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女子プロレスラー 乳がんステージIVからの挑戦〈後編〉

藤村幸代フリーライター
1月8日、20周年興行に臨む女子プロレスラーの亜利弥`(撮影:田栗かおる)

〈リングでの闘いを通して伝えたいこと〉

女子プロレスラー、亜利弥`(ありや・42)が、乳がんステージIVの病状をおしてリングに立とうと思ったのには理由があった。

2016年、亜利弥`はデビュー20周年を迎える。節目の年に自主興行を開き、その大会をもって引退しようと考えていた。

それに、以前は「強く、健康でなければリングに上がってはいけない」と思っていたが、ネットを通して同業の垣原賢人やフットサルの久光重貴ら、病と闘うアスリートの存在を知り、勇気をもらっていた。「私も同じように、誰かを勇気づけることができたら」。彼らとの交流を通して、そう思い始めてもいた。

「乳がんは検診に行くことだけではなく、病院選びも大切ですよ」

「がんとの付き合い方は人それぞれ。ステージIVと診断されても、私のように好きなことをやって、うまくがんと付き合っている人もいますよ」

自身の経験をもとに、そんなことも伝えられたらと思った。

〈「桜は見られない」という医師の言葉に〉

リング復帰に、当然、主治医は反対した。

「人と肩がぶつかっただけで、骨折する可能性もある。自宅で安静にしていなさい」

それでも頑として譲らず、最後は熱意だけで「じゅうぶん気を付けてやりなさい」という言葉を引き出した。

デビューは1996年4月14日だから、自主興行は4月と決めていた。「私はそれまで生きられますか」。医師に質問すると、覚悟していたとはいえ、返ってきた答えは厳しいものだった。「今のスピードで転移が広がると、呼吸中枢を刺激する可能性も高い。おそらく、桜は見られないでしょう」

亜利弥`は、すぐに言葉を返した。

「そうですか。でも、私は桜が散るのを見ます」

医師との押し問答の末、自主興行は今の体調がぎりぎり維持できるであろう1月に決めた。悔しいが、これだけは妥協せざるを得なかった。

「このポスター、私は小さくてよかった。主役はレスラーの皆さんなので」と亜利弥`
「このポスター、私は小さくてよかった。主役はレスラーの皆さんなので」と亜利弥`

〈大御所レスラーたちが参戦を快諾〉

「ドクターストップがかかっているなら、やめたほうがいいんじゃないか」。幼なじみのプロレスラー、田中将斗はそう提案したが、亜利弥`の思いの強さを知ってからは全面的に協力してくれた。

田中の仲介で、憧れの大仁田厚にも出場を打診した。

「がんを公表するからといって、同情を引こうとか、お涙ちょうだいのチャリティ興行にしたいわけじゃないんです。お祭り騒ぎの20周年興行をやりたいんです」

思いの丈をぶつけると、大仁田は言った。

「だったら参戦してやるよ」

フェイスブックでの告白に、真っ先にメッセージをくれた大先輩、ダンプ松本も参戦を快諾してくれた。子宮頸がんを患った経験を持つミス・モンゴル(上林愛貴)は「これから一緒に乗り越えよう」と言ってくれた。「一緒に」という言葉が心に響いた。

恩師、ジャガー横田には乳がんのことをなかなか伝えられずにいた。“出来の悪い”弟子だけに、これ以上心配をかけたくないと思ったからだ。出場オファーと共に病気のことを伝えると、「知ってたよ。あんたから言ってくるのを待ってた」

実は、医師から手術を勧められた時、決断できずにジャガーの夫、木下博勝医師に電話で相談していた。それ以来、夫婦で病状を案じてくれていたに違いなかった。

〈元気な体でリングを降りるのも私の使命〉

大会は1月8日、新木場1stRINGで開催する。

その病状で闘えるのか、受け身が取れるのか。もし聞かれたら、胸を張ってこう言おうと亜利弥`は思っている。

「私には、20年間のプロレスラーとしての歴史があります。その歴史のなかで得た力を信じて、基礎を全うしたいと思っています。元気な体でリングを降りるのも、私の使命です」

20年間で得た財産は、技術だけではない。今回、参戦してくれるプロレスラー全員が、メール一本で快く引き受けてくれた。手弁当さながらに、運営を手伝ってくれている人もいる。チケットを買った人の中には、デビュー以来応援し続けてくれているファンもいる。

関わってくれた全ての人たちのためにも、元気に闘い、笑ってリングを降りたい。そんな自分を見て、同じステージIVのがんと闘う人たちが、「試合までやっちゃうなんてバカだねえ」と笑ってくれたら、もう最高に嬉しい。そんなことを考えながら、亜利弥`は試合を心待ちにしている。

本当は、この興行をもって引退と考えていたが、「乳がんを克服して復帰する」という、新たな目標ができただけに、引退の時期はまだまだ伸びそうだ。

「桜が散るところ、絶対に見てやるぜ」

そう心に決めて、1月8日は誰よりもリングを楽しもうと、亜利弥`は思っている。

女子プロレスラー 乳がんステージIVからの挑戦〈前編〉

『亜利弥’デビュー20周年記念大会To Live~Wonderful Friends~』

日時:2016年1月8日(金)

開場:18:30 開始:19:00

会場:東京・新木場1stRING

〈試合カード〉

■メインイベント 亜利弥’20周年記念試合 30分1本勝負

ストリートファイトシックスメンタッグ・亜利弥'スペシャルデスマッチルール

大仁田厚&ダンプ松本&ミス・モンゴルvs田中将斗&菊タロー&亜利弥’

■タッグマッチ 30分1本勝負

怨霊&関本大介vs葛西純&岡林裕二

■タッグマッチ 30分1本勝負

バラモンシュウ&バラモンケイvs宮本裕向&竹田誠志

■タッグマッチ 30分1本勝負

ジャガー横田&ドレイク森松vs藪下めぐみ&賀川照子

■タッグマッチ 30分1本勝負

佐野直&神威&田村和宏vs鈴木鼓太郎&木藤裕次&兼平大介

■邪道軍提供試合 タッグマッチ 30分1本勝負

雷神矢口&ピエロ&雷電vs保坂秀樹&パンディータ&ウルトラセブン

※18時45分より久光重貴さんと上林愛貴(ミス・モンゴル)、亜利弥'にて癌についてのトークショーを予定(久光さんは体調により参加は当日決定)

<お問合せ>

亜利弥事務局

070-6408-5078

フリーライター

神奈川ニュース映画協会、サムライTV、映像制作会社でディレクターを務め、2002年よりフリーライターに。格闘技、スポーツ、フィットネス、生き方などを取材・執筆。【著書】『ママダス!闘う娘と語る母』(情報センター出版局)、【構成】『私は居場所を見つけたい~ファイティングウーマン ライカの挑戦~』(新潮社)『負けないで!』(創出版)『走れ!助産師ボクサー』(NTT出版)『Smile!田中理恵自伝』『光と影 誰も知らない本当の武尊』『下剋上トレーナー』(以上、ベースボール・マガジン社)『へやトレ』(主婦の友社)他。横須賀市出身、三浦市在住。

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