安倍首相は「積極的平和」の意味を理解できていないので、戦場ジャーナリストが懇切丁寧に指導しますよ!
前略 安倍晋三様
安倍総理、日々の公務お疲れ様です(といっても、年金問題や格差貧困の是正、脱原発や地球温暖化対策、沖縄・辺野古での海保職員の暴力の抑制ectといった問題では、あまりお仕事をされていないようですが)。さて、安保法制(戦争法案)を「平和安全法制」と言い換えるように、安倍総理が最近よく使われる言葉に「平和」がありますが、恐れながら、総理の国語力、つまり本当に「平和」という言葉の意味を総理がご理解されているかどうかには大いに疑問を感じざるをえません。安倍政権の安全保障戦略の基本理念であり、総理のお気に入りの言葉である「積極的平和主義」も、正直なところ、海外のメディアや研究者からは失笑のタネとなっております。官邸記者クラブには、「積極的平和主義」についてツッコミを入れる記者があまりいないようですので、僭越ながら、そもそも「積極的平和」とは何か、解説させていただきます。
安倍総理のおっしゃる「積極的平和主義」とは、2013年12月に閣議決定された「国家安全保障戦略」で掲げられた、安倍政権の安全保障戦略の基本理念のことですよね。具体的には、
ことだと理解しております。
ただ、本来の意味での「積極的平和」と、総理のおっしゃる「積極的平和主義」では、まったく意味が異なるものです。前者は、世界的に著名な平和学の研究家である、ヨハン・ガルトゥング博士が提唱した理念です。ガルトゥング博士は、戦争は起きていないが、貧困や抑圧、環境破壊などの「構造的暴力」が存在する状態を、「消極的平和」(Negative Peace)であるとし、これに対し戦争がなく、かつ「構造的暴力」も排された真に人々が平和である状態を「積極的平和」(Positive Peace)であると説きました。ですから、この意味での「積極的平和主義」というならば、この世界から戦争をなくし、かつ貧困や抑圧、環境破壊などの構造的暴力もなくしていく、というものであるべきなのです。もっとも、安倍政権は集団的自衛権の行使解禁や、武器輸出を推し進めていくだけでなく、格差貧困をより深刻化させる残業代ゼロ法案や派遣法の改悪、国内外の被爆労働に依存する原発を再稼働させていこうというのですから、そのような点においても、「積極的平和」(Positive Peace)とは到底言えない政策を行われているわけなのですが。
ともかく、英字メディアなどでは、総理がおっしゃる「積極的平和主義」は“Proactive Contributor to Peace”(直訳すると「平和への積極的な貢献」)等と翻訳され、平和学での「積極的平和」(Positive Peace)と明確に区別されております。ご存じかどうかは知りませんが、当の外務省も、総理の会見などの英訳で“Proactive Contributor to Peace”という表現を使っています。要するに日本のメディアだけが、総理の「積極的平和主義」という表現を何の注釈も無く垂れ流しているのです。ご自身の「積極的平和主義」(Proactive Contributor to Peace)と、平和学での「積極的平和」(Positive Peace)との違いなんか分かっている、と総理はおっしゃるかもしれません。そうだとしたら、これまでも申しましたように、まったく似て非なるものなので、表現は変えられるべきかと思います。
さて、安倍総理のおっしゃる「積極的平和主義」(Proactive Contributor to Peace)とは、「平和への積極的な貢献」であり、具体的には「同盟国である米国を始めとする関係国と連携しながら、地域及び国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に寄与していく」ことですよね。そこで、是非、お考えいただきたいのは、米国が「地域や国際社会の平和や安定に寄与」したかどうか、ということです。イラク戦争においては、クラスター爆弾や白リン弾などの非人道兵器で民間人を殺しまくり、病院や学校もろとも街を破壊しつくし、現地の市民を十分な証拠もなく不当に拘束し、電気ショックなどの拷問や性的虐待もやり放題…米国こそが世界最悪の戦争犯罪の常習犯だとも言えます。
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ISIL(いわゆる「イスラム国」)が結成されたのも、元を辿れば、イラク戦争によって旧政権の軍人がその地位を追われたことや、イラク占領時の米軍の刑務所での捕虜虐待によって、ISILのバグダディ指導者らがその過激思想を培ってきたことによるなど、米国の主導した対テロ戦争はむしろテロの脅威をより深刻化させている、とも言えます。
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こうした米国の無茶苦茶ぶりの一体、どこが「平和」なのでしょうか。イラク戦争やアフガン戦争などの対テロ戦争の問題点について、何の検証も批判もせず、ただ米軍の活動を支援し、自衛隊も米軍とともに戦わせる、というのでは、日本が戦争犯罪の片棒を担ぐことになるだけではないのでしょうか?少なくても、イギリスやオランダでは、独立した検証委員会によって、イラク戦争支持・支援にいたる経緯について詳細な検証が行われました。イギリスでは当時の政府の公文書も公開され、ブレア首相(当時)が実際にはイラクが脅威でないと知りながら、米国支持・支援のために国民を欺こうとしてきたかが、白日の下にさらされたのです。オランダでも、イラク戦争は「国連憲章違反の違法な戦争」と断じられています。
安倍首相が本当に平和を望むのであれば、安保法制(戦争法案)を今夏までに強行採決しようとするのではなく、まずは、この間の米国の対テロ戦争などが、「地域及び国際社会の平和と安定」に寄与してきたものなのか、徹底的な検証を行うべきなのでしょう。
また、この10数年、中東を取材してきた経験から言わせてもらいますと、現地の人々が欧米、およびそれと行動を共にする国々に関して激しい憤りを持つのは、一言で言えばダブルスタンダード、「正義」の不平等さに対してです。つまり、米国やそれに同調する国々が、民間人の虐殺など国際法違反の戦争犯罪を行っても、お咎め無しであるのに対し、中東の人々が武器をもって抵抗したら「テロリスト」扱いとなる、という問題です。今年4月、パレスチナがICC(国際刑事裁判所)に正式加盟し、昨夏のイスラエル軍によるガザへの軍事侵攻などについて、ICCが調査するよう、求めていますが、ICCに最も多くの拠出金を出している日本こそ、こうした動きを後押しするべきではないのでしょうか。
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ただただ、米国を絶対善とし、その軍事行動を支援するのではなく、非軍事的な分野で、国際紛争に歯止めをかけるための具体的な動きをとっていくことが、まがりなりにも非戦の誓いを70年間つらぬいてきた、日本にふさわしい、本当の意味での「平和への積極的な貢献」ではないでしょうか。
以上、長くなりましたが、安保法制(戦争法案)が本当に日本の外交安全保障のあり方として、ふさわしいものなのか、よくよく熟考するべきかと思います。というか、どう解釈しても安保法制は現行の憲法には反するものなので、そもそも問題外だということも、改めてご認識されるよう、強くおすすめしますけども。
草々
志葉 玲