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従業員が「受動喫煙」から守られるべきは「飲食店」も例外ではない

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 突然の解散総選挙で宙ぶらりんになった形だが、各省庁はすでに2018(平成30)年度の予算概算要求を作成している。飲食店の喫煙室設置など受動喫煙防止対策を目的として55億円を要求する予定の厚生労働省は、屋外に公共喫煙所を設置する自治体に財政的な支援をするための予算をこれに含ませた(※1)。

客は飲食店の禁煙を望んでいる

 受動喫煙防止強化については飲食店業界からの抵抗も根強く、その理由は喫煙者の客離れに対する危機感が大きい。中小の飲食店や事業所などに対しては、喫煙室を作っての分煙が厚生労働省の折衷案だが、そのための費用をこれまで助成してきてもいる(※2)。

 また、東京都は現在、従来よりも厳しい受動喫煙防止条例を年度内に都議会へ提出しようとしている。この条例案によれば、飲食店やホテル、事業所などは原則として屋内禁煙(喫煙専用室設置可)となっていて、利用者や従業員の受動喫煙を防ぐことを目的にして違反した喫煙者や施設管理者に対する罰則の適用も導入する。ただ、バー、スナック等について特例として「面積30平方メートル以下で、従業員を使用しない店、又は全従業員が同意した店、かつ未成年者を立ち入らせない店」は「利用者が選択可能な掲示を義務づけた上で、喫煙禁止場所としない」となっている。

 この都条例に関しても30平方メートル以上の飲食店などから反発が予想されるが、東京都の分煙施設助成金制度は主に外国人旅行者向けの宿泊・飲食施設に向けたものだ。喫煙室の設置には費用がかかるのは当然だが、そもそも狭い店内にそんな余地などない店も多い。

 筆者の意見は、飲食店などは業種業態に面積に関係なく、全て禁煙にすれば喫煙室や換気設備などが必要なく問題は解決する、というものだが、民間のリサーチ会社(インテージリサーチ)の意識調査でも、約8割の人が飲食店における受動喫煙防止の取り組みに賛成し、喫煙者でも18.4%が飲食店などでの完全禁煙化に賛成しているようだ(※3)。

 受動喫煙が、肺がん、心血管疾患、呼吸器疾患などに関係するということは、以前のいくつかの記事で書いているのでここでは繰り返さない。また、飲食店などで受動喫煙防止の禁煙措置をしても経営に悪影響を及ぼすことはほとんどないこともわかっている。

禁煙にしても経営には影響ない

 飲食店の受動喫煙防止対策と経営への影響については、米国での調査がすでに多く積み上がっていて、例えば、2000年から2010年にかけての調査によれば事業収入に悪影響を及ぼさないことが確認されている(※4)。同じような例は枚挙にいとまがないが、実際、WHO(世界保健機関)の事務局長マーガレット・チャン(Dr. Margaret Chan)も2017年3月29日の書簡で「禁煙政策はレストランやバーなどにマイナスの影響はないとされている」とし「経営にプラスの影響をもたらすこともある」と言っている。

 日本におけるファミリーレストランのチェーン店に対する調査研究でも、全ての客席を禁煙にした店舗のほうが分煙化した店舗より営業収入が増加した、という事例がある(※5)。この調査では、同一ブランドで全国展開しているファミリーレストランチェーン253店舗のデータにより、同じ時期に禁煙化と分煙化という異なった改装をした店舗の差を比較している。

 この調査をした研究者は、ファミリーレストランという業態のため、子どもを含む家族連れが禁煙化された店舗を積極的に選んだのではないか、と推測し、店長の見解として長居する喫煙男性客が減った代わりランチ目的の女性客が増え、平日利用客が減少した代わり終末の家族連れが増えた、という観察も紹介している。

 飲食店では客に対するものと同時に接客をする従業員の健康への悪影響も考慮に入れるべきということは、ほかの事業所における受動喫煙防止対策と同じだ。これについて最近、南米チリの調査研究が英国の医学雑誌『British Medical Journal』(BMJ)に出た(※6)。

飲食店の従業員も受動喫煙から守る

 チリの喫煙率は男女ともに高い(男女29.8%、※7)。この調査では、チリのバー、パブ、レストラン690店舗の中から207店舗を選び、非喫煙者の従業員がいて経営者の了解が取れ、調査条件を満たした59店舗から、92人の非喫煙従業員のFVC肺活量、コチニン、健康状態、就業歴、調理場か店かの受け持ち場所、受動喫煙の時間などを測定した(※8)。

 その結果、受動喫煙により長くさらされた従業員の肺機能は、そうでない従業員より低下していることがわかった。特に、受動喫煙にさらされる年数は、ほぼ1年長くなるごとにFVC1肺活量が約200mL減るようだ。200mLは肺活量の再現性の判断基準にもなっているが、一方で尿中のコチニン濃度と肺機能の逆相関の有意な証拠は見つけられなかったらしい。

 また、キッチン内で働く従業員のほうが、接客の従業員よりも肺機能が低下する傾向にあることもわかった。研究者によれば、これはキッチン内のタバコ以外の空気汚染が影響しているのではないか、ということだ。この調査の対象者は勤続年数が中央値で1年と若い従業員が多く、受動喫煙の影響がまだ明らかに出ていなかったのかもしれない、ともしている。

 いずれにせよ、飲食店の非喫煙従業員を対象にした受動喫煙の影響分析研究は、これまでほとんどなかった。この研究により、受動喫煙にさらされる非喫煙者の従業員はそうでない従業員に比べ、肺機能が落ちることがわかった。また、ニコチンの代謝物である尿中のコチニン濃度は、受動喫煙にさらされる職場の従業員で38.1ng/mL、禁煙の職場の従業員で4.1ng/mL、その中間が12.5ng/mLであり、明らかに受動喫煙により非喫煙者もニコチンを体内に入れ込んでいることがわかる。

 厚生労働省の指導で、全国の事業所では分煙化や禁煙化が進んでいる。2015(平成27)年6月1日から職場の受動喫煙防止対策は事業者の努力義務にもなっている。飲食店という職場環境も同じ事業所で例外ではなく、従業員を受動喫煙から守るのは経営者の義務でもあるのだ。

※1:厚生労働省:平成30年度予算概算要求の概要:飲食店等における喫煙専用室等の整備に対する助成や自治体が行う公衆喫煙所の整備への支援、国民や施設の管理者への受動喫煙防止に関する普及啓発を行う。

※2:厚生労働省:受動喫煙防止対策助成金:喫煙所や換気装置などの設置費用を上限200万円で助成する。

※3:株式会社インテージリサーチ、[http://www.intage-research.co.jp/service/report/20170419.html「 2017年4月19日のニュースリリース、全国1万人の飲食店禁煙化に関する意識調査〜8割が受動喫煙防止の取り組みに賛成。全国で求められる禁煙化」。対象:全国20歳以上69歳までの男女個人、インターネット調査1000サンプル。調査期間:2017年3月30日〜3月31日。

※3:喫煙者で飲食店などでの完全禁煙化賛成の18.4%の内訳は「大変良い取組だと思う」16.7%と「小規模店こそ分煙が難しいのだから、完全禁煙にするべきだと思う」1.7%の合計。

※4:Ellen J. Hahn, "Smokefree Legislation: A Review of Health and Economic Outcomes Research." American Journal of Preventive Medicine, Vo.39, Issue6, 2010

※5:大和浩、太田雅規、中村和正、「某ファミリーレストラングループにおける客席禁煙化前後の営業収入の相対変化〜未改装店、分煙店の相対変化との比較」、日本公衛誌、第61巻、第3号、2014

※6:Javiera Parro, et al., ".Secondhand tobacco smoke exposure and pulmonary function: a crosssectional study among non-smoking employees of bar and restaurants in Santiago, Chile" BMJ Open, Oct, 15, 2017

※7:男性33.7%、女性26.0%。OECD, "Health at a Glance 2015." ,2015

※8:男女、中央値35歳、雇用期間の中央値1年、非喫煙従業員。FVC肺活量はCOPD:慢性閉塞性肺疾患の評価、尿中のコチニンはニコチンの代謝物で受動喫煙を評価する。

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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