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ジャニーズ被害者への「補償」どうなる? 仏カトリック性暴力事件から見る問題の難しさ

プラド夏樹パリ在住ライター
記者会見するジャニーズ性加害問題当事者の会(写真:ロイター/アフロ)

創業者の故ジャニー喜多川氏の加害問題を受け、ジャニーズ事務所は10月の記者会見時点で被害を申し出ているのは478人、そのうち325人が補償を求めていると明らかにした。

加害者が故人となっている場合、または公訴時効になっている、あるいは加害を見て見ぬ振りする環境が構造的にあった場合の性犯罪の補償を考える時に参考になる一つの例がある。欧米で近年になってやっと告発されるようになったカトリック教会内における大量な性犯罪事件だ。

カトリック教会内事件の特徴と類似点

カトリック教会内における神父による性暴力事件の特徴として次のようなものが挙げられる。

・指導的な立場にある聖職者である神父による、未成年男子への加害が多い。

・加害者はすでに故人となっていたり、事件は時効になってたりするケースが多い。

・長年にわたって告発してきた被害者もいたが、本質的に男性社会であるカトリック教会という多様性に欠けた構造の中でもみ消されたケースが多い。

カトリック教会における神父による性暴力事件は世界中、特に欧米国で明るみに出ていて、各国のカトリック教会がそれぞれ個別に調査・補償を行なっている。そこで、私が暮らすフランスではどのように調査しているのか、また、欧州国の中では補償金額が比較的高めであるフランスはどのようなプロセスで補償をしているか、その金額はいくらか、また、それに対する被害者の意見についてお知らせしたい。

フランスでは2年半かけた独立調査が2500ページの報告書に

近年の性暴力告発の波の中で、2019年、フランスのカトリック教会司教会議の要請で「教会内性暴力に関する独立調査委員会」(以下CIASE委員会) が立ち上げられ、2年半かけて被害者・加害者の話を聞き、事実を調査、報告書を作成して全国レベルでの被害の大きさを査定した。

調査委員22人は男性12人と女性10人。委員長は国務院元副院長、その他、家庭裁判所元裁判長、弁護士、精神科医、心理学者、人類学者、社会・人口学者、教会法学者、神学者、歴史学者、虐待専門家と広い分野の専門家から構成され、全員がボランティア、独立性を重視して教会関係者も被害者も含まなかった。

調査対象となったのは、1950年から70年間にわたって起きていた教会内性暴力で、これらの事件を被害者学・歴史学・社会学的観点から調査・分析をし、約2500ページ(485ページの分析と2000ページの付録)の報告書を作成した。ちなみに、フランス司教会議がこの調査のために支払った金額は、事務所賃貸料も含めて総額350万ユーロ(約5億5千万円)。調査・分析にかかった総時間数は2万6千時間。その後、報告書はオンラインで公表されており、証言を含めたすべての記録、分析、報告書は国立古文書館に保管され、研究者は閲覧することができる。

被害者は推定33万人。認定は2700人

実際にCIASE委員会にコンタクトし被害者として認定されたのは2700人だが、同委員会は、この70年間で教会内での性犯罪被害者総数は約33万人(聖職者による加害を受けたのは21万6千人。その他は教会内のボランティアやカトリック系学校の教師などによる加害)と推定した。同委員会が国立健康・医学研究所(Inserm)に依頼して、一般社会全体を対象にした性犯罪に関する統計をとり、その結果をもとに被害を申し出なかった人の数を推定して算出したもので、全体像を把握するのに重要な数字だ。

調査のプロセスは、まず、メディアを通して証言を募り、希望者は電話、メール、手紙で被害者センターにコンタクトした。メール、自筆の手紙、自費出版した原稿や詩を送ってきた人もいたという。次に、彼らにまずは匿名という条件で40から50の質問に答えてもらい、その後、希望する人々には委員と面会し証言する機会を設けた。

被害者に交通費を負担させない、話を遮らない

注目したいのは、「被害者に交通費を負担させないように」という配慮から、被害者の居住所に近い街に男女2人の委員が出向き、教会とは無関係な場所、例えば、市役所の一室など中立性のある場所を面会所に指定し、証言を聞いたという点だ。多くの場合は、告発というよりも、「誰にも言えなかった秘密から解放されたい」という人だったという。証言することで、「被害者という立場から脱して証人になれた」と言った人もいるという。報告書の中では当事者の承諾があった証言のみが公表されている。

証言を聞くにあたっては、委員たちは、決して話を遮らず、「時間はいくらでもあります。最後までお聞きします」と言って、とことん被害者の話を聞くという姿勢に徹したという。これまで誰にも話したことがなかった自分が受けた性暴力を話すのは難しく、言葉を探しながら、封印していた記憶を掘り出すように途切れ途切れに話す人もいるので、3、4時間かかったこともあるという。

教会資産売却で補償

被害者総数約33万人という上記の報告書は、国全体を動揺させたと言っても言い過ぎではないだろう。報告書の発表と同時に、フランス司教会議は未成年時に教会内で性犯罪を受けた被害者を対象に「認定と賠償のための独立機関」(INIRR)を設置した。

教会は不動産・動産を売却し、司教たちは個人的な貯金を引き出して集め、総計約2千万ユーロ(2022年1月調べ 約31億5320万円)をもとにして被害者補償を目的とする基金が設立された。司教会議は、そのうち500万ユーロ(約7億8830万円)を被害者の補償金に、100万ユーロ(約1億5766万円)を性暴力防止と事件を記憶するキャンペーンのために利用することを定めた。一時は、信者がミサで捧げる献金からという意見もあったが、さすがにこちらは取り下げられた

2023年3月の発表によると、補償を求めているのは1186人だがその数は毎月増えており、認定が追いついていない状態だ。

10段階による被害認定と賠償内容に意見は二分

被害認定だが、まず被害とその結果引き起こされた精神的・身体的苦痛、それに加えて被害通報を受けた教会側が示した対応の程度も含めた全てが、10段階で評定される。例えば、露出行為は1/10、数回にわたるレイプは10/10と判断される。

こうした被害の認定と賠償に対して、被害者団体の意見は二分されている。「Parler et Revivre(話して再生する)」という団体の会長オリヴィエ・サヴィニャック氏は、「被害通報を受けた後の教会側の対応を評価の対象に入れたのは良いことだと思う。教会は犯罪を隠蔽したのか、あるいは何らか操作したのかを知りたがっている被害者は多いからだ」と言う。しかし他団体からの「金銭的な賠償以外に、より多くの時間を割いて被害者の声を聞いてほしい」という声もある。

リヨン市司教区で10数人の未成年者に対する性的犯罪を繰り返していた元神父を告発した被害者団体の「La parole libéré(解放された言葉)」の元会長のドヴォー氏は「数回のレイプなら10/10。でも1回のレイプなら5/10というのは納得がいかない。このような甘い認定にはかえって怒りが増す」としている。

償いとはどうあるべきなのか?どのように金額に変換するのか?

しかし、補償を求めている人々のほとんどは被害をどのように金額に変換すれば良いかがわからないという。これまでに支払われた補償額の平均は3万7千ユーロ(約583万円)。上限額6万ユーロ(約946万円)が34%の補償希望者に支払われた。これはドイツやベルギー、スイスでのカトリック教会内性犯罪事件で教会側が支払った補償額よりは高い金額だが、パリ市内で駐車場3台分ほどをやっと購入できる金額でしかない。「何十年も続いているうつ病、それに対するセラピーの費用などを考えるととても十分とは言えない」という被害者もいる。

事実認定、謝罪、被害者への救済と補償を求めているジャニーズ性加害当事者の会の会員を「金目当て」とバッシングするようなことも起きているが、私たちは、補償とはいったいどうあるべきなのかを、償いの本当の意味とは何かを、新たに考え直す時にきているのではないだろうか?

【この記事は、Yahoo!ニュース エキスパート オーサーが企画・執筆し、編集部のサポートを受けて公開されたものです。文責はオーサーにあります】

パリ在住ライター

慶応大学文学部卒業後、渡仏。在仏30年。共同通信デジタルEYE、駐日欧州連合代表部公式マガジンEUMAGなどに寄稿。単著に「フランス人の性 なぜ#MeTooへの反対が起きたのか」(光文社新書)、共著に「コロナ対策 各国リーダーたちの通信簿」(光文社新書)、「夫婦別姓 家族と多様性の各国事情」(ちくま新書)など。仕事依頼はnatsuki.prado@gmail.comへお願いします。

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