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英国議会によるシリア軍事介入案の否決が意味するもの:欧米主要3カ国の三角関係

六辻彰二国際政治学者

シリア介入に対する英国内の反対

29日、英国議会下院は、政府が示していたシリアへの軍事介入案を285対272で否決しました。これにより、キャメロン首相率いる英国政府は、シリアに対する直接的な軍事介入を見合わせなければならなくなりました。これは何を示すのでしょうか。

英国政府は29日、情報局が収集した資料を議会に提示し、「化学兵器が使用されたことは間違いなく、アサド政権がこれを行った『可能性が極めて高い』」と説明。そのうえで、化学兵器の使用が「非人道的な行為」であることから、国際法上これを阻止するために「異例の措置」をとることができるとも述べました。中ロの反対を念頭に、国連安全保障理事会の決議が得られなくても、[jp.reuters.com/article/topNewhttp://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTYE97S09Z20130829s/idJPTJE97S02620130829?rpc=188 介入が正当なものだと主張]したのです。

ところが、僅差とはいえ、政府提案は議会で否決されたのです。この背景には、英国世論の反応があります。世論調査によると、ミサイル攻撃に限定したとしても、これに賛成する英国市民は25パーセントであるのに対して、反対は50パーセントにのぼります。

英国議会の拒絶は米国政府を動かすか

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金融危機の後、英国では投資額にみられる景気の浮揚は限定的で、失業率も8パーセント前後を推移しています。この経済状況で、戦費を増加させることへの警戒があることは確かでしょう。

しかし、それに加えて2003年イラク攻撃が、多くの英国市民の脳裏をよぎっているとしても、不思議ではありません。「フセイン政権が大量破壊兵器を保有している証拠がある」というCIA報告のもと、米国主導で展開されたイラク攻撃に、英軍は行をともにしました。しかし、結果的に大量破壊兵器は発見できず、これを受けて当時のブッシュ大統領は戦争の大義を、「独裁者を打ち倒した」に急遽変更。2001年同時多発テロ事件でショック状態にあった米国市民からでさえ批判がでるなか、英国で政府に対する批判が噴出したことは、当然と言えば当然です。当時、やはり米国による攻撃を支持した小泉首相は「ブッシュのポチ」とも揶揄されましたが、英国首相だったブレア氏は「ブッシュのプードル」と呼ばれたことに、同様の発想を見出すのは私だけではないでしょう。ともあれ、ブレア政権は「第三の道」と呼ばれる社会保障改革などで成果をあげながらも末節を汚すことになったのです。

もともと、第一次世界大戦後に超大国としての衰退が決定的になった英国は、その後「力は強くなったが頭の弱い巨人」を乗りこなすことで、自らの存在感を保つ外交方針をとってきたといわれます。それはしかし、多くのシーンで米国と行動をともにすることになり、特に2000年代に入ってイラクやアフガニスタンで泥沼の戦闘に付き合わざるを得なくしました。今回の政府案の否決は、米国の行動原理がなんであれ、力で押す米国に付き合い続けることに、多くの英国市民が拒絶反応を示すようになるなか、米国との外交関係を重視する政府との温度差が明らかになったものといえるでしょう。

英国の「離脱」を受けて、米国政府の報道官は「英国との協議を続ける」としながらも、「(自らがレッドラインとして設定してきた)化学兵器使用を認めるわけにいかない」という立場を改めて示したうえで、「何が米国にとって最大の利益なのかを考えて判断する」と発表。多少の意訳を含めて翻訳すれば、「狭い意味での『自国の利益』とは戦闘に関与せず、被害や非難を受けないことだが、超大国たる米国にとっては『化学兵器使用に関する国際的な規範』を守るために、その地位に相応しい行動をとることに、最大の利益がある」という趣旨になると思われます。その自己認識に関する評価はともあれ、少なくとも米国政府は英国抜きでも軍事行動を起こす可能性があることを示したとみるべきでしょう。

珍しいコンビは機能するか

ところで、これによってフランスの存在が米国にとって大きくなってきていることは、皮肉といわざるを得ません。

フランスはドイツとともに、2003年イラク攻撃に最後まで反対し、これが米国政府だけでなく、米国市民の不興をも買いました。米国政府高官が仏独を「古い欧州」と酷評し、米国国内で「フレンチポテト」が「フリーダムポテト」と改名されたことは、その象徴でした。

英国とは対照的に、第二次世界大戦後のフランスには、西側先進国でありながら時に敢えて米国と対決し、これによって自らの存在感を保つ姿勢が顕著です。消費量を上回る農業生産量を保っているだけでなく、原子力発電によるエネルギー自給にこだわるのも、独立性を保つ国家戦略という文脈から理解できます。これに加えて、前任のサルコジ大統領は保守政党である国民運動連合の支持を受け、新自由主義的な経済政策を採用し、NATOの軍事部門に復帰するなど親米的なスタンスが見受けられましたが、現在のオランド大統領は革新政党である社会党を支持基盤としています。つまり、現在のフランス政府は必ずしも米国政府に好意的とは言えないのです。

ところが、このフランスが、いまや米国政府にとって最大のより所になりつつあります。英国は国連安保理での決議など、外交的アプローチで反アサドの圧力を強めるでしょう。しかし、少なくとも軍事介入においては、第一線から抜けることがほぼ確実です。米国政府からみて、「忠実な相棒である英国」が頼りにならないなか、「反対ばかりする可愛げのないフランス」が、少なくとも軍事行動で足並みを揃えてくれる数少ないパートナー候補になる状況なのです。この組み合わせがスムーズに動くためには、結果的に両者を仲介する英国が果たす外交的役割も大きくなるとみられます。

オバマ政権のジレンマ

しかし、フランス政府もやはり、国際的には介入をアピールしながらも、国内的にこれを正当化することに苦慮しています。シリアはかつて、フランスの植民地でした。そのため、フランスは米英とは異なる権益や人的関係をシリアにもっています。これもあって、オランド大統領は「アサド政権を罰する用意ができている」と、軍事行動に積極的な姿勢を示していることは、不思議ではありません。しかし、世論調査では、フランスでも攻撃反対(59パーセント)が賛成(41パーセント)を上回っています。

国内世論にフランス政府がいかに反応するかは予断を許しません。しかし、仮にフランス政府も軍事介入から後退するとなったときでも、米国政府はほぼ単独ででも、ミサイルなど空爆を中心とする短期間の軍事介入を行うとみられます。それは、先に述べた「最低限の国際規範に抵触した国を放置することはできない」という観点だけでなく、オバマ大統領がこれ以上の任期のない二期目にあることからもいえます。つまり、オバマ政権は国内政治上のリスクによる拘束が弱く、(米国政府の言い分によれば)規範意識に基づく行動がとりやすい状況にあるのです。

とはいえ、それはイラク攻撃を強行したブッシュ政権の「単独行動主義」を批判し、国際協調を重視するスタンスを示してきたオバマ政権にとってのジレンマでもあります。そのため、オバマ大統領にしても軍事介入を回避できるに越したことはありません。したがって、現在の米国政府は「軍事介入も辞さない」姿勢を崩さず、そしてそれを外交上のカードとして用いることで、英仏とともに国連での攻勢を強め、中ロとの妥協を模索する最中にあるといえるでしょう。ただし、それが奏功しない場合、軍事介入が行われる可能性は、極めて高いとみられるのです。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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