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「逆張り炎上屋」が跋扈するネットで『Yahoo!ニュース』が示す姿勢

松谷創一郎ジャーナリスト
2015年12月1日に都内で開催されたオーサーカンファレンスの模様

ふたつの「炎上」

昨年末の12月1日、『Yahoo!ニュース個人』オーサーカンファレンス2015」が開催されました。これは、この記事が掲載されている『Yahoo!ニュース個人』のオーサー(書き手)たちが集まるカンファレンスです。

一昨年に続いて2度目になるこのイベントの模様は、いくつかのニュース記事やYahoo!ニュース編集部の記事で報告されています。

記事を見ていただければわかるように、私も、内田良さん、江川紹子さん、山本一郎さん、そして『Yahoo!ニュース 個人』責任者の岡田聡さんとともに登壇してお話をさせていただきました。学問の世界の内田さん、新聞社出身でジャーナリストの江川さん、ネットを中心にご活躍されてきた山本さん、そして商業誌(雑誌)出身の私と、それぞれ出自が異なる4人が並ぶこの座組は、自分自身も非常に興味深く思いました。『Yahoo!ニュース個人』の新規性は、こうしたさまざまなオーサー(書き手)が日々執筆し、そしてそれが十分なギャランティの発生する仕事として成立していることです。

私自身も利率が上がった昨年から、仕事として向き合って取り組みました。そこで目標としたのは、週に1本ペース、年間52本の執筆です。最終的に49本で終わったので、ちょっと目標には届きませんでしたが、月に平均4本は書くことができました。また、月間MVAを2回(1月「日本アカデミー賞の存在理由」、6月「酒鬼薔薇聖斗」の“人間宣言”」)、Yahoo!ニューストピックス(トップページ)掲載が11回と、質的にも量的にも十分な結果が残せたと思っています。

さて、登壇して議論するなかで話題となったのは、複数のニュースでも取り上げられた「炎上」についてでした。おもに山本一郎さんと私を中心に以下のような話に拡がりました。

松谷 私なりに解釈すると、ヘイトコメントの問題はヤフーにとっては大きな問題。また、差別をするようなコメントを何気なく書いてしまうユーザーもいるが、ブロガーの中でも強い言葉を持って、逆張り炎上屋になってしまう人がいる。AといえばBということを繰り返して、炎上してもへっちゃら、という顔をする。そういう人たちが目立ってきたのがネット。

山本 炎上というのは強い言葉でみんなの耳目を引くことが大事で、それを続けるからこそ意味がある、という部分がベースにある。ただそれをやりすぎていると「あいついつも炎上狙いだよね」となっていく。でもその中で「あいつの言ってることは一部正論だよね」という部分をいかに引き出していくか。本当なら流れていってしまうことが、何日か炎上を続けることで議論が進むケースがあるんですよね。

出典:ネット空間での課題解決って、本当に必要?~ネット論壇著名人らが語る炎上・言論・メディア【上】 - 『Yahoo!ニュース スタッフブログ』

この話におけるポイントは、いわゆる「炎上」にも種類があるということです。大きくそれはふたつに分けられるでしょう。

ひとつは、「不可避の炎上」。もうひとつは、「炎上のための炎上」です。まずこの「炎上」について、あらためて整理します。

「不可避の炎上」とは

まず「不可避の炎上」についてですが、山本さんは炎上を怖れていてはなにも言えなくなる、といった話をしています。それはそのとおりです。私も昨年と一昨年、高校野球を「残酷ショー」と名指し、かなり厳しく批判しました(「高校野球を「残酷ショー」から解放するために」「『残酷ショー』としての高校野球」)。

それらはたしかに大きく話題となり、ラジオや新聞でも「残酷ショー」という言葉が取り上げられました。また、記事のFacebookコメントでも苛烈な反論が寄せられています。たしかに元高校球児にとっては、自分の歩んできた道を否定する気分になるのかもしれません。その一方で、この意見に賛同するひとも少なくありません。高校野球の日程がずいぶん昔から問題視されてきたのは周知のとおり。つまり従来から否定と肯定に議論は割れており、私は否定的な立場だということです。

それらの記事を書くとき、ある程度叩かれることは覚悟していました。もともと賛否が割れている問題について、どちらかに立てば必ず逆側から批判されます。それは不可避です。

それよりもここでのポイントは、私が「残酷ショー」という強い言葉を使ったことでしょうか。この元ネタはビートたけしさんなのですが、もう少し穏当な表現ももちろん可能でした。しかし、私はあえて「残酷ショー」という言葉を使いました。実際にそう捉えているという理由もありますが(だからリアリティショーの話を持ち出したのです)、ひとりでも多くのひとにこの問題を伝えるためでもありました。山本一郎さんが話しているのは、このようにして議論を活性化させていくことの必要性です。

そうした方法論を採ったのは、高校野球が問題視されながらも、いまいちマスコミで盛り上がらないことへの苛立ちをずっと抱えていたからです。記事にも書きましたが、その要因は朝日新聞・毎日新聞・NHKの大手メディアががっちり組んでいることにあります。そうしたメディア状況のなかで、『Yahoo!ニュース個人』で「残酷ショー」という言葉を使うことにより、ネット発のアジェンダ・セッティング(問題設定)として機能したのです。

「炎上のための炎上」とは

対して「炎上のための炎上」とは、ただ炎上を狙って極論をぶちかますタイプのものを指します。「不可避の炎上」と異なるのは、その目的です。そこに明確な思想からなる自らの主張を伝えようとする意図はそもそも弱く、炎上すること自体が目的となっています。よって、いくら炎上しても本人はへっちゃらです。私が「逆張り炎上屋」と呼ぶのはそのためです。具体的な名前は挙げませんが、ネットはこの「逆張り炎上屋」の巣窟になっています。

「逆張り炎上屋」の目的は、知名度を上げることにあります。そこで売られているのは、記事に表れる自らの能力などではなく、書き手のキャラクターです。よって逆張りの極論をとにかく大した論拠なくぶちかまして、耳目を集めようとします。なかには自らの専門ではないところに首を突っ込み、片っ端から喧嘩を売りまくるタイプもいます。そこでは、炎上は売名行為の手段であり、目的はプチ有名人(文化人)になって仕事を得ることにあります。だからこそ、彼らはふだんの外見に工夫を加えたり、自らにニックネームをつけたりしがちなのです。

逆張りの極論は、一瞬はたしかに目立ちます。ネット記事はツッコミどころが多いほうが、ヒットする傾向にあるからです。コメント欄やTwitterやFacebook、はてなブックマークなどで参加できるのがネットの特徴です。そこで「賛成」と述べるより、ツッコミを入れて「反対」と言うほうがずっと簡単なのです(※)。逆張り炎上屋はこうした状況を把握し、派手な釣り針を繰り返し垂らすのです。

しかし彼らに生じる問題は、それはいつか飽きられるということです。イソップ童話に「オオカミ少年」という話があります。羊飼いの少年が、退屈しのぎに「オオカミが来たぞ!」と周囲に繰り返しウソをついて大騒ぎを引き起こすという話です。この物語は、本当にオオカミが来ても誰も少年の話を信じず、羊が全部オオカミに食べられてしまったというオチです。私が逆張り炎上屋を見て連想するのは、この童話です。

『Yahoo!ニュース個人』は、こうした「逆張り炎上屋」が跋扈しないための施策を昨年から設けています。それが月間MVA制度です。これはPV数に関係なく、編集部が毎月選ぶ優秀な記事5本に、各10万円ギャランティが発生するというものです。これはPVを稼ぐだけの逆張り炎上を防止し、質を評価していくという指標です。

これは、「逆張り炎上屋」に対してだけでなく、ここ数年目立っている悪質なバイラルメディアを駆逐するうえにおいても、画期的な指標です。つまり、良貨で悪貨を駆逐しようとしているのです。日本のネットのトップを走るYahoo!ニュースがこれを採用したことは、広告主に対しても非常に強いインパクトになったはずです。

最大の課題は「編集」

月間MVAは、『Yahoo!ニュース個人』の姿勢をはっきり明示するために非常に意味があったことでもありますが、他方でべつの壁があります。それは編集者が関与しないことです。

『Yahoo!ニュース個人』は、オーサー個々人が好きなときに好きなことを発信できます。そこには編集者は介在しません。しかし正直に言えば、多くのオーサーの記事を見て感じるのはやはり編集者の必要性です。残念ながら、非常に発信性が乏しい記事が散見されるからです。もちろん、カンファレンスに登壇した内田良さんや江川紹子さん、山本一郎さんや私は、自分自身で編集ができているのですが、大多数はできていないのが実状です。

そもそも「記事」とはなにかというと、(ネットや雑誌、新聞にかかわらず)主に3つの要素で成立しています。ひとつが「文章」、もうひとつが「図版(写真やグラフ、イラスト)」、最後が「デザイン」です。そして、この3つの要素を統括するのが「編集」です。

『Yahoo!ニュース個人』のオーサーは、ジャンルはさまざまでも要は文章の専門家です。しかし、当然ながらほとんどの方に図版やデザインの制作能力はありません。そして、自己編集できない方も散見されます。『Yahoo!ニュース個人』のいちばんの課題は、実はこの編集にあるのではないか、と個人的には考えております。主張内容は、右でも左でも上でも下でもべつにいいのです。ただし、読者に伝えるためのそもそもの形式ができていないものが残念ながら多いのです。

私自身が『Yahoo!ニュース個人』でひとつ大きなアドヴァンテージがあるとすれば、この編集の部分かもしれません。商業誌でマスに向けて仕事をし続けてきたなかで、プロフェッショナルな担当編集者にそれは強く鍛えられてきたことでもありました。また、美大出身なこともあり写真やデザインにもあまり苦労せず、さまざまな図版を作ることが可能です。グラフでは、スマートフォン読者のために縦位置のものにするなどの工夫をしてきました。

小見出しの重要性

『Yahoo!ニュース個人』にかぎらず、書き手の編集的資質がわかりやすく表れるのは、小見出しです。ここで失敗している方を残念ながら多く見かけます。小見出しでよく見かける失敗では、具体的には3つあります。

ひとつは、記事にそもそも小見出しがないことです。これは、長文だと非常に読みにくいです。というより、小見出しのない長文は、一般的にもほとんど見かけませんが、なぜかネット記事では多いのです。おそらくそれはブログの影響だと思いますが、長文を飽きずに読ませる魅力的な文体でないかぎりは、やはりオススメできません。山本一郎さんの記事にも小見出しはありませんが、それでも山本さんの記事が読まれるのは、文章に特有のリズム感があるからです。でも、それは簡単に真似できることではありません。

次が、小見出しのサイズです。『Yahoo!ニュース個人』には、「中見出し」と「小見出し」というふたつのサイズの見出しが準備されています。具体的には、以下のように表示されます。

これが中見出しのサイズです

これが小見出しのサイズです

しばしば見かけるのは、小見出しに中見出しを使っている記事です。これは正直あまり意味がありませんし、見た目も美しくありません。小見出しの主な機能は、文章を区切ることと、そのブロックになにが書いてあるか示唆することです。多くのひとはこのうちの後者ばかりを重視しますが、前者のほうが個人的には大切だと捉えています。ですから、どちらかと言えば、小見出しはデザイン的に重視すべき要素なのです。

たとえば、小見出しは本文と同じ文字サイズやそれよりも小さくても構いません。それは、現在も普通に実践されていることでもあります。たとえば、それが以下です。

左・光文社新書『アスペルガー症候群の難題』、右・中公新書『核と日本人』
左・光文社新書『アスペルガー症候群の難題』、右・中公新書『核と日本人』

これらは新書ですが、要は文字サイズが小さくても、フォントが異なり、前後の段落と間隔が空いていれば、それは十分に目立つのです。よって、小見出しの文字を大きくすればいいというわけではありません。

最後が、小見出しの内容です。スマートフォンで見ていると、小見出しだけで3行も費やす方も見かけることがあります。しかし、そのブロックに書いてあることを要約したり、あるいは文字を大きくしたりすることで、記事の中身がより伝わるわけではありません。逆に小見出しで説明しすぎると、本文を読まれなくなるので詳細は伝わりにくくなります。もちろんそれで構わないというなら話はべつですが、だったら文章という形態をとらず、箇条書きにするなどより合理的な方法はあるはずです。

かように、小見出しは編集の基礎の基礎に属するものです。デザインでできることの少ない『Yahoo!ニュース個人』では、こうした基礎的なことがかなり重要なポイントとなります。

現在は、はてなブログなど、さまざまな記事構成ができるサービスが多く見られます。一般のブロガーの方でも、見栄えはいいものが多いのです。そのなかで、小見出しひとつまともに編集できていない『Yahoo!ニュース個人』の多くの記事は、遅れを取っているのが現状です。

ただし、Yahoo!ニュース編集部が今回のカンファレンスで発表したのは、それを回避する施策です。それが編集部からの記事の発注です。これはより積極的にYahoo!社が制作に関与するという点でも興味深いのですが、編集能力の乏しさゆえに埋もれている専門家の能力を発揮することに繋がると考えられます。

主張はそれほど重要ではない

カンファレンスの前に編集部の方に伝えたことのひとつに、強い主張ばかりをする記事やオーサーの問題点があります。これは「逆張り炎上屋」ほどでなくとも、主張ばかりでその論拠が弱いひとのことです。

強い主張の記事を書く方は、概して主張を広く伝えようとする目的はありません。かと言って、逆張り炎上屋ほどの確信犯でもありません。単に、「自分が正しいと思っていることを言う」態度が貫かれているだけです。

社会学者の宮台真司さんは、しばしば「表現」と「表出」を分けて論じます。表現とは、他者に伝えようとする言葉。表出とは、自分の思いや感情ただ単に噴き上げるだけのことを指します。たとえば好きな相手に対して、目の前に行って大声で「あなたのことが好きだー!」と絶叫しても、ドン引きされます。いくらそれが本人の正直な気持ちでも、相手には伝わりません。しかし、この表出レベルの主張が散見されるのです。

主張というのは、そんなに簡単には言えるものではありません。なんらかの問題を追っていくと、たいてい簡単には片づけられない複数の要素が絡み合った様子が見えてきます。カンファレンスで江川紹子さんが以下のような話をしていたのは、まさにこのことを指しています。

江川 マスメディアというのは一種の幕の内弁当のように、「これ全て食べれば栄養も全て取れます」というつもりで作っているところがあるが、ネット、特に「Yahoo!ニュース 個人」の場合は一人で何から何まで何十品目もつくるわけにはいかないので、一人でいろいろな見方を提供したり解決策を全部出すことはなくて、読んでくれる人に考える材料を提供する、というところでいいと思います。

私は冤罪(に関する取材)をウン十年やってますがそれはすぐに解決する問題ではないんですね。すぐに解決しない問題ってたくさんある。解決まで求めるのではなくて、たまたまその先に解決までいくのがあればいいね、と。

出典:ネット空間での課題解決って、本当に必要?~ネット論壇著名人らが語る炎上・言論・メディア【上】 - 『Yahoo!ニュース スタッフブログ』

私自身も、実はそれほど主張が強いタイプではありません。深く探れば探るほど、強い主張が言えなくなります。なぜなら、問題というものは、強大なひとつの権力によって生じていることよりも、さまざまな歴史的変遷を経て各方面からの綱引きの結果として、膠着しているケースが多いからです。そこでできるのは、カンファレンスでも話したように、たたき台としての「あえてする提案」程度です。

また、多くのひとが誤解しているのは、結論と主張の混同かもしれません。結論とは、論証から導き出したもので、主張とはその状況に変化を期待するメッセージです。日本では読書感想文の文化のせいか、この主張こそが必要だと思われがちです。でも、それはそう簡単にぶち上げることは容易ではないのです。

コンペティターの不在

以上、1ヶ月以上前のカンファレンスで考えたことについて記してきました。私個人としては、Yahoo!ニュース編集部にはこれからも『Yahoo!ニュース個人』をはじめさまざまな施策を仕掛けていっていただきたいと考えています。雑誌が衰退し、ネットに「逆張り炎上屋」が溢れる中、Yahoo!ニュースは言論のクオリティを維持し、同時にネットをどんどん活性化させていっていただきたいと思っています。

ただし、これは編集部にも伝えましたが、現状ではYahoo!ニュース編集部に大きな問題はあまりないと私は捉えてもいます。いま必要なのは、『Yahoo!ニュース個人』に対抗するだけの強力なコンペティターでしょう。「『Yahoo!ニュース個人』を倒してやる!」とか「『Yahoo!ニュース個人』のオーサーを引き抜いて、もっといい記事を書かせる!」とか、そうした気概と努力によってネット言論がより活性化し、共存共栄していくことに繋がると思うのです。

※……反論のなかでもっとも禁じ手とされるのは、「◯◯に触れていない」という批判です。ひとつの本や記事ですべて網羅することはできず、そこには切り口があります。それらを無視して、「自分が期待することが書いてない」といったタイプの批判はピントがずれています。

■関連

・ヘイトスピーチを正当化しようとするひとたちのレトリック――法務省勧告で噴き上がるYahoo!コメント(2015年12月)

・「下から目線のプロ素人」の原理(2014年11月)

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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