ショーンK氏経歴詐称騒動を考える──テレビ局、ネット炎上、「有名性」と「キャラ化」、『クヒオ大佐』
『週刊文春』のスクープ
ショーンKさんが大炎上している。『週刊文春』の経歴詐称記事を発端に、すでに広く報道されているとおりだ。
昨年12月1日、私も登壇した「『Yahoo!ニュース 個人』オーサーカンファレンス2015」の司会をされたのがショーンKさんだった。打ち合わせでも多くを話すことはなかったが、その司会は非常に手慣れたもので、とくに問題があるようには思わなかった。
今回の学齢・経歴詐称疑惑は、『週刊文春』でショーンさん本人も認めているように、瑕疵があるのは間違いない情勢だ。ただ、私が気になるのは、フジテレビやテレビ朝日など、ショーンさんを起用していたテレビ局が今後どのような対応をするかということだ。芸能人の年齢や経歴詐称は過去にもあったが、今回のケースは『報道ステーション』やフジテレビの新しい報道番組にショーンさんが関わっていることもあり、十分な検証が必要になってくる。「たとえば私が学んだアメリカの大学では……」と言ったコメントを番組でしていれば、それらはすべて嘘ということになるからだ。テレビ局は、報道で嘘を垂れ流していたこととなる。
しかし、現在の段階ではショーンさんが自主的に降板することで、すべての処理が終わりそうだ。いまのところ、テレビ局が自ら積極的に検証しようとする雰囲気はない。
果たしてそれでいいのだろうか。
テレビ局に求められる検証
今回の最大の問題は、テレビ局が検証もせずに幕引きをすることの危うさだ。このやり方が一般化すれば、「炎上したら検証もせずに終わらせる」という展開がさらに波及することになりかねない。
テレビ局にとっての「検証」とその結果とは、単にショーンさんと面談して降板を確認することだけではない。検証後の可能性として、「経歴詐称は認めたが、謝罪したし、能力も高いのでこれからも起用する」という選択肢もありうるのだ(もちろんそんなことをすれば非難轟々だろうが)。ただ、検証したうえでの結果はなんであれ、手続き(検証)抜きに決定してしまうことの危うさを強く感じる。この手続きの不徹底は、そのルールが濫用される可能性があるので、極めてリスキーだ。
思い出すのは、小保方晴子さんのSTAP騒動と、佐野研二郎さんのオリンピック・エンブレム問題だ。前者は科学的な検証が十分おこなわれたが、エンブレムは佐野さんの取り下げで幕引きとなった。昨年末のラジオ番組『文化系トークラジオ Life』(TBSラジオ)でいっしょになったジャーナリストの津田大介さんも強く指摘していたが、小保方さんに対しては検証があったが、佐野さんのエンブレムに対して細かな検証はなく、ネット世論に押し流されるように佐野さんがギブアップして終わった。
今回も、テレビ局は『週刊文春』の報道を受けて、ショーンさんの降板ですべてが終わりそうだ。おそらくそれが、テレビ局がもっとも傷つかない幕引きの方法でもある。しかし、それはフェアじゃない。ちゃんと各自が(たとえ結果が明白であろうとも)検証する必要がある。それこそ報道番組なのだから、入念にやらなければならない。
ネットの炎上祭り
ここからこの一件にかんして思う、ふたつの現象について触れておく。
まず、やはりこの「炎上劇」についてだ。いまネットで炎上劇が起こると、(案件にもよるが)本気で怒っているひとが大多数だとは限らない。その多くは、他人の不幸を楽しむタイプのひとたちだ。
これはSMAP騒動のときも同様だった。『SMAP×SMAP』での記者会見を受けて、翌朝の『めざましテレビ』では視聴者のコメントをTwitterで募集した。確認できるだけで8000ほどのコメントには、ジャニーズ事務所に対して強い怒りを表明しているものも多かったが、その次に多かったのは単に「炎上祭り」に乗じてフジテレビを冷笑するようなものである。それらのひとたちにとって、SMAPもジャニーズ事務所もフジテレビも、嗤うためのネタでしかない。こういうタイプのコメントが、かなりの割合を占めている。
それは、今回のショーンさんの騒動をはじめ、ネットで生じるさまざまな炎上においても同様だ。本気で怒っているひとはごく一部。他のひとにとって、そこは新しい「祭りの現場」でしかない。
この状況はいまに始まったことではないが、そんなネットの炎上祭りにどれほどテレビ局などマスコミが追従すべきかどうかは、何度立ち止まってもあらためて考える必要があるだろう。こんなことを繰り返してずい分前から生じているのは、日本社会が完全な減点法社会になっているということだ。さらに言えば、「一発レッド社会」になりつつある。
ショーンさんの詐称などは検証しなければならないが、検証せずにネット世論の炎上祭りに単に追従すると、すべてのひとのリスクを高めるだけだ。
「有名性」と「キャラ化」
もうひとつ、ショーンさんに対して思うことがある。今回のショーンさんの疑惑は、『週刊文春』の記事を読む限りやはりかなり厳しい。学位やキャリアなどに明確な詐称があり、会社も海外のレンタルオフィスにペーパーカンパニーを置くなど、そのやり方は非常に周到だ。この“盛り方”は詐欺師の手口に近い。
私が気になるのは、ここ数年こういうホラ吹きが妙に目立っていることだ。それは多くの人も感じていることだろう。具体的には、佐村河内守さんと、小保方晴子さんに続き、3年で3人目だ。
前述したように、彼らを登用したマスコミ側にも責任はあり、それゆえに検証は必要だが、一方でマスコミは騙された側でもある。そのことは前提として、なぜこうまでホラ吹きが毎年現れるのか、ちょっと立ち止まって考える必要があるだろう。
そのヒントはおそらく「有名性」と「キャラ化」というタームにまとめられるだろう。従来からある「有名性」に、「キャラ化」というここ20年ほどに一般化した概念が方法論として付随している。芸能の世界ではかなり昔から行なわれていたことだが、小保方さんやショーンさんのように、芸能人でもないのにキャラ化に熱心な方が散見される。それは、一般のひとでも同様だ。誰もが衆人のまなざしを意識している。
社会学的には、人間はどんな場面でも演技する存在だが、それが「キャラ」というより単純化されたアイコンによって処理されるケースが目立つ。ショーンさんの名前やルックス、そして経歴は、まさに「ショーンK」というキャラ化の結果である。
もちろん、そこでなんらかの詐称をしていれば、上記の3人のようなリスクは常につきまとう。だから、実際にテレビでやるかどうかはまた別の水準がある。つまり、身内だけでキャラ化するようなことは誰でもやっているが、それでテレビをはじめとするメディアに出て目立つことは、ガソリンをかぶって花火をするようなものだ。
最近は、ネットでもタレント気取りで活動するひとが目立つが、それは極めてリスキーだ。私は長らく芸能の仕事をしてきたからわかるが、芸能界にいる多くの人は「有名性」を獲得することに覚悟がある。だが、無自覚なままやることは、本当に危険だ。素人の芸能人ごっこは、飲み屋とカラオケだけにしたほうがいい。
ヒントとなる『クヒオ大佐』
それにしても、なぜショーンさんたちは、ホラ吹きになってしまったのか? こればかりは、正直よくわからない。
ただ、ひとつヒントになる映画がある。それが2009年に公開された日本映画『クヒオ大佐』だ。後に『桐島、部活やめるってよ』や『紙の月』でブレイクする吉田大八監督の2作目となるこの映画は、当時それほど目立つことはなかった。しかし、佐村河内さんや小保方さんの登場、そしてショーンさんの今回の一件で極めてリアリティを持つ映画に見えるようになった。
この作品は、カメハメハ大王の末裔のアメリカ人パイロット「ジョナサン・エリザベス・クヒオ大佐」と名乗る結婚詐欺師の日本人を描いた内容だ。なお実在の人物がモデルである。主演のクヒオ大佐役を堺雅人、彼が騙す相手を松雪泰子や満島ひかりが演じている。いまとなればとても豪華な配役だ。
この映画では、クヒオ大佐がなぜ詐欺を働いているか、その動機は結局よくわからない。ただ、どうやら強いコンプレックスと自己暗示にあることは伝わってくる。嘘に嘘を重ねて破綻しそうになり、本人も精神的にかなり追い詰められているが、それを妄想で処理しようとするシーンもある。アメリカ人の血を引いているショーンさんの疑惑も、クヒオ大佐の存在を連想させる。
この映画を観ると、詐欺師やホラ吹きは自覚的に嘘をついているわけでもないことも感じ取れる。もしかしたら精神医学での診療対象などかもしれない。そういうリアリティが、いまだからこそ強く感じられる作品である。逆に言えば、ちょっと早すぎた映画だったのかもしれない。
最後に、ネット炎上のネタとして今回の一件が扱われることは状況的に避けられないとは思うが、マスコミや自らの仕事に自覚的な媒体は、この一見を面白おかしく扱うだけでなく、検証も含めてもうちょっと真剣に向き合うことがやはり必要であろう。3件も続くのは、ちょっとおかしいからだ。
なお、冒頭にも示した12月1日のイベントで、私は司会のショーンさんに以下のように質問された。
「『記号』? 記号論のこと?」などと思いながらそこはスルーしたが、今回の一件においてその質問に応えるなら、ここまで書いてきたことがその回答となるだろう。
「ショーンK」という詐称にまみれた「記号=キャラ」は、マスメディアやネット空間ではこういうリスクがあるということだ。これはショーンさんへの皮肉でもなんでもなく、今回あらためて考えてそう思う。
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