1兆円の「歴史遺産」Yahoo、AOLが半値で売り払われる
買収にかかったコストは総額で1兆円近く。ウェブメディアの「歴史遺産」米ヤフー、AOLを売り払う日が来た――。
米通信大手ベライゾン・コミュニケーションズと投資ファンドのアポロ・グローバル・マネージメントは3日、ベライゾン傘下のメディア部門、ベライゾン・メディアの買収契約で合意した、と発表した。買収金額は50億ドル(約5,450億円)。買収後の名称は「ヤフー」となる。
ベライゾンは6年前から本格的なメディア戦略に乗り出し、米ヤフー、AOLといったインターネットの「歴史遺産」とも言うべきウェブメディアを次々に買収。その総額は約90億ドル、日本円で1兆円近くにのぼった。
「コンテンツバブル」とも呼ばれたブームに賭けたベライゾンのメディア戦略は、結局、グーグル、フェイスブックによるデジタル広告市場の複占に切り込むことはできず、ハフポスト、タンブラーなどを売却済みだ。今回の売却で、その戦略は幕を閉じる。
グーグル、フェイスブックが支配するデジタル広告市場、ネットフリックス、アマゾンのサブスクリプション(定額)動画配信。これらのプレイヤーのはざまで、どうポジションを取るのか。
メディアビジネスの現在地が見えてくる動きだ。
●メディア戦略からの撤退
ベライゾン・メディア売却の動きは、この数日、ウォールストリト・ジャーナルやブルームバーグが相次いで報じていた。
ベライゾンとアポロの3日の発表によれば、ベライゾンは現金で45.5億ドルとベライゾン・メディア(新ヤフー)の優先株で7.5億ドルを受け取り、同社の株10%を保持する。CEOはベライゾン・メディアのグル・ゴウラパン氏が引き続き務める。
ベライゾン・メディアの売却は、携帯電話契約者数で米最大手のベライゾンによる、デジタル広告収入獲得を狙ったメディア戦略からの撤退を意味する。
ベライゾンはメディア戦略の中で、2020年までに年間売上高100億ドル達成を掲げていた。だが2020年のベライゾン・メディアの売上高は71億ドル。目標には届かなかった。
ただ、新型コロナ禍でのデジタル需要は追い風となっており、ベライゾン・メディアの2021年の第1四半期の売上高は19億ドルで前年同期比10.4%増。2020年の第4四半期も23億ドル(11.4%増)と2期連続の10%台の伸びを示している。
ベライゾンとしては、“売り時”と判断したようだ。
ベライゾン・メディアが擁するのはヤフー、テッククランチ、エンガジェット、AOLなど。
ヤフーは1994年設立のネット検索の草分け。AOLは前身の設立が1983年にさかのぼる、パソコン通信時代からの老舗。2000年のタイム・ワーナーとの「世紀の合併」は、メディア界におけるインターネット時代の到来を印象づけた。
●「コンテンツバブル」の中で
ベライゾンが本格的なメディア戦略に乗り出したのは、2015年のAOL買収だ。買収額は44億ドル。
「コンテンツ」と「スケール」が合言葉となり、大手の通信会社やメディア企業が入り乱れ、新興のウェブメディア買収劇が繰り返された時期だ。
※参照:米メディアの相次ぐ買収劇は「コンテンツバブル」終焉の始まりか(05/30/2015 新聞紙学的)
AOLは「世紀の合併」の失敗を経て、2009年にタイム・ワーナーとは分離しており、ネット接続事業のほかに、ハフィントン・ポスト(現ハフポスト)、テッククランチ、エンガジェットなどのネットメディア、さらにネット広告事業を抱えていた。
当時のベライゾンの会長兼CEOのローウェル・マカダム氏は、この買収について、「デジタルコンテンツと広告への市場の移行に参入する」と述べている。
また、買収後もAOLの会長兼CEOとして続投したティム・アームストロング氏も、「モバイルと動画による次世代メディアをつくる」と宣言した。
さらにベライゾンは、翌2016年にはヤフーの買収を発表。2017年の44億8,000万ドルでの買収完了に合わせて、「オース」という社名のもとに、50にのぼるメディアブランドを運営する。
アームストロング氏はこの時、「2020年までに年間売上高を100億~200億ドルに」という目標を公言している。
●グーグルとフェイスブックの壁
だがメディア事業は低迷を続けた。「コンテンツとスケール」の戦略は、グーグルとフェイスブックによる、デジタル広告市場の複占の壁に突き当たり、ネットメディアの苦境が露呈する。
イーマーケターのデータによると、2020年の世界のデジタル広告市場は、3,781.6億ドル(約41兆2,500億円)。同年のグーグルのサービスの広告を中心とした収入は1,686億ドル。フェイスブックの広告収入は842億ドル。
つまり、グーグルとフェイスブックが6割近くを占める複占状態だ。ここにポジションを取れるかどうかが戦略の要になる。
※参照:「スケールか死か」米メディアで起こる地殻変動(11/18/2017 新聞紙学的)
そして、2018年に潮目が大きく変わる。
メディア戦略を主導したベライゾンCEO、マカダム氏の2018年7月いっぱいでの退任が発表される。後任となったのが、同社の上級副社長で、元エリクソンCEOのハンス・ベストバーグ氏だ。
ベストバーグ氏は、5G推進へと大きく舵を切る。そして、メディア戦略を公約を掲げた「オース」のアームストロング氏も同年9月で退任。翌月、COOでアリババやヤフーでのキャリアもあるグル・ゴウラパン氏が新たに就任する。
そして同年12月には、「オース」について46億ドルにのぼる評価損を計上している。ベライゾンがAOLとヤフーの買収に投じた約90億ドルの半分が、評価損として消えたわけだ。
証券取引委員会(SEC)への報告で、ベライゾンは「オース」の事業をこう総括している。
グーグル、フェイスブックの複占に対して、ポジションは取れなかった、という結論だ。
これと合わせてメディア事業名の「オース」も、わずか1年半で、ベライゾン・メディアへと変更された。
さらに翌2019年1月早々に、社員の7%にあたる750人のリストラが始まる。
※参照:米メディア、1日で1000人のリストラ明らかに(01/25/2019 新聞紙学的)
その果てに、傘下のブランド売却が進む。まず2019年8月、マイクロブログサービスの「タンブラー」を、ブログサービス「ワードプレス」を運営するオートマティックに売却。
さらに2020年11月、バズフィードによるベライゾン・メディア傘下のハフポストの株式交換による買収が明らかになる。
※参照:編集長たちは次々と去り、残ったメディアは合併する(11/22/2020 新聞紙学的)
そして、メディア戦略からの撤退戦の仕上げが、今回のベライゾン・メディアの売却となる。
●メディアの現在地
ベライゾン・メディアの売却先とされるアポロ・グローバル・マネージメントの名前は、2019年のゲートハウス・メディアによるガネット買収の際にも登場している。
※参照:デジタル移行への布石か、焼き畑ビジネスか|ガネット買収で誕生する巨大新聞チェーン(08/07/2019 新聞紙学的)
この大型買収により、合わせて発行部数870万部という全米最大の新新聞チェーン「ガネット」が誕生した。この時の買収額は13億8,000万ドル。
この買収に際して、ゲートハウスのゲートハウスの親会社、投資ファンドのニュー・メディア・インベストメント・グループ(NEWM)に18億ドルの融資をしたのが、アポロだ。
ニューヨーク・タイムズなどによると、アポロは、今回のベライゾン・メディアの買収によって、ヤフー・スポーツでのスポーツベッティング(賭け)や、ヤフー・ファイナンスのプレミアムサービスなどでの収益増を見込むという。
一方のベライゾンは、5Gインフラへのオークションなどで、すでに530億ドルを投入。さらに今後3年間で100億ドルの設備投資を計画している。
ベライゾン・メディアで手にする45.5億ドルの現金も、この5G投資の負債に当てるものと見られている。
コンテンツ戦略については、2019年11月に、ディズニーとの間で「ディズニー+」のユーザーへの1年間の無料提供に合意するなど、調達路線を取る。
一方で、メディア戦略を続ける大手通信会社もある。AT&Tは2016年にタイム・ワーナーを854億ドル、債務負担を含め1,087億ドルで買収している。
そして、タイム・ワーナー傘下のケーブルチャンネルの「HBO」に加え、2020年5月からは定額動画配信「HBOマックス」をスタート。合わせて、2025年までに1.2億~1.5億ユーザー獲得を掲げる。
ネットフリックス、アマゾンがひしめく定額動画配信の一画をうかがう構えだ。
メディア環境の変化と現在地の中で、その戦略をどう見定めるのか。
今回のベライゾンのケースは、キャリアとメディアのビジネスの相性の悪さを示した、巨大な失敗例と言える。
さらに、デジタル広告市場で、グーグル、フェイスブックの間に割って入るのは、資金力のあるキャリアでも、相当にハードルが高いということもわかる。
一方で、このところ、メディア買収に名乗りを上げるのは投資ファンドが目立つ。だがこれまでの事例は、いずれも激しいリストラで利益を絞り出すという、メディアにとっては辛い状況となっている。
ベライゾンの戦略の変遷は、そんなメディア状況を考える手がかりにもなりそうだ。
(※2021年5月4日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)