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ブラック企業とどう向き合うか―個人的体験談

福永活也福永法律事務所 代表弁護士
(写真:アフロ)

前稿では、労基法違反の会社が蔓延している理由について、簡単な考察を述べてみましたが、本稿では、僕自身の経験で、ブラック企業とどのように向き合ってきたかについてお話します。

【前稿】労基法違反が蔓延する理由について― 弁護士による一考察

まず、昨年末に、エイベックスの松浦社長が、「好きで仕事をやっている人に対しての労働時間だけの抑制は絶対に望まない。好きで仕事をやっている人は仕事と遊びの境目なんてない。僕らの業界はそういう人の「夢中」から世の中を感動させるものが生まれる。それを否定して欲しくない。」、「だから時代に合わない労基法なんて早く改正してほしいし、そもそも今のキャンペーンは労基法の是正が遅れているにも関わらず、とりあえず場当たり的にやっつけちまえ的な不公平な是正勧告に見えてならない。」等の意見を出して、賛否を招いていました。

長時間労働も必要なのか avex松浦社長「労基法批判」で大論争

もちろん、ブラック企業と言われるような会社で勤めていて、今もなお苦しんでいる方達が多く存在し、しかも、そのような方達の中には、労働に積極的な意味を見出すことができず、かつ、現状を変えることができない固定化した弱者の立場を強いられている方もいると思います。

そのような方々からすれば、以下に申し上げることは強者の弁であると、お叱りを受けてしまうと思いますが(なので、そのような方々に読み進めていただく必要はありません)、実は僕も松浦社長と全く同じ考えで仕事をしてきました。

ただ、当然ながら、現状の労働法が制定されている以上、違反が許されるわけではありませんし、それを奨励するつもりは全くありません。

とはいえ、あまりに酷な被害者が出る社会問題については、感情論も相まって徹底的に叩き潰す世論が形成されやすいことも行き過ぎだと思うこともあります。

そのようなことを考えつつ、あくまでも自分自身の仕事に対する一つの考え方として以下にお話致します。

納得する人は多くないとは思いますが、僕が以前そうだったように、ふとしたことをきっかけに考え方が変わってそれが良い方向に働くこともあるので、思い切って書いてみました。

僕のブラック企業経験

僕は、以前、弁護士が100人近くいる比較的規模の大きな法律事務所に勤めていました。

そして、訴訟等の紛争案件、M&Aや倒産事件、独占禁止法事件のような企業法務等、様々な案件に携わっていましたが、常時数十件の案件を同時並行でこなしており、まさに多忙を極めていると言えるような環境にいました。

労働時間で言えば、月に400時間以上働くこともありました(残業時間でいえば、200時間以上に相当します)。

平日は、朝10時に出勤し、平均的に深夜2時頃まで事務所にいましたし、遅い日は明け方まで仕事をして、一旦帰宅して少し睡眠をとってから朝10時には出勤するというようなことも少なくありませんでした。

休日はないも同然で、土日も基本的には事務所で仕事をし、年末年始を除いて、弁護士になってから最初の2年間で2連休以上の休みをとったことは2回しかありませんでした。

さらに事務所にいない時も、自分に送られてくるメールはすべて携帯に転送され、24時間チェックすることが求められますので、まさに365日常に仕事のことが頭から離れない状態で生活していました。

このような状況なので、例えば飲み会をする場合にも、事務所近くの店を会場にしてもらい、飲み会後には事務所に戻るようにしていました。

給料については、事務所からの給料としては年棒制で約850万円でした。これを十分な額とみるか安いとみるかは議論の分かれるところでしょう。額面だけを見れば、一年目の給料としては悪くないと言えるのかもしれません。

しかし、これだけの長時間労働をこなしても年俸制なので、当然、残業代や休日出勤等による特別給はありませんし、住宅手当等の各種手当、ボーナスや退職金、有給やその他福利厚生もありません。

そして、一般的な会社員の2倍近い労働時間をこなしていたことや、弁護士になるまでにかなりの時間的・経済的コストを要すること等を考えると特に高給とも言えなかったと思います。

また、労働環境としても、他人から見れば大変ストレスフルと言えるような状況でした。

常に上司から強いプレッシャーをかけられ、曜日を問わず、受信メールの返信を半日滞らせれば指摘されますし、リサーチ等が不十分であればとことん詰められます。「出来が悪いが、おまえの評価は最初からそんなもんだ」と言われたこともありますし、密室で「舐めた仕事しやがって!」と恫喝されたこともあります。

常に仕事最優先で、休みの日でも仕事を要する状況であれば、プライベートの予定はすべてキャンセルする必要があるので、基本的にプライベートの予定を入れる際には予めキャンセルの可能性があることを常に伝えるようにしていました。

また、事務所内の飲み会では、当然のように上司からモノマネ等の一芸を強要されたり、女性の好みをしつこく聞かれたりすることもあります。

このような労働環境は、一般的には長時間労働、パワハラ等に当たり、ブラック企業(法律事務所)と言える労働環境だったかもしれません。

では、僕は勤めていた法律事務所について、とんでもないブラック企業だと思って不満たらたらで働いていたのかと言えば、そうではありませんでした。

むしろ、僕は過酷な現状を認識しながらも、全く不満なく、大きなストレスを溜めることもなく、活き活きと働いていました。

どうして僕はブラック企業で働いてもストレスがなかったのか

その理由は、僕が仕事に求める要素が十分に満たされていて、他方、ブラックな側面は僕にとっては重要ではない点だったからです。

まず、僕が仕事に最も求めるものとは、いかに多くの経験を得られるかでした。

自分の労働に付加価値を見出すためには、自分にしかできない経験を得ていくことが最も重要と考えていました。

このことは、ユニクロの柳井社長も愛読していたというハロルドジェニーン氏の著書『プロフェッショナルマネジャー』にも、「仕事の対価は報酬と経験である」という言葉で出てきます。

いかに長時間労働で、かつ、その労働時間に見合った給料をもらえていなかったとしても、得られる経験はどんどん増えていくわけで、まさに十二分な仕事の対価をもらえている状態だと認識していました。

そのため、僕は、どれだけ多くの案件を抱えていても、上司から担当している案件の状況を聞かれた場合には、必ず、あまり忙しくないのでもっと案件を振ってくださいとお願いしていましたし、毎月の労働時間を聞かれたら少なく申告するようにしていました。

時として体調が悪い時も、上司の前では常に元気良く、まだまだ仕事ができるような状態を見せるようにし、こっそりランチ時にマッサージ屋に行って仮眠しつつ体調を回復させたりしていました。

その結果、給料は増えませんでしたが、経験量はどんどん増えていきました。

そして、経験が増えると、その後、その組織において出世する、別の組織に転職する、独立する等を経て、経済的なリターンもあるものです。

僕の場合は、与えられた仕事を嫌々こなすわけではなく、常に目的意識をもって主体的に取り組んでいたことから、所属していた法律事務所ではそれなりに評価をしてもらい、東日本大震災の被災者支援をする国の機関への出向のチャンスを与えられました。

そして、そのおかげで、東日本大震災の被災者支援という他の弁護士があまり扱っていない業務スキルを身に付けることができ、結果、弁護士経験が浅い割にはお客さんと接する時にも自信をもって対応することができるようになりました。

それが、独立した今となっては、多くのお客様に可愛がってもらえる下地を築いてくれたと思います。

さらに、経験を得るというだけでなく、仕事自体にも、依頼者の利益や社会の利益に貢献できているという遣り甲斐をいつも感じることができていました。

このように、仕事に対して、ポジティブな価値観を有することができれば、長時間労働であることや、それにもかかわらず残業代が支給されないこと等といったマイナス要素が存在することはまったく気になりませんでした。

もちろん、以上は全て僕の独断的な考えに過ぎず、他方、「経験が積める」「遣り甲斐がある」というマジックワードだけが飛び交って労働者を半ば洗脳し、過酷な労働を強いているケースも少なくないと思いますので、そのような場合には全く当てはまらないとは思います。

ただ、人生において何かに熱中できること、仕事に遣り甲斐を持てることというのは、他の物事では代替できない充実感を得ることが出来、簡単には得られない価値だと言えるかと思います。

僕自身、大学卒業後、新卒で入社した会社を2ヶ月で辞めてしまい、2年間、フリーターでぐずぐすした生活を送っていましたが、ふとしたきっかけで心持ちを変えるようになり、遣り甲斐を重視するようになったら、いろんな物事への見方が変わりました。

そのような遣り甲斐があって、かつ、労働法が順守されている環境が見つかればそれに越したことはありませんが、現実として、そのような環境が見つからない場合には、情熱をもって仕事に熱中できるということを最も重視するというのも1つの価値観だと思います。

現状、多くの会社で多くの労働者が、労基法違反が常態下する中で働いていて、それでも満足して楽しいと思って活き活きとしている強者がいます。他方、それについていけない弱者もいて、労働法はそういう方々を救うための法律なので、それを無視することはできません。

以上、言うまでもなく、1つの考え方に過ぎず、他人に同調を求めるものでは決してありませんが(そのため、僕自身は独立して、秘書等は一切雇わずに単身で事務所を運営しています)、自分が携わっている労働が自分にとってどのような実質的な価値があるか重視するという視点もあっても良いのかなと思います。

※本記事は分かりやすさを優先しているため、法律的な厳密さを欠いている部分があります。また、法律家により多少の意見の相違はあり得ます。

福永法律事務所 代表弁護士

著書【日本一稼ぐ弁護士の仕事術】Amazon書籍総合ランキング1位獲得。1980年生まれ。工業大学卒業後、バックパッカー等をしながら2年間をフリーターとして過ごした後、父の死をきっかけに勉強に目覚め、弁護士となる。現在自宅を持たず、ホテル暮らしで生活をしている。プライベートでは海外登山に挑戦しており、2018年5月には弁護士2人目となるエベレスト登頂も果たしている。MENSA会員

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