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【スピードスケート】高木菜那が銀! 平昌五輪の新種目「マススタート」の極意と魅力

矢内由美子サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター
16-17スピードスケートW杯長野大会女子マススタートの様子。大勢が一斉に滑る(写真:アフロスポーツ)

■菜那「2人の力、チームの力で取ったメダル」

来年の平昌五輪が開催されるリンクで、2月9日から12日まで開催されたスピードスケート世界距離別選手権。平昌五輪の新種目として採用された「マススタート」で銀メダルを獲得した高木菜那(日本電産サンキョー)が、まっさきに口にしたのは、2歳下の妹・高木美帆(日体大)と、日本チームへの感謝だった。

菜那は言った。

「妹が最後の2周のレースをつくり、ラスト1周で自分が仕掛けるという、作戦通りの展開だった。チームとして、今回は自分がメダルを取りに行くという作戦だったので、妹の力があってのメダルだったと思う。2人で、日本チームで、メダルを取ることができた」

この言葉から伝わるのは、マススタートは個人種目でありながらも、2人1組でのチーム戦略が極めて重要になるということだ。自転車競技とも共通する戦い方である。

妹の美帆は、レースで一時は先頭に立ちながら、最終周で他国選手の転倒に巻き込まれて21位に終わったが、レース後は笑みを浮かべていた。姉の菜那を祝福する意味合いと同時に、狙い通りのレース展開をつくったことへの自画自賛もあったのだろう。

見ていても面白みのある新種目のマススタート。1年後の平昌五輪で勝つには、どのような要素が必要なのだろうか。

■スピードスケート+ショートトラック+自転車競技

平昌五輪スピードスケート会場(江陵スケートオーバル)
平昌五輪スピードスケート会場(江陵スケートオーバル)

マススタートとは、20人前後(世界距離別選手権では24人)が一斉にスタートし、ショートトラックと同じようにレーンの区別なく滑って争うレースだ。W杯や世界選手権、五輪には各国から最大で2人が出場し、男女ともに16周(6400m)を滑る。レース中、最終スプリントに加えて3回の中間スプリントのポイントが与えられ、ポイントと速さで順位が決まる。

(※ポイントの詳細は文末に掲載)

特に必要とされるスキルはリンクの最も内側のきついコーナーを回る技術や、駆け引き、レース展開力などであり、ショートトラック出身にメリットの多い種目だとされている。韓国にはショートトラック出身選手が多く、平昌五輪から正式種目に採用されたのは、なるほどという流れだった。

一方で、ショートトラック出身者がほとんどいない日本勢も、マススタートには積極的に取り組んでいる。それは、戦略次第で勝つチャンスが多いと見ていることと、競技の面白さが理由だ。

マススタートの魅力はどこにあるのか。選手たちが口をそろえるのは、「何が起こるか分からない」「誰がどのタイミングでどこで出てくるかが分からないのも含めて、駆け引きの面白さがある」ということだ。

■美帆が「アタッカー」役となり、「スプリンター」役の菜那を勝たせるという戦略だった

今回の世界距離別選手権の女子マススタートには、菜那と美帆の高木姉妹がエントリーした。

24人が一斉にスタートを切ると、レース序盤は菜那が先頭から7、8番手の好位置をキープし、美帆は隊列の後方につけて全体の流れをうかがった。レース途中からは美帆が単騎で仕掛けて先頭に躍り出た場面もあったが、菜那は決して前へ出ることなく、風圧を避けながら末脚を温存した。

隊列の前方と後方に分かれて滑っていた高木姉妹が合体したのは、残り6周となった11周目からだ。美帆が前、菜那が後ろで全体の6、7番手あたりの位置取りをキープ。そして、2人がそろって仕掛けたのは残り2周だった。

2人は一気にスピードを上げて、先頭に美帆、ピタリとすぐ後ろの2番手に菜那。その後は、2人を追い抜かそうと、全選手がマックスのスピードで滑り、順位がめまぐるしく変わる。

菜那が美帆の前に初めて出たのは残り1周。菜那のラストスプリントは素晴らしく、最後に韓国選手にかわされはしたものの、僅差の2位でゴールした。想定外のことが頻発するマススタートで、日本は狙い通りにメダルを獲得したのだ。

記者会見の席で、菜那は強調した。

「マススタートはチーム種目。1人では絶対に勝てない。各国最大2人出られる中で、2人でどうやってメダルを取っていくかという戦略が必要になる。メダルを取った選手が評価されがちだが、『アタッカー』が前を追いかけてくれたり、レースをつくってくれるお陰で、(『スプリンター』の自分が)最後まで足をためて、ラスト勝負ができる。2人いてのマススタートだと思う」

日本チームで現在、「アタッカー」の役割を担っているのが美帆だ。中長距離勢の中では最も短距離のスピードがある。美帆より長い距離を滑った後に末脚を見せることができるのが「スプリンター」役を任された菜那。ナショナルチームのヨハン・デビットコーチの戦略は、美帆をアタッカーとし、まずは菜那を勝たせ、あわよくば美帆も表彰台を狙うというものだった。

■日本女子は誰が出てもメダル候補

今回はレース終盤の他選手の転倒に巻き込まれて21位に終わった美帆だが、昨年の世界距離別選手権で銅メダルを獲得していることからも分かるように、展開次第では表題に上がる実力がある。

「何があるかわからないというドキドキ感と、スピードが出ている状況でインのインに切れ込んで行く恐怖感もある。そして、駆け引きがすごく大事なるのがマススタート。どこで誰の後ろに入るのか、どのタイミングで仕掛けるか。ルールを知ってもらうともっと面白いと思うので、私たち選手でマススタートを広めたいという気持ちもあります」(美帆)

今回は出場しなかったが、押切美沙紀(富士急)もW杯で表彰台の経験がある。「普通のレースだと接触はないけれど、マススタートにはボディコンタクトもある。そういうところも見ている側としては楽しいと思う」と魅力を口にする。

まだあまり馴染みのない新種目のマススタートだが、日本にとっては新たなメダル候補種目の誕生。1年後が楽しみだ。

※ポイントの詳細レース中に3回の中間スプリントと最終スプリントがあり、レース順位はポイント制の勝負となる。4・8・12周通過時、1位に5点、2位に3点、3位に1点のスプリントポイントが与えられ、フィニッシュの最終スプリントでは1位に60点、2位に40点、3位に20点が与えられる。3回の中間スプリントとフィニッシュ時のポイントの合計で最終順位が決定する。最終ポイントが大きいため、中間ポイントは表彰台の順位には影響しない。

仁川空港ではマスコットがお出迎え
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サッカーとオリンピックを中心に取材するスポーツライター

北海道大学卒業後、スポーツ新聞記者を経て、06年からフリーのスポーツライターとして取材活動を始める。サッカー日本代表、Jリーグのほか、体操、スピードスケートなど五輪種目を取材。AJPS(日本スポーツプレス協会)会員。スポーツグラフィックナンバー「Olympic Road」コラム連載中。

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