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ハイリスクの巨大組み体操――警告のなかで起きた八尾市中学校の事故

松谷創一郎ジャーナリスト
大阪府八尾市立の中学校で、10段の人間ピラミッドが崩落する瞬間

「事件」相当の八尾市立中学校の事故

9月30日、社会学者の内田良さんがYahoo!ニュース個人で掲載した記事「10段の組体操 崩壊の瞬間と衝撃」が、大きな波紋を投げかけた。これまでにも内田氏は組み体操の危険性を幾度も伝えていたが、それにもかかわらず学校の体育祭で事故が起きてしまったのである。

今回の内田氏の記事がそれまでに増してインパクトがあったのは、そこにYouTubeの事故映像へのリンクが貼られていたからだ。それは極めて衝撃的な映像だ。100人以上で10段に積み重なった6~7メートルの高さの人間ピラミッドが、一瞬のうちに崩れ落ちる。さらにその後、ひとりの生徒が教員に連れられて退場していく。その生徒の右腕は、おかしな方向に曲がっている。それがひどい骨折であることは、この映像ですでにわかっていた。

【※以下の映像には怪我人が写っているので閲覧には注意】

即座にマスコミ各社が取材を進め、その日のうちに大阪府八尾市立の中学校であることも判明した。

・NHK NEWS WEB2015年9月30日「組み体操で骨折 注意喚起」

・日本テレビ系(NNN) 2015年10月1日「体育祭“10段ピラミッド”崩れ6人重軽傷」

・朝日新聞デジタル2015年10月1日「組み体操『ピラミッド』が崩れ、中学生が腕骨折 大阪」

産経新聞2015年10月1日「組み体操『ピラミッド』で事故 中1男子生徒が崩れて骨折 大阪

・FNNニュース2015年10月1日「大阪・八尾市の中学校運動会で組み体操ピラミッド崩れ、6人けが」

刑事事件に問われる可能性も

これらの報道から見えてきた事故の詳細は、以下のようなことである。

  • 下から6段目にいた1年生男子ひとりが右腕を骨折する大怪我、5人が軽い怪我
  • 10段の人間ピラミッドは学校の「伝統」(学校談)
  • 参加者は3年生97人、1・2年の60人、計157人
  • 周囲を教師11人が囲んでいた
  • 練習では一度も成功していなかった(学校・生徒がともに証言)
  • 八尾市教育委員会は、30日付けで安全対策の徹底を通知

こうした報道を総合すると、これは明確に学校側の過失であることが見えてくる。

まず、八尾市に隣接する大阪市では、今年から組み体操は人間ピラミッドを5段まで、タワーを3段までに規制することを教育委員会が決めた。このとき、橋下徹大阪市長も明確に「賛成です」と回答している(2015年9月3日の定例会見)。つまり、高層の組み体操(人間ピラミッド)のハイリスクは、報道もあってここ数年でかなり周知されつつある。しかし、八尾市のこの中学校ではそれを押し切って実行した。

さらに問題があるのは、練習では一度も成功していなかったということだ。それにもかかわらずこの中学校は巨大な人間ピラミッドを決行し、大怪我を負う生徒が出てしまった。

もうひとつの問題は、八尾市の教育委員会が「30日付け」で各学校に通知を出した事実から導かれる。事故が起きたのは27日の日曜日なので、それから3日経っている。そこで考えられる可能性はふたつある。ひとつが、教育委員会が報道があるまでの3日間、この事故を知らなかったということ。もうひとつは、報道を受けて慌てて通知を出したということだ。これは、そのどっちであろうとも問題だ。前者であれば学校側がこの事故を教委に連絡せず軽視していたということであり、後者であれば教育委員会が事故の重大性を軽視したということになる。

以上を踏まえると、この事故は業務上過失傷害にも問われる可能性がある。つまり、単なる「事故」ではなく「事件」になるかもしれない。

内田良氏の分析

ここで、あらためて組み体操の問題について整理しておこう。

組み体操は、そのほとんどが体育祭(運動会)やその練習で行われる。それは他の体育の種目と異なり、観衆(親)の目を意識したものだからだ。よって部活動とも異なり、ほとんどが生徒たちの全員参加によって行われる。つまり、生徒たちに選択権はほぼない。そしてさらに、近年はどんどん高層化・巨大化している傾向がある。後述するが、それは積極的に組み体操を推進する団体と教員がいるからだ。

内田良『教育という病――子どもと先生を苦しめる「教育リスク」』(2015年/光文社新書)
内田良『教育という病――子どもと先生を苦しめる「教育リスク」』(2015年/光文社新書)

すでに報道でも指摘されているように、組み体操での事故はとても多い。2013年度では、全国の小・中・高であわせて約8500件も起きている。このとき内田良氏が著書『教育という病』などで指摘する問題は、大きくわけて3つある。

ひとつが、事故発生件数の多さだ。組み体操の事故発生件数は跳び箱、バスケットボールに次ぐ多さである。

次に、頭部や頚部、腰部など重大な怪我や障害に繋がる可能性の高い部位での怪我が多いのも特徴だ。跳び箱やバスケットボールで多いのは指や手首などの怪我だが、頭や首、腰の怪我は組み体操が有意に多い。

もうひとつが、組み体操は文科省の学習指導要領に掲載されていない、学校独自の取り組みだという点だ。よって、そもそも組み体操が行われている期間や学校は限られている。今回の事故のように、その多くは体育祭(運動会)やその練習ために行われる。昨今の巨大ピラミッドなどは、これまでのソーラン節に取って代わるブームになっているそうだ。すべての学校で行われていないにもかかわらず事故件数が多いということは、つまり事故率が極めて高いことを示唆している。

組み体操を推進する教員団体

一方、こうした組み体操を積極的に推進する教員も多い。内田氏の同前書によると、その中心にあるのは、大阪教育大学付属池田小学校に事務局を構える関西体育授業研究会だ。2011年に発行されたその研究通信では、「上から児童が降ってくると、逃げ場がないので、数人を巻き込んだ大きな事故になる恐れがあります。過去に一度に4人骨折という事故もありました」と、その危険性を十分に認識していることがわかる(※1)。

しかしそれでもなお、巨大な人間ピラミッドは拡がっていった。そこには教員たちの強い思いがある。同じく関西体育授業研究会の会報には、こうした言葉が並んでいる。

組体を通して子どもたちに学ばせたいことが

あります。

・一生懸命に取り組むこと

・仲間を信頼すること

・苦しさつらさを乗り越えること

それらはこれから先、子どもたちが生きていくうえで必ず身につけておいてほしいことです。

本番まで短い練習期間の中、毎回目標をもって組体に取り組む。そのことが単なる技の

完成ではなく、人としての完成を促すこととなるのです。

技だけでなく心を鍛える。

それが組体です。

出典:関西体育授業研究会『Improve』No.57(2011年8月24日)

こうした教員たちの思いは、非常に純粋なものである。おそらく大きな打算などはなく、そうした思いそのものは簡単には否定できない。しかし、そのために今回の事件のような巨大ピラミッドが必要だったかどうかと言えば話はべつだ。「一生懸命に取り組むこと」や「仲間を信頼すること」、「苦しさつらさを乗り越えること」は、他の種目でも可能だからだ。

組み体操で批判されているのは、単にこうした教員たちの純粋な思いではない。そうではなく、その純粋な想いが組み体操という危険な競技と結びついたうえで生じるリスクなのである。そこで必要なのは、目的(教育)のための手段(組み体操)を再検討することである。

巨大ピラミッドを啓蒙する教員

年々、高層化・巨大化する人間ピラミッドでは、ひとりのキーパーソンがいる。それが兵庫県伊丹市立南中学校に勤務する吉野義郎教諭だ。吉野教諭は過去の勤務校で1990年に10段ピラミッドを成功させ、2011、12年には11段に取り組んで失敗したと話している(※2)。

吉野教諭は、自らが制作した人間ピラミッドの映像をYouTubeなどで発信するなど、その啓蒙活動にもとても熱心だ(※3)。仕事をしながら兵庫教育大学大学院に通って組み体操を研究し、動画にも「危ないので、安易に、まねをしないで」と付記している(※4)。ということは、今回の中学校の事故は、安易に真似をしたということになる。

なお、内田氏の計算によると、10段ピラミッドにおいてもっとも負荷がかかる生徒は、ひとりあたり3.9人分だという。中学生で言えば190~210キロ、高校生だと240キロほどの重量をひとりで支えることになるそうだ。吉野教諭は大学院でここまでのことをちゃんと勉強し、荷重計算したのだろうか。

また吉野教諭は11段ピラミッドに挑戦して失敗している。しかも2年連続だ。彼が本当にちゃんと大学院で学んだのであれば、荷重計算をちゃんとして綿密にピラミッドを組み上げたはずだ。それでなぜ失敗するのだろうか。吉野教諭には、こうした事態についての明確な説明が必要とされる。

怪我をした中学生のその後

それでは当事者の学生たちは、組み体操をどう捉えているのだろうか。

その一端は、Twitterなどでもうかがえるが、検索して目立つのは怪我人の多さである。たとえば、以下のような反応がかなり多く出てくる。こうしたことからも、前述したように事故数が多いことがわかる。

組み体操での骨折についてのTwitterの反応
組み体操での骨折についてのTwitterの反応

筆者は、体育祭の組み体操事故で大怪我を負ったひとりに接触し、話を訊いてみた。

39歳の男性・Sさんが事故に遭ったのは、25年前の1990年のこと。当時、福岡県の公立中学2年生だったSさんは、3段タワーの最上部から落下し、左上腕部を骨折した。即日手術を受け、一ヶ月も入院することになったという。

具体的な怪我は、上腕骨顆上骨折。肘関節の上の部分を折る大怪我である。しかも手術は一回では済まなかった。一度目に骨を固定するためのボルトを入れ、二度目はそれを抜く手術だった。しかしその後、骨折が治る際に神経を圧迫し、左手の指に神経麻痺が出たという。そして、神経をずらすための3度目の手術をしたそうだ。

なお、このとき学校の校長が親に謝罪に訪れたそうだが、すべて治療費は自己負担だった。さらに驚くべきは、Sさんの事故後、その中学校では骨折する怪我人がさらにふたり出たということだ。結果、翌年からは同校の体育祭で組み体操はなくなったそうだ。

最後にSさんは、当時のことを「中学で1ヶ月も入院するのは結構無駄というか、時間のロスだと思います。入院したのはそのときだけですし、子供病棟もよい経験にはなりましたが。骨折程度で済んで良かったですね」と振り返ってくれた。

子供の組み体操を控える親

もうひとつ、当事者の近親者の声を紹介しよう。

さまざまな小学校のHPに掲載されている、運動会の高層組み体操(ともに6段)。
さまざまな小学校のHPに掲載されている、運動会の高層組み体操(ともに6段)。

筆者の高校時代の同級生は、小学6年生の娘を持つ母親(40歳)である。彼女の娘が通う広島市のある公立小学校では、今月運動会が行われるそうだ。その運動会の目玉はやはり人間ピラミッドだという。男子は6段、女子は5段で行われるそうだ。前述したように、大阪市ではピラミッドは5段までと規制されたが、広島市では小学校で6段ピラミッドがいまだに行われているのである。

今回の事故の報道を目にした母親は、以下のような感想を寄せてくれた。そこには、不安と期待がないまぜになった親の率直な心情が表れている。

今朝、テレビでその危険性をやってたのを見て、怖くなった。うちの子、体でかいから下で支える側なんよ。ピラミッドが崩れて、下の土台の子が肘を骨折して修学旅行も行けず、その後3回も手術して今も痛むっていうのを朝見て、ものすごく不安になったよ。上の子も怖いだろうけど、下で潰されたらほんとに危険。

(略)

でも、「組体操なくなりました」ってのも、正直淋しいって気もするんよねぇ。あれが、6年生最後の運動会の感動の場面だからさ。あれを見て、親は泣くんだよ。

親が感動したいだけなんかな? 高さがなければ問題ないんかな?

彼女のアンビバレントな心情は、組み体操の実状をとてもよく表している。なぜなら危険性が高く、それゆえ緊張感もあるからこそ、見栄えのいい人間ピラミッドが成功すれば感動的だからだ。現在の運動会(体育祭)において組み体操は、まさにメインイベント、花型種目なのである。だからこそ、今回のような事故で問題視されても簡単にはなくならないのである。

リスクだらけの組み体操

労働災害の世界では、「ハインリッヒの法則」と呼ばれるものがある。それは、ひとつの重大事故の裏には、その29倍もの軽度の事故と、事故にはならなかったものの300倍のニアミス(ヒヤリ、ハッとする出来事)が存在するという法則だ。

学校体育にこの法則が必ずしも当てはまるとは言えないが、一定の割合で事故が起きることは避けられない。筆者も小学5年生のときに学校内で足を骨折し、中学3年の体育祭では、騎馬戦で上から地面に落下した(背中から落ちたので怪我はしていない)。高校生のときには、得意だった体操で前転・前宙を繰り返して腰を怪我し、いまでもひどい腰痛に悩まされている。もちろん、これらは今回の八尾市の中学校の事故と比べたら、はるかに軽微なものである。だが、ひとつ間違えれば重大事故に繋がる可能性もあったのだ。

だが、だからと言って「学校体育に事故はつきもの」と開き直っていいわけではない。いかにそのリスクを低減するかということは、常に大人に求められている。ひと昔前は許されなかった運動中の水分補給が可能になったのは、熱中症のリスクが広く浸透したからだ。しかし残念なことに、高層化・巨大化して広く浸透しつつある近年の組み体操は、こうした時代の流れとは完全に逆行している。それは重大事故の可能性を高めているだけだ。

組み体操の事故では、過去に多額の損害賠償を認める判決も多く出ている。1990年に起きた福岡の県立高校の8段ピラミッド事故では、当時3年生の生徒が首の骨を折り全身不随の傷害を負った。このときは総額約1億1150万円の高裁判決が確定した。

また、しばしば「どうせ死人が出るまで続くだろう」という意見を目にするが、すでに死者が出る事故も起きている。1990年9月、神奈川県相模原市の中学校で3年生の男子生徒が、組み体操の4段の「人間タワー」で落下し、他の生徒の下敷きとなって圧死した。このときは9人の教員が補助をしていたものの事故は起き、保健体育の教員が書類送検された。被害者の両親は市を提訴し、その後に和解が成立。相模原市は謝罪と再発防止策を説明することになった。

これらの事故がともに25年前の1990年であるように(前出のSさんの事故も同年だ)、組み体操の事故はかなり前から起こっている。そしてその後も、多額の損害賠償請求が認められる組み体操事故は後を絶たない。さらにどんどん高層化・巨大化をしている。組み体操は、生徒のリスクだけでなく、学校や教師にとっても多大なリスクなのである。

もちろん組み体操に限らず、運動には事故がつきものだ。しかし、だからと言ってそこで思考停止していいものでもない。ましてや、未成年者に「自己責任」などを持ち出すのはもってのほかだ。逆に、事故が多いからすぐに廃止しろというのも極論だ。結論は、「危険なまま続ける」と「即時に廃止する」の二択ではない。

いま問われているのは、体育祭(運動会)が教育なのか、それとも「残酷ショー」なのか、という二択である。このときの結論は、無論のこと前者だ。そこで必要なのは、現状のリスクを低減して生徒にとってより良い状況を作ることにある。それには、教師や親が内田良さんなど専門家の知見や判断を積極的に受け入れることが必要だ。それこそが、子どものための大人の責務である。

9月末から10月上旬は、全国の学校で体育祭(運動会)がラッシュの時期だ。今週末や来週末に行われる学校もまだたくさんある。各学校には、これからでも十分な安全対策を求めたい。生徒の人生を台無しにしないためにも。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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