マスク氏「検閲コミッショナー」、豪首相「傲慢な億万長者」、刺傷動画削除を巡る応酬の先にある懸念とは?
オーストラリアで起きた刺傷事件動画の削除命令を巡って、波紋が広がっている。
削除命令を受けたXオーナーのイーロン・マスク氏が「検閲コミッショナー」と非難すると、オーストラリア首相、アンソニー・アルバニージー氏は「傲慢な億万長者」と返す応酬が続く。
問題となっているのは、シドニー郊外の教会で発生した刺傷事件の一部始終を映した動画の投稿だ。
だが、問題は非難の応酬にとどまらない様相だ。
オーストラリア政府は国内法に基づき削除を命じているが、Xはそのコンテンツ規制がグローバルに影響を与えると主張する。
非難の応酬の先にある課題とは?
●非難の応酬
オーストラリア首相、アンソニー・アルバニージー氏は4月23日、豪ABC(オーストラリア放送協会)に対し、そんなコメントをした。
イーロン・マスク氏も引く素振りはない。日本時間の4月23日、Xにこう投稿している。
マスク氏は、これに先立って、今回の削除命令を巡って「検閲コミッショナー」という表現も使っている。
騒動の発端は、4月15日夜にシドニー郊外の教会で起きた、16歳の少年による司祭らの刺傷事件だ。教会は礼拝をネット中継しており、事件の一部始終の動画が、Xなどに拡散した。
●動画拡散への対応
オーストラリアでは、2021年に制定した「オンライン安全法」によって、ネット上のいじめや暴力などの違法・有害情報を規制しており、eセーフティ・コミッショナーが同法の執行を担当している。
刺傷動画の拡散を受けて、eセーフティ・コミッショナーはプラットフォーム各社に動画削除を要請。グーグル、マイクロソフト、スナップ、ティックトックは削除に応じたという。
コミッショナーは事件翌日の4月16日、さらにXとメタに対して、「オンライン安全法」に基づき、24時間以内に動画を削除するよう正式な削除通知を送付。応じない場合には罰金が科される可能性があるとした。
メタは応じたものの、Xは同社の利用規約に違反していないとしてコンテンツ削除を拒否。オーストラリアの連邦地裁に削除命令に対する異議申し立てをした。
だがマスク氏は「私たちは異議申し立ての手続きと合わせて、すでにオーストラリアで問題となっているコンテンツを検閲」した、と述べている。
eセーフティ・コミッショナーによれば、Xは削除ではなく、オーストラリア国内からのアクセスのみを制限する「ジオブロッキング」で対応しているという。
だが、VPNを使うことで所在地を偽装したユーザーなら、オーストラリア国内からでも閲覧可能だとして、eセーフティ・コミッショナーは4月22日、連邦裁判所に改めてXに対する動画の仮差し止め命令を求め、裁判所は4月24日までの削除を命じた。
動画の削除命令を巡る法廷の攻防は、なお続くと見られている。
●コンテンツ削除の境界
X(旧ツイッター)はマスク氏が2022年10月に買収して以降、大規模なリストラに伴い、有害コンテンツ管理を大幅に後退させている。
※参照:「マスク流」フェイクニュース対策の後退がMeta、YouTubeに広がるわけとは?(08/28/2023 新聞紙学的)
その中で、世界50カ国超で国政選挙が行われる2024年の「選挙の年」に、フェイクニュース(偽誤情報)の氾濫への懸念と、プラットフォームによるコンテンツ管理への要求は強まっている。
だが一方では、「フェイクニュース対策」を名目に、政権に批判的な言論や報道を弾圧する動きも、世界では広がる。
※最長で禁固20年「フェイクニュース法」がニュースを脅かす、その本当の理由とは?(04/12/2024 新聞紙学的)
オーストラリアの「オンライン安全法」は、暴力コンテンツなどの対策のための法制で、偽誤情報対策を主目的としたものではない。
ただ、グローバルに展開するプラットフォームのコンテンツ管理が、一国の法制によってコントロールされ、その影響がグローバルに及ぶ、ことには、懸念も多い。
「表現の自由」への懸念を受け、eセーフティ・コミッショナーは23日付で改めて声明を発表し、今回の命令が「刺傷事件の動画のみに関するもの」で事件に関するコメントや議論には影響しないと述べている。
動画削除を巡る議論の行方は、オーストラリア国内にとどまらない影響もありそうだ。
(※2024年4月24日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)