長崎県の島原鉄道に見るローカル線の観光路線化
長崎県の島原鉄道は、長崎本線の諫早駅から島原半島をぐるりと回り、島原港駅までの約43kmを走る単線非電化のローカル私鉄です。
1911年(明治44年)開業の歴史ある鉄道ですが、少子高齢化やマイカーの影響で年々利用者が減少し、2008年には路線の約半分に当たる島原外港-加津佐間35kmを廃止しバス転換する等、厳しい経営を強いられています。
そんな島原鉄道ですが、この9月に開業する西九州新幹線と始発駅の諫早で接続することから、最近では観光鉄道化に取り組んでいて、同じ鉄道事業者である筆者としては、コロナ禍の中でどのような戦略があるのか興味があり、視察してきましたのでご報告申し上げます。
地域鉄道とは
よく言われるローカル鉄道ですが、国交省には地域鉄道事業者というくくりがあり、それによると「新幹線、在来幹線、都市鉄道など、JR、大手私鉄を除く中小私鉄、第3セクター鉄道」とされ、中小私鉄49社、第3セクター鉄道46社の合計95社が地域鉄道事業者とされています。
筆者のえちごトキめき鉄道も、島原鉄道もその範疇に含まれていて、経営努力を求められていますが、もともと人口が少ない地域では地域輸送という側面だけでは経営改善を図ることができないため、昨今では観光鉄道化にその活路を見出すという方法が一般に知られるようになってきました。
観光鉄道とは
では、観光鉄道とは何かというと、ふつうの鉄道が「目的地へ行くために乗る」ものであるのに対して、観光鉄道というのは「乗ることそのものが目的」の鉄道であり、簡単に申し上げれば、乗りたくなるような列車を走らせれば、その地域に用件がない人でもわざわざ乗るためにやってきてくれることから、地域の観光の集客ツールとして上手に使うことができれば、鉄道はもちろんですが、沿線地域にも利益をもたらす存在になれるというのが筆者がローカル鉄道の改善に取り組んでいる根底にある考え方です。
島原鉄道の観光鉄道化の取り組み その1
まず、注目するのが観光列車として走らせている「しまてつカフェトレイン」です。
この列車は沿線風景を見ながら列車の中でおいしいランチ、あるいはスイーツを楽しむという企画で、全国的に見られるいわゆる食堂車タイプの観光列車です。
九州というところは観光列車の宝庫と言われているところで、皆様ご存じの豪華列車「ななつ星」をはじめ、JR九州がいろいろな観光列車を企画、運行している言うなれば観光列車の激戦区です。そういう地域で島原鉄道のような中小私鉄がどのように観光列車を運転するのか。ターゲットはどこに据えていて、集客はどうなのか。
筆者としてはそこが一番気になるところです。
結論から申し上げると、島原鉄道の「しまてつカフェトレイン」は実に無理のない企画で、というのも車両は従来の車両を簡単に観光向けに仕立て上げたものであり、大きな設備投資をせず、食事も奇をてらったような特別なメニューではなくて、沿線の事業者にご協力いただいて月替わりで提供される地元のものであり、空間の演出こそ上手に配慮されてはいるものの、背伸びをしないローカル線らしさが出ているおもてなしのようです。
乗車料金は運賃込みで5000~5500円ですが、これには沿線観光地の割引券や、翌日まで使える帰りの乗車券も含まれています。翌日まで使えるというのが実はミソで、宿泊を奨励して地域にお金を落とす仕組みになっていることは地域鉄道ならではですが、島原鉄道は全線乗車すると往復で3000円以上かかりますから、「しま鉄カフェトレイン」は実にお乗り得な観光列車なのです。
関係者の方にお聞きしたところ、「福岡や長崎市内から気軽に乗りに来ていただけるような列車にしたい」とのこと。JR九州の観光列車が飛行機に乗っていらしていただくようなお客様をターゲットにしているのに対して、地元密着型、九州密着型のスタイルをとって棲み分けをしているのは立派な戦略だと感じました。
肝心の利用率はどうかというと約50%程度のようですが、これは一見低いように感じますが、観光列車としては満足いく数字です。
なぜなら、もともと4人掛け向かい合わせのボックスシートにテーブルを設置した内装ですから、カップルが2人で座ったら満席扱いなのです。
非日常感を味わえるのが観光列車ですから、そこへ大衆食堂のように「すみません、ご相席でお願いします。」というわけにはいきませんね。
3人連れが来れば利用率は75%。
団体客をとらない限りは観光列車で100%の乗車率というのはあり得ないのです。
そう考えると、コロナの影響が残っている状況で50%という数字は決して悪い数字ではありませんね。
今はまだ月に3~4回程度の運転ですが、今後、コロナが明けて、新幹線が開業すれば運転頻度も増やすことができ、運転頻度を増すということはお客様から見れば「いつも走っている。」ということですから、利用しやすい列車としてさらに人気が出てくるものと思います。
観光鉄道化の取り組み その2
昨年、飲料のCM撮影地に選ばれたことから、沿線の大三東(おおみさき)駅を観光スポットとして売り出しています。
(飲料CM動画は「島原鉄道 CM」で検索してください。)
大三東駅は駅のホームの向こうがすぐ海という、日本で最も海に近い駅として以前から知る人ぞ知るスポットでしたが、その駅がCMで取り上げられたことを有効活用して、「映える写真が撮れます。」というPRをしています。
大三東駅は無人駅ですが、CMで取り上げられたことを忘れ去られないようにということで、300円でカプセルに入ったハンカチを購入し、セルフサービスで願い事をかなえるスポットが出来上がりました。
人件費を掛けられないローカル鉄道としてはなかなか考えられた仕組みで、筆者が訪れたときも平日にもかかわらず入れ替わり立ち替わり観光客が訪れては思い思いに写真を撮ったりハンカチを購入したりしていました。
さて、その大三東駅ですが、注目に値することがあります。
それは駅のトイレです。
ローカル鉄道の無人駅と言えば昔ながらの和式トイレを連想される方も多いと思いますが、ここ大三東駅のトイレは洋式のシャワートイレでして、これには正直言って驚きました。ところが、この駅だけではなくて、島原鉄道では沿線のいろいろな駅で駅のトイレがこのように最新式に改良されていて、利用者もきれいに利用しているという現実がありました。
昨今の観光ブームでは「きれいなトイレは大切なおもてなし。」と言われていますが、田舎の無人駅ではなかなかこうは行きません。
おそらく地域の行政と連携して予算化されていると思いますが、筆者も大変勉強させられました。
安全対策は?
ところで、いくら観光鉄道で頑張っているとは言え、安全対策をおろそかにはできません。
筆者も一番気になる所でありますので、列車に乗車して全区間の線路設備を見せていただきました。
こちらは速度照査型と呼ばれる最新式のATS列車自動停止装置。
通常のATSは赤信号を見落として進行した場合に自動的にブレーキがかかる機能ですが、速度照査型はあらかじめ決められた速度以上で列車が通過すると、その場で急ブレーキがかかる装置で、分岐器や急カーブの手前など、青信号区間でも制限速度オーバーを防止する対策が全線で取られています。
こちらはコンクリート枕木と道床の整備状況です。
ほぼ全区間で要所要所にコンクリート枕木が入れられていて、ところどころではこのように道床から整備されて軌条強化されています。
このように、観光鉄道を標榜するということは、その裏付けとしてきちんとした安全対策が取られていることも大切なことですが、島原鉄道の場合は、厳しい経営状況の中でもやるべきことはきちんとやっているという印象を得ました。
地元密着型の鉄道として
観光客を誘致するツールとなるのは地域鉄道の使命の一つですが、やはり基本的に求められるのが地元の利便性です。これをおろそかにしては地域からそっぽを向かれてしまいます。
島原鉄道では日中時間帯にほぼ1時間ごとにパターンダイヤ(毎時同じ時刻で列車が発車するダイヤ)で運行されているのと、諫早-本諌早間の僅か一駅間ですが区間列車が多数運転されていること。地元自治体が運行するデマンドバスや、自社のバスが主要駅で列車に接続して地域を巡回する列車を補完する機能になっているなど、地域鉄道として基本的なことをきちんとやっているということは言うまでもありません。
さらに、地元の高校と連携して放送部の生徒が車内アナウンスを録音する等、毎日利用する高校生にとっても楽しい仕組みづくりも行っています。
そう考えると、島原鉄道という会社は、さすが百年企業。しっかりと地域に密着した鉄道になっていると言えましょう。
全国95者の地域鉄道事業者の中でもトップクラスの頑張っているローカル鉄道ではないでしょうか。
9月には西九州新幹線も開業します。
皆様、ぜひ、島原鉄道に足をお運びください。
グッズなどの関連商品も豊富です。
ちなみに筆者は赤パンツ電車と呼ばれるリバイバルカラーの車両にちなんだ赤いパンツを衝動買いしてしまいました。(笑)
笑いごとに聞こえるかもしれませんが、地方鉄道にとってはこういうグッズの売り上げも生命線の一つですから、わざわざ乗りに行かなくても推しの鉄道を支援できる方法として、ぜひご協力いただければと考えます。
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※本文中に使用した写真はお断りがあるものを除き、筆者撮影のものです。