YouTuberの相次ぐ摘発で話題の「私人逮捕」とは。何が許されてどこがダメなのか
正義を気取って権限もなく他人を逮捕して逆に警察に捕まる出来事が相次いで話題です。ただ結構誤解があるようで。
今回は「法が想定する私人逮捕」「最高裁が認める実力行使の範囲」「逮捕と差押え・捜査の混同」「営利目的は必ずしも公益性を否定しない」という諸点を指摘しつつ、本職の警察官ですらここまで慎重であるという事例をも合わせて紹介します。
現行犯逮捕は例外中の例外
いかなる形であれ逮捕=身柄を拘束される行為は憲法で原則として認められません。「身体の自由」です。私人逮捕の根拠としてしばしば持ち出される憲法33条
何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない
も、基本は「何人も」「逮捕されない」保障であって、例外的に「司法官憲」(≒裁判官)が発する逮捕令状があれば認められるのです。さらにその例外として現行犯逮捕が明記されます。つまり現行犯逮捕は例外中の例外なのです。
逮捕令状は刑事訴訟法(以下「刑訴」)で「検察官又は司法警察員」が請求できると定め「これを逮捕することができる」とします。
なぜ検察・警察などの公の機関のみが裁判所の認可の限りで逮捕できるかというと、国家秩序を守る目的で行使される権限ゆえ刑罰権を国家が独占するから。言い換えると私的に罰する権利は誰にもありません。私刑は禁止です。
私人逮捕が許される現行犯はそもそも「例外中の例外」で後述するように相応の理由と範囲も厳密に決められています。
常に逮捕罪を追及される危険をはらむ行為
現行犯とは「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者」(刑訴)。ザックリいえば衆人環視の下で人混みにて刃物を振りまわして大暴れしている(ないしは「いた」)り、自らが身体や所有物を侵害されている(同)など犯罪として明白な場合といったところ。誤認の疑いがほとんどなく、かつ緊急性を要するので常人でも一時的な身柄拘束を求めていいであろうと。
明白性は現行犯逮捕の時点での状況が客観的に「そうだ」と誰しも納得する必要があって「そうだ」と思い込んだ主に第三者が突っ走ったら適法性が問われる可能性が出てくるのです。たいていは自身が巻き込まれたか、現場にたまたま居合わせた者が「放っておいては大変だ」と取り押さえようとするといったケースが想定されます。
違法性とは刑法の逮捕罪。先述のように身体の自由を不法に侵したら犯罪です。「不法に」とは「逮捕権のない者が」ぐらいの意味。すなわち私人逮捕は常に逮捕罪を追及される危険をはらむも上記条件を満たしていれば正当化されるというに過ぎません。
警察官も慎重を期す理由たる「修羅場」がyoutuberの最も欲しがる「絵」
第1次捜査権を持つ警察ですら現行犯逮捕は当然の如く慎重を期すのが普通です。現認し、かつ盗撮のように被害者が知りようもない犯罪であってもソフトに語りかけて任意同行をまず求めます。一度現認しても主観的要素が払拭できないため行動確認を続け「間違いない」という決定的証拠を押さえられるメドがつく(「パチリとやった」など)に至って初めて「もしもし」と話しかけるようです。
警察官は現行犯逮捕が例外中の例外である訳を知っているので、やらずに済むなら避けます。任同後に話を聞いてアッサリ認めて深く反省したら罪の軽重によるとはいえメチャクチャ叱って処分保留で釈放したり、書類送検に止めたり、逮捕するにせよ令状を申請して通常逮捕に持ち込もうとします。
なぜか。現行犯逮捕を安易に行おうとすると、しばしば修羅場と化すから。それが私人逮捕系youtuberが最も欲しがる「絵」であるところに大いなる問題点がありそうです。
「社会通念上」の範囲は「社会通念上である」
修羅場とは逮捕しようとする時点から容易に想像される展開を指します。
逮捕とは身柄を押さえる行為で許されるのは証拠隠滅か逃亡のおそれがある時。隠滅は逃亡しないとできないから、それを制圧する行為とほぼ同義です。黙っていきなり羽交い締めにしたら逃亡のおそれの有無さえわからないのでアウト。
制圧の過程で相手へケガを負わせる危険は常に内包します。最高裁の判例は現行犯人からの抵抗に対して逮捕を試みる者は「社会通念上逮捕のために必要かつ相当であると認められる限度内の実力を行使することが許される」。ここは警官であろうと私人であろうと同じ。では「社会通念上」「必要かつ相当」な有形力の行使の範囲は? というと「それは社会通念上である」という一種の循環論法へ陥るわけです。
いわばケースバイケース。だから「ケース」の場数を踏んだ職業警察官は抑制的に行使しようとするに対して私人はそこがわからない。範囲を超えたら暴行罪や傷害罪を問われかねません。ただ警官は職務質問の形で話しかける権能を持ち、そこでヤバイと相手が突っかかっていたら公務執行妨害罪で対抗できるも私人にはできないのです。
私人には取調べ・差押えなどの捜査権はない
私人が逮捕しようとする者に対して証拠を押さえようとしたら「逮捕」でなく「捜査」に転じます。私人には「捜査」権がないので違法となりかねません。強引に取り上げようとしたら強盗罪すら適用されかねない事態です。
ちなみに警官は現行犯だと差押えする権限を刑訴法によって与えられています。
「やっただろう!」「白状しろ」と私人が迫るのも捜査権の1つである取調べに相当するので私人が強要してはダメ。検察官でも巡査部長以上しか許されないのです。
もっとも現行犯逮捕の場面ではこうした割り振りがゴチャゴチャになりかねません。だから被害者本人以外の第三者が行う場合は極めて慎重でなくてはいけないのです。例えば痴漢の被害者が相手の腕をつかんで「この人が痴漢をした」と叫んでいて振り切って逃げようとした時に回りが経路を阻止して協力するなどが想定されます。
「泥棒!」との叫び声を聞き、そこから犯人らしき者が自身に向かってきた時に私人逮捕してもいいのですが自分に危害が及ぶ恐れもあるため、110番通報したり写真を撮ったりするぐらいが無難です。取り押さえる義務はありません。
事実であっても名誉毀損罪は成立し得る
最近逮捕された私人逮捕系youtuberの被疑事実から考察してみましょう。
名誉毀損罪と逮捕罪に問われている40代男性は2つの行為がとがめられています。1つはアイドルグループのチケット転売(自治体の条例やチケット不正転売禁止法に抵触しかねない)の疑いを18歳の女性にかけて追い回し、「転売ヤー」などと字幕をつけたモザイクなしの女性の素顔をYouTubeで配信。女性は全くの無関係で名誉毀損罪を問われたのです。
名誉毀損罪は「公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者」に適用されます。ここでいう事実とは「事実の有無にかかわらず」で、事実であってもなくても構いません。今回のケースは誤りでしたが本当に転売目的であった(=事実)としても成立し得るのです。
「名誉」とは社会的評価。不特定多数に動画をアップしたから「公然と」「摘示し」たのは間違いない。ただ法はこの行為に公益性および真実ないしは真実相当性があれば免責するともしています。
営利目的は必ずしも公益性を否定しない
よく公益性に関して「YouTuberは営利目的だから該当しない」という言説を聞きますが、営利目的は必ずしも公益性を否定しないのです。仮にそうであれば株式会社の放送局や新聞社の報道もまた営利目的だから一切まかり成らんとなってしまうので。
40代男性のケースは事実無根だから真実性はなし。でも真実相当性はわずかに主張できそう。SNSで転売したがっている者へ客を装って待ち合わせ場所に誘導し、そこにいた女性を誤認したそうだから。
といっても核心部分の社会的評価の低下の被害を女性がこうむったのは間違いないでしょう。
もう1つの逮捕罪は、ある男性へ覚醒剤取締法違反(所持)の嫌疑をかけて押さえつけたり倒したりして拘束した疑い。「社会通念上」「必要かつ相当」な有形力の行使を超えていると判断されたと推測されます。
「おとり捜査」は論外
覚醒剤取締法違反(所持の教唆)で逮捕された30代男性に至っては私人逮捕云々のレベルですらない容疑です。
30代男性はネットに女性のふりをして「一緒に覚醒剤を使おうよ」と暗に性的なニュアンスを込めた書き込みをして待ち合わせ場所に来た男性を私人逮捕して警察へ通報、逮捕せしめました。
これは「おとり捜査」です。前述のように私人に捜査権はないため、この時点で違法。百歩譲って警察などの「おとり捜査」と同等とみなしても犯行機会をうかがっている人物に水を向ける程度の働きかけしか許しておらず(最高裁決定)、今回のような犯罪を誘発させるやり方はアウトです。