話をお伺いすることもできます。
和田山さんとSLの会話をしながらこのスパゲティーをおいしくいただきましたが、「これはパスタではない。まさしくスパゲティーだ!」というのが筆者の思い出になりました。
このように大活躍をしている標茶町の昭和の美女軍団ですが、リーダーシップを発揮するのはこの方。
標茶町長の佐藤吉彦さんです。
「牛乳生産量日本一と言われる標茶町でありながら、地元で乳製品の特産品がなかったので、これからは原料出荷だけではなく、地元の原料にどれだけ付加価値をつけて都会のお客様にお届けすることがカギになります。」
ジャーナリスト出身の新進気鋭の町長さん率いる標茶町には、なんだかとても大きな可能性が眠っている。
いや、そろそろ眠りから覚める時期を迎えているようです。
まだまだよちよち歩きの状態で、多くの課題はありますが、彼女たちの笑顔を見ていると、これから面白くなりそうだなあという予感がした今回の取材旅でした。
これからのSL運行日。
2月11・12日、15~17日、21~24日。(SL列車は全車指定席)
グリーンツーリズム標茶のショップはSL運転日に開催されています。
▲SLの動画が見られます。(Facebookのログインが必要です。)
※写真はおことわりのあるも除き、すべて筆者撮影です。