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マスク氏「検閲コミッショナー」、豪首相「傲慢な億万長者」、刺傷動画削除を巡る応酬の先にある懸念とは?

平和博桜美林大学教授 ジャーナリスト
動画の削除命令を巡って波紋が広がる(写真:ロイター/アフロ)

オーストラリアで起きた刺傷事件動画の削除命令を巡って、波紋が広がっている。

削除命令を受けたXオーナーのイーロン・マスク氏が「検閲コミッショナー」と非難すると、オーストラリア首相、アンソニー・アルバニージー氏は「傲慢な億万長者」と返す応酬が続く。

問題となっているのは、シドニー郊外の教会で発生した刺傷事件の一部始終を映した動画の投稿だ。

だが、問題は非難の応酬にとどまらない様相だ。

オーストラリア政府は国内法に基づき削除を命じているが、Xはそのコンテンツ規制がグローバルに影響を与えると主張する。

非難の応酬の先にある課題とは?

●非難の応酬

私たちは、この傲慢な億万長者(Xオーナー、イーロン・マスク氏)を取り締まるために必要なことをする。自分が法律より上であると同時に、良識より上であると考えている人物だ。eセーフティ・コミッショナーが行っているのは、オーストラリア国民の利益を守るための仕事だ。そして、誰かがプラットフォームに暴力的なコンテンツを掲載する権利のために裁判を起こすという考えは、マスク氏がいかに常識外れであるかを示している。ソーシャルメディアには社会的責任が必要だ。マスク氏はそれを全く示していない。

オーストラリア首相、アンソニー・アルバニージー氏は4月23日、豪ABC(オーストラリア放送協会)に対し、そんなコメントをした。

イーロン・マスク氏も引く素振りはない。日本時間の4月23日、Xにこう投稿している。

私たちが懸念しているのは、オーストラリアのeセーフティ・コミッショナーが要求しているように、どの国でも、すべての国のコンテンツを検閲することが許されるのなら、どこかの国がインターネット全体をコントロールしようとすることを止める手立てがあるのか、ということだ。私たちは異議申し立ての手続きと合わせて、すでにオーストラリアで問題となっているコンテンツを検閲しており、コンテンツは米国内のサーバーにのみ保存されている。

マスク氏は、これに先立って、今回の削除命令を巡って「検閲コミッショナー」という表現も使っている。

騒動の発端は、4月15日夜にシドニー郊外の教会で起きた、16歳の少年による司祭らの刺傷事件だ。教会は礼拝をネット中継しており、事件の一部始終の動画が、Xなどに拡散した。

●動画拡散への対応

オーストラリアでは、2021年に制定した「オンライン安全法」によって、ネット上のいじめや暴力などの違法・有害情報を規制しており、eセーフティ・コミッショナーが同法の執行を担当している。

刺傷動画の拡散を受けて、eセーフティ・コミッショナーはプラットフォーム各社に動画削除を要請。グーグル、マイクロソフト、スナップ、ティックトックは削除に応じたという。

コミッショナーは事件翌日の4月16日、さらにXとメタに対して、「オンライン安全法」に基づき、24時間以内に動画を削除するよう正式な削除通知を送付。応じない場合には罰金が科される可能性があるとした

メタは応じたものの、Xは同社の利用規約に違反していないとしてコンテンツ削除を拒否。オーストラリアの連邦地裁に削除命令に対する異議申し立てをした。

だがマスク氏は「私たちは異議申し立ての手続きと合わせて、すでにオーストラリアで問題となっているコンテンツを検閲」した、と述べている。

eセーフティ・コミッショナーによれば、Xは削除ではなく、オーストラリア国内からのアクセスのみを制限する「ジオブロッキング」で対応しているという。

だが、VPNを使うことで所在地を偽装したユーザーなら、オーストラリア国内からでも閲覧可能だとして、eセーフティ・コミッショナーは4月22日、連邦裁判所に改めてXに対する動画の仮差し止め命令を求め、裁判所は4月24日までの削除を命じた

動画の削除命令を巡る法廷の攻防は、なお続くと見られている。

●コンテンツ削除の境界

X(旧ツイッター)はマスク氏が2022年10月に買収して以降、大規模なリストラに伴い、有害コンテンツ管理を大幅に後退させている。

※参照:「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?(08/28/2023 新聞紙学的

その中で、世界50カ国超で国政選挙が行われる2024年の「選挙の年」に、フェイクニュース(偽誤情報)の氾濫への懸念と、プラットフォームによるコンテンツ管理への要求は強まっている。

だが一方では、「フェイクニュース対策」を名目に、政権に批判的な言論や報道を弾圧する動きも、世界では広がる。

※最長で禁固20年「フェイクニュース法」がニュースを脅かす、その本当の理由とは?(04/12/2024 新聞紙学的

オーストラリアの「オンライン安全法」は、暴力コンテンツなどの対策のための法制で、偽誤情報対策を主目的としたものではない。

ただ、グローバルに展開するプラットフォームのコンテンツ管理が、一国の法制によってコントロールされ、その影響がグローバルに及ぶ、ことには、懸念も多い。

「表現の自由」への懸念を受け、eセーフティ・コミッショナーは23日付で改めて声明を発表し、今回の命令が「刺傷事件の動画のみに関するもの」で事件に関するコメントや議論には影響しないと述べている

動画削除を巡る議論の行方は、オーストラリア国内にとどまらない影響もありそうだ。

(※2024年4月24日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)

桜美林大学教授 ジャーナリスト

桜美林大学リベラルアーツ学群教授、ジャーナリスト。早稲田大卒業後、朝日新聞。シリコンバレー駐在、デジタルウオッチャー。2019年4月から現職。2022年から日本ファクトチェックセンター運営委員。2023年5月からJST-RISTEXプログラムアドバイザー。最新刊『チャットGPTvs.人類』(6/20、文春新書)、既刊『悪のAI論 あなたはここまで支配されている』(朝日新書、以下同)『信じてはいけない 民主主義を壊すフェイクニュースの正体』『朝日新聞記者のネット情報活用術』、訳書『あなたがメディア! ソーシャル新時代の情報術』『ブログ 世界を変える個人メディア』(ダン・ギルモア著、朝日新聞出版)

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