オーバーツーリズム解消への現実解:地元割・二重価格と地域主導の戦略的分散
近年、日本の主要観光地――とりわけ京都のような国際的な観光都市では、訪日客の集中と過剰な負荷、いわゆる「オーバーツーリズム」が深刻な課題となっている。かつて前市長政権下の京都では「京都は観光都市ではありません」と宣言し、観光客流入を抑えようとする方向性が注目を集めたが、こうした「来させない」戦略は地域商業・産業の活力を蝕む可能性が高い。経済的にはもちろん、文化の交流を阻む面でも得策とは言いがたい。
むしろ求められるのは、観光需要を「減らす」ことではなく「分散」し、需給を整えるための戦略的な価格コントロールだ。需要がピークに達する時期・場所では価格を適正に上げて客数を調整し、他の時期やエリアへ誘導する。さらに、地元住民には優遇を与え、彼らが地元の資源を享受し続けられる環境を保つ――こうした「二層化戦略」が、長期的な健全性をもたらすだろう。
ここで参考になるのが、ハワイに根付く「カマアイナ割引」である。「Kamaʻāina(カマアイナ)」とは、ハワイ語で「その土地に生まれ育った人」や「地元の人々」を指す言葉だ。ハワイでは、観光価格とは別枠で、ハワイ在住者に対して特別料金や割引を提供する文化が定着している。たとえば、地元発行の運転免許証や州IDカードを提示することで、有名リゾートホテルで宿泊料金が30%近く引き下げられたり、高級スパが地元価格で利用できたりするケースが一般的だ。また、ローカル割引を活用すれば、水族館や博物館、テーマパークなどの入場料が半額近くになることもある。さらには、レストランやカフェで特定メニューを優遇価格で提供したり、マリンアクティビティやゴルフ場でローカル特典を用意したりと、その範囲は幅広い。
このカマアイナ割引は、観光客に過度な負担を強いるわけでも、来訪者を「断る」わけでもない。むしろ、観光客には正規の料金を求める一方で、日常的にその地で暮らし、街を支え続ける地元民には、常に手頃なアクセスを確保する仕組みである。結果として、ハワイではオーバーツーリズム下にあっても、地域コミュニティと観光産業が比較的健全なバランスで共存している。この「観光価格」と「地元価格」の二層化は、ローカルに根差した経済を維持し、観光地特有の価格高騰による地元住民の「締め出し」を防いでいる。
日本でも、ゴールデンウィークや年末年始など、需要が極端に高まる時期に観光客向け価格を上乗せする一方、オフシーズンや閑散期には地元民や定住者を優遇する「二重価格」や「地元割」の導入を検討してはどうだろうか。京都のような超人気観光地であっても、「お越しいただいてもよろしおすけど、ウチはようさんお高うおすえ」と暗黙のメッセージを価格で伝え、訪問者を吟味することは可能だ。一方で、地元民には常時利用しやすい料金設定を行うことで、地域社会が観光産業によって疲弊することなく、むしろ地元経済を潤滑に回すことができる。
もちろん、こうした施策を円滑に機能させるには、行政・事業者・住民などの合意形成と柔軟なルール設計が不可欠である。だが、学割や社員割引が自然に受け入れられているように、地元割や観光二重価格もまた、適度な基準づくりやステッカー等のシンプルな可視化手段を用いることで社会的合意に持ち込める余地が大いにある。
「京都は観光都市ではありません」という排他的とも映り得るメッセージだけでは、長期的な地域の幸せや豊かさには結びつかないだろう。むしろ、ハワイのように「誰に対して、いつ、どのような価格設定をするのか」を戦略的に考え、実行することで、オーバーツーリズムを「乗り越える」ことができるはずだ。日本各地がこのヒントを活かし、地元と観光客が適度な距離感で共存・共栄していく新たなモデルを生み出せるかどうか――今まさに、その扉が私たちの前に開かれている。