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部活動でなぜ廊下を走る? 制度設計なき慣行の現在から未来を構想する

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
廊下での練習における障害事例(JSC『学校の管理下の災害』をもとに筆者が作成)

■学校の不思議な慣行

 大阪府立高校の女子生徒が受けた「黒髪強要」に端を発して、「ブラック校則」が話題になっている。学校文化には、どうにも不思議な慣行がたくさんある。本記事では、部活動における危うい慣行に着目し、その背景に迫りたい。

 このところ、二週続きの台風もあって雨が多かった。

 雨や雪が降ると、普段校舎の外で練習をする部活動は、校舎のなかに練習の場を移す。とは言っても、その部活動専用の場所が用意されているわけではない。そこで定番の練習方法が登場する――「廊下でトレーニング」だ。

廊下をダッシュする、階段を含めて長距離を走る、あるいは廊下に並んで筋トレに励む、卓球台を入れ込んでラリーを練習と、その用途は幅広い。

 天候に関係なく、日常的に廊下が練習に使用されることもある。また、文化部にとっても廊下は重要な練習空間である。吹奏楽部員や合唱部員がパート練習に使用する。

■廊下は走るな!?

部活動中の廊下での練習における「障害」事例(日本スポーツ振興センター『学校の管理下の災害』をもとに筆者が作成)
部活動中の廊下での練習における「障害」事例(日本スポーツ振興センター『学校の管理下の災害』をもとに筆者が作成)

 だが、思い起こしてほしい。

 部活動がはじまる直前まで、「廊下は走るな!」ではなかったか?

 廊下や階段を走れば、滑って転ぶこともあるし、人にぶつかることもある。そもそも校舎のなかは壁や備品で見通しが悪いし、横幅も狭い。雨が降れば、滑りやすくなる。だから、部活動が始まる直前まで、廊下を走れば注意されるのだ。

 しかし、廊下を走ることの危険性は、部活動の前もその最中も変わらないはずである。

 実際に、部活動中に廊下を走って「障害見舞金」(後遺症の程度に応じた災害共済給付金)が支払われるような事故も報告されている。

■制度設計なき部活動

廊下や階段でのトレーニング(日本スポーツ振興センター『課外指導における事故防止対策 調査研究報告書』より転載)
廊下や階段でのトレーニング(日本スポーツ振興センター『課外指導における事故防止対策 調査研究報告書』より転載)

 負傷する環境要因が大きいなかで、それにもかかわらず、部活動ではなぜ廊下を走るのだろうか。

 その答えは、「部活動には制度設計がないから」である。

 たとえば授業(教科)の時間帯を思い浮かべてみよう。体育館や音楽室に生徒がたくさん集まりすぎてあふれ出るということは起こらない。それは、学校という施設が、授業が滞りなく運営できるように設計されているからである。

 他方で部活動は、国の学習指導要領に「学校教育の一環」とは書いてあるものの、それ以上に具体的な内容は定められていない。言うならば、まったくの現場まかせで運営されている。

 学校という施設は、部活動をやるためには設計されていない。だから、運動部や文化部の生徒が一斉に活動を始めると、場所が一気に足りなくなり、廊下を使うことになる。

 学校管理下の災害共済給付事業を担っている日本スポーツ振興センターの資料にも、「絶対的な部活動スペースが不足しており、体育館はローテーションで使用」しており、「階段でのトレーニング」や「狭い中での卓球部の練習」が危険視されている。

■施設だけでなく指導者も

 制度設計がない点は、指導者である教員にも当てはまる。

 教員は、授業を教えるために教員になるのであって、部活動を教えるためではない。大学の授業で、部活動の指導方法を学ぶ機会も、基本的には用意されていない。日本体育協会による運動部活動に関する調査では、約半数の顧問は素人であることがわかっている(拙稿「素人の部活顧問 先生の嘆き」)。

 しかも教員は、安全な指導方法も学んでいない。そこで事故が起きれば、生徒は傷を負い、教員は責任を負う。いったい誰得だというのだろうか。

 今年3月に栃木県の山中で、雪崩で山岳部の高校生ら8名が亡くなった。そのなかには、経験の浅い顧問教員一人も含まれていた。これも制度設計がないことの悲劇である。

■現状の資源でまわせる部活動を

人や場所の不足を抱えたままに部活動は過熱してきた(筆者が作図)
人や場所の不足を抱えたままに部活動は過熱してきた(筆者が作図)

 制度設計なき部活動は、圧倒的な物理的空間と専門的指導者の「不足」をうやむやにしたまま、今日の部活動を無理矢理に成り立たせてきた。

 私たちはいま、この人と場所いう資源の有限性を踏まえたうえで、部活動を再設計しなければならない。つまり、現状の資源に見合ったかたちで、部活動を構想するのである。

 そのためには、中学校や高校で週6日以上の活動が半数強を占めるまでに過熱してきた部活動(拙稿「お正月の部活練習 必要か」)を縮小することが必須である。

 考えてもみれば、部活動というのは、授業後の付加的な活動として、生徒にスポーツや文化活動に親しむ機会を提供するものである。競争原理にもとづいて過熱すべきものではない。

■徹底した総量規制へ

 部活動の制度設計には、活動の大幅な総量規制が不可欠である。総量規制とは、具体的には大会やコンクールの参加回数の制限、練習時間や日数の制限を指す。

 たとえば静岡市教育委員会は、来年度から全国に先駆けて、中学校の部活動を週4日、月45時間までにするという案を提示している。大胆な総量規制だ。

 私はさらにあと一歩、縮小すべきだと考える。

 過熱してきた部活動を、たとえば週2~3日にまで減らす。大会は全国大会を廃して地方大会までとしたうえで、大会への参加も年に1回までとする。活動の総量がこれまでの半分以下になることを目指す。

■持続可能な部活動に向けて

イメージ(提供:無料写真素材 写真AC)
イメージ(提供:無料写真素材 写真AC)

 そうすると各部活動の練習日を、月水金と火木土というかたちに分ければ、学校の施設を、ゆとりをもって使えるようになる。廊下を使う必要性も小さくなる。

 そして、専門性がありさらに安全性を保障してくれてかつ指導を希望する限られた教員や地域住民が、限られた日時だけ指導にあたればよい。指導者にかけるべき予算も、少なくて済む。

 全国大会を目指したい生徒は、民間のクラブチームで育つようにする。すでにオリンピックを見てみるとたくさんのメダリストが民間のクラブチーム出身である。もちろん、そのためには、いっそうの環境整備も必要だ。

 制度設計なきまま、部活動は慣行的に運営されてきた。それは多くの「無理」の上に成り立ってきた。部活動の制度設計をしっかりと進める。これこそが、部活動をサステナブル(持続可能)にする最善の方法である。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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