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「ポケットを取る」がいまになって流行語になる日本サッカーの時代遅れ

杉山茂樹スポーツライター
(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 3月21日と26日に北朝鮮とホーム&アウェー戦を行う日本代表。そのメンバー発表(14日)が迫ってきたが、前回もこの欄で触れたように、注目は伊東純也を選ぶかどうかになる。例の問題が勃発したのは、アジアカップの最中で、伊東は途中で離脱を強いられたわけだが以降、特に話に進展は見られない。

 外さざるを得ないと考えるのが自然だ。それがよいことなのか悪いことなのかは専門外なので言及は避けるが、サッカーの内容に好ましくない影響を与えることは想像に難くない。

 右利きの右ウイング候補は伊東ただ1人。浅野拓磨、前田大然もプレー経験はあるが成功例は少ない。久保建英を1トップ下で使うなら、一番手候補は堂安律になる。1トップ下に鎌田大地や南野拓実を起用する場合は久保建英になる。いずれも左利きの右ウイングだ。

 堂安はヨーロッパリーグのランス戦、ウェストハム戦などでは縦突破を見せていた。久保も縦に出るフェイント、ボール操作術を持っている。伊東のような最深部を突くプレーができないわけではない。しかし、伊東の縦と内を突く割合を7対3とすれば、久保は2対8。堂安は1対9になる。縦突破から最深部を突き、ゴール前にマイナスの折り返しを送り込むプレーは、ほぼ望み薄だ。右サイドバック(SB)にその役を求める方法もあるが、それなりのリスクを抱えることになる。

 三笘薫が腰の怪我で招集不能と言われる左サイドも、同様な現象に陥りそうである。代役候補の中村敬斗は縦と内の割合で3対7だ。三笘が7対3なので、縦方向へ進出する比率は半減する。

 両ウイングの攻撃は、現状より早い段階で内に入り込むことになる。

 内と縦。相手にとって歓迎すべきは内だ。カウンターなど速い攻撃の場合は直にゴールに向かってこられた方が危険だが、遅攻の場合は内で奪った方が逆にカウンターに繋がりやすい。逆モーションを伴う裏返しの関係になるので、内で奪えば一転、チャンス到来となる可能性が高い。

 相手にとって恐いのは縦を突かれることだ。ゴールライン際深くまで侵入されると危険度は高まる。そこからマイナスの折り返しを決められることは、決定機を意味するからだ。

 ゴールまでの距離が近ければ近いほど、つまりマイナスの折り返しが鋭くなればなるほど、チャンスはより決定的になる。センターバック(CB)にとってプラスのセンタリングが、出し手と受け手とボールの動きを同時にすべて視界に捉えることができるのに対し、マイナスの折り返しは出し手とボールの動きを追った瞬間、受け手であるマーカーが視界から消える。逆にマーカーを追えば、出し手とボールが視界から外れる。人間の目はこの3つを同時に捉えることができない仕組みになっている。

 素早く首を振ってもその隙に状況は変わる。マーカーはその間に50センチ〜1メートル離れてしまう。ゴール前で密着マークがしにくい状況は大ピンチを意味する。

 攻める側は大チャンスだ。シュートを狙う側は出し手とそのボールの動き、さらにマーカーとGKを同時に視界に捉えることができる。合わせればいいだけだ。シュートの難易度は低い。

 堂安律、久保(右)、中村敬斗(左)が務めることになりそうな北朝鮮戦で、期待しにくいポイントである。相手の力がどれほどか定かではないが、苦戦するならば、原因はここになる。

 ピッチの最深部からの折り返し。テレビの解説者や評論家は最近、この動きを「ポケットを取る」という言い回しで、頻繁に使う。実況アナまでもが口にする。デュエル、ストロング、回収に続く流行語であるかのように見える。

 少なくとも5年前、口にする人はいなかった。いまごろ流行していることに、日本サッカーの時代遅れを痛感させられる。一方で、森保監督の口からは1度も聞いた試しがない。最深部からの折り返しにこだわっている様子は見られない。それはそれで問題である。

 ゴールライン際からの折り返し。その地点がゴールに近くなればなるほど得点の予感は高まる。ゴールを逆算した時、サッカーで最もスリリングな瞬間だーーと筆者に説いたのはヨハン・クライフだ。いまからおよそ30年と少し前。場所は忘れもしない、厳かな内装に包まれたFCバルセロナの監督室だった。

 その時、日本は確かドーハの悲劇の少し前で、監督はハンス・オフトが務めていた。クライフと同じオランダ人監督は、2トップの一角を成すカズこと三浦知良と、福田正博(長谷川健太)を半ば左右のウイング的に構える、4-4-2と言うより4-3-3に近い布陣で戦っていた。ウイング攻撃はゼロではなかった。

 しかし、次のファルカン監督を経て加茂周監督になるとウイングの概念は完全に失われた。使用する布陣は4-2-2-2か3-4-1-2で、4-3-3や4-2-3-1を日本で見かけることはまずなかった。

 日本代表監督がトルシエ、ジーコと移る中で1995年、名古屋の監督に就任したベンゲルが布いた中盤フラット型4-4-2がひどく新鮮に映ったほどだ。4-4-2の左右のサイドハーフに平野孝と岡山哲也を据え、彼らを半ばウイング的にプレーさせる姿を見て、これぞ欧州的だと滅茶苦茶感激したものだった。

 しかし、ほぼ4-2-3-1で戦い抜いたザックジャパンの時代になっても、マイナスの折り返しは叫ばれなかった。布陣を変えても優秀な人材が中盤に集まる中盤天国は健在で、現在のウインガー天国の時代になるまで時間を要した。4-2-3-1という布陣はさながら絵に描いた餅だった。4-2-3-1の3の左に無理矢理座った香川真司が、ブラジルW杯初戦のコートジボワール戦で、ポジションをカバーすることを怠る致命的なエラーを犯すのは、日本代表史を振り返れば当然の帰結だった。

 つい最近行われたアジアカップにおいてさえも、森保監督はポケットが最も取れそうもない南野を左ウイングで使ったほどだ。繰り返すが、その重要性について森保監督の口から聞いたことがない。

 森保監督は実際、サンフレッチェ広島時代にミキッチと柏好文を3-4-2-1の左右のウイングバックに据えて戦っていた。アーリークロスと最深部から折り返す比率は9対1ぐらいだった。

 長年、追求してこなかったテーマが、いまここで大きな問題となって跳ね返ってきている。攻撃部門を担当しているとされる名波コーチも同様。J監督時代(磐田、松本)で、最深部を深くえぐるサッカーを追求していない。まさに非クライフ的なサッカーを志向してきた。

 三笘、伊東の欠場が予想される北朝鮮戦が心配になる理由だ。縦突破という個人の才能に頼ることができそうもない今回、求められているのは意図的な攻めだ。監督コーチら首脳陣はそのタクトをキチンと振ることができるのか。心配である。

スポーツライター

スポーツライター、スタジアム評論家。静岡県出身。大学卒業後、取材活動をスタート。得意分野はサッカーで、FIFAW杯取材は、プレスパス所有者として2022年カタール大会で11回連続となる。五輪も夏冬併せ9度取材。モットーは「サッカーらしさ」の追求。著書に「ドーハ以後」(文藝春秋)、「4−2−3−1」「バルサ対マンU」(光文社)、「3−4−3」(集英社)、日本サッカー偏差値52(じっぴコンパクト新書)、「『負け』に向き合う勇気」(星海社新書)、「監督図鑑」(廣済堂出版)など。最新刊は、SOCCER GAME EVIDENCE 「36.4%のゴールはサイドから生まれる」(実業之日本社)

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