熱海の土石流 梅雨前線と"隠れ"線状降水帯が発生していた
7月3日(土)午前10時30分ごろ、熱海市伊豆山地区で大雨による大規模な土石流が発生しました。今回の大雨の特徴は短時間豪雨ではなく、長時間強い雨が続くパターンです。しかも、「線状降水帯発生情報」の基準には達していなかったものの、”隠れ”線状降水帯が現れていました。
土石流をもたらした大雨の要因
土石流の特徴は大量の土砂と水が一緒に流れ落ちてくる事で、普通の洪水とは比べ物にならないくらい破壊力を持っています。また災害現場は谷沿いになっており、地形や火山灰土質の影響が災害規模を大きくしたことは間違いありません。
そして直接の原因になった大雨ですが、この大雨はどのようなメカニズムで引き起こされたのでしょう。
まず一つは梅雨前線が関係しています。
ふつう前線というのは暖かい空気と冷たい空気の境目の事です。暖かい空気が強い場合は「温暖前線」冷たい空気が強ければ「寒冷前線」と言います。ところが暖かい空気と冷たい空気が同じくらいの勢力だと、前線は移動することが出来ずに、ほぼ、同じ場所に停滞する事になります。
これを「停滞前線」と言いますが、これが梅雨時に現れたものを、梅雨前線と呼んでいるわけです。
つまり梅雨前線と停滞前線は同じもので、長い時間にわたって大雨を降らせるという特徴があります。
前線はある意味空気の壁のようなものですから、南海上から次々と湿った空気が送り込まれ、その壁に当たって上昇気流、すなわち継続的に雨雲が作られる事になります。
今回は、停滞していた前線上にキンク(風が収束する場所)ができ、そこに向かって南海上から非常に湿った空気が流れ込み続けていました。またそのキンクの動きが遅く、より長時間、雨を降らせたと考えられます。
長時間「豪雨」
豪雨には、短い時間に80ミリとか100ミリとか激しい雨を降らせるものと、長時間にわたって中程度の雨が続くタイプとがあります。
上の図は箱根の6月30日午後からの三日間の雨量です。
棒グラフは1時間雨量ですが、これを見ると強い所でも1時間に30~40ミリ程度、期間を平均すると10ミリほどで、特別激しい雨というわけではありません。ところが72時間の合計は800ミリを越えており、これは7月の降水量の1.9倍にもなります。つまり今回の豪雨は、やや強い雨がずっと続いたと言えます。
また、箱根でこれまで記録に残っている大雨はほぼ台風の影響によるもので、前線単独でのこれだけの雨量は過去に例がありません。今回の大雨のパターンはかなり珍しいとも言えるでしょう。
”隠れ”線状降水帯発生 解析雨量とは何か
改めて棒グラフをよく見ると、7月3日(土)の午前2時~3時頃に、突出してグラフが伸びています。(赤丸部分)
この時間の解析雨量図が、右の図です。
実は、雨量と一口に言いますが、実際にどこにどれだけ降ったのかを把握するのは簡単ではありません。
雨量計は正確ですが、その場所の雨量しか知ることが出来ません。またレーダーは、雨粒に電波を当てて、その反射で雨域を見ますから面的な情報を得る事ができます。しかし、一方で雨量計に比べると精度が落ちます。
したがって、レーダーによる観測を、地上にある雨量計で補正すると、より精度の高い面的なデータが得られます。これが解析雨量図で、今回の場合も、見かけ上は線状降水帯をとらえています。
ただ、今年6月から始まった「線状降水帯発生情報」では、対象面積(500平方キロ以上)や3時間降水量が150ミリ以上などの基準があります。(上図参照)
今回はその基準のうちのひとつ「3時間降水量最大150ミリ」が達していなかったので情報発表は見送られましたが、残りの3つに関してはすべてクリアしており、危険な状態が上積みされていたと言えるでしょう。いわば、”隠れ”線状降水帯が発生したと考えられます。
情報の精度と防災
今回の大雨に関して、箱根では予想をはるかに上回る雨量になりましたが、静岡県内は7月1日の時点で、単純計算ではあるものの総雨量500ミリ前後になる、と予想しており、事前に予測できていたと言えるでしょう。また2日(金)午後0時半には、気象庁と静岡県は熱海市に土砂災害警戒情報(レベル4 避難相当)を発表して、危険な場所からの避難を呼びかけていました。
ここで重要な事は、どんなに気象情報の精度が上がっても、完全に災害を防ぐには限界があるという事です。しかも今回の土石流の発生は、一連の大雨が降り終わった後に起きており、気象災害の危険は突然やってくることを改めて思い知らされました。
まだなお行方不明の方々の一刻も早い救出をお祈りします。