スターバックス帝国を一代で築いたハワード・シュルツ。貧困からのアメリカンドリーム
米スターバックスの会長、ハワード・シュルツ(Howard Schultz)が今月26日付で退任することを発表した。シュルツ氏は2020年の大統領選に出馬するのではないかとの噂もある。シュルツ氏とはどういう人物なのか。
彼は通算20年以上、スターバックスのCEOを務めてきた人物で知られるが、ほかにもシアトル・スーパーソニックス(NBA)のオーナー、スクエア社(金融)の取締役会メンバー、マヴェロン社(投資)の共同創業者など、数々の要職も歴任してきた。
2016年フォーブス誌では、アメリカの長者番付232位と発表された(資産額31億ドル、約3,395億円相当)。
言わずもがなアメリカを代表するビリオネアの一人だが、親の七光りでも家業や財産を受け継いできたわけでもなく、裸一貫からここまで上り詰めた人物なのだ。ここに人物像をまとめてみた。
低所得者アパートで育った
シュルツ氏は、ニューヨーク・ブルックリン出身の64歳。父親は第二次世界大戦後に退役し、トラックやタクシーの運転で生計を立て、妻と子ども3人を養った。一家はプロジェクト(低所得者用の団地)に住み、幼少期から新聞配達をするなど、金銭的に貧しい環境だった。しかし優秀な生徒として奨学金を授与され、ノーザンミシガン大学に進学した。
大学卒業後、ゼロックス社(印刷機器の製造販売)やハマープラスト社(プラスチック製家庭用品の製造)で次々に昇進していったシュルツ氏。ハマープラストのクライアントである、スターバックスを訪れたことがすべての始まりだった。当時、コーヒー豆、紅茶、スパイスの販売をしていたスタバに1982年、マーケティング・ディレクターとして転職を果たした。そこでも彼は手腕を発揮したが、経営陣との方向性の違いから、1985年に退職している。
彼はただのコーヒー豆販売店ではなく、人々が集って飲食ができるカフェを作りたかったのだ(スタバのコンセプト、サードプレイスの原型)。その情熱に惚れ込んだ人物から資金調達を得て、コーヒーとアイスクリームを提供するカフェ、イル・ジョルナーレ(Il Giornale)を創業した。
この店は、彼がスタバ時代に出張で訪れたミラノの街角で見た、エスプレッソバーに影響を受けたとされる。BGMにオペラを流すなど、イタリア色の強いイメージ戦略で大人気となり店舗数を増やした。その後、スタバは売りに出され、シュルツ氏が380万ドル(約4億円)で買収し、イル・ジョルナーレをスタバに統合させた。
スターバックスでの功績
シュルツ氏がCEOを務めたのは、1986年から2000年までと、2008年から2017年までの通算20年以上。8年間のブランク中に業績が落ちたが、2度目にCEOに返り咲いた後、店舗数の調整やリストラ策に加え、スタッフにバリスタとしての育成を徹底させたり、特典制度を導入するなどさまざまな施策を試み、ビジネスの持ち直しに成功した。株式上場を果たし、買収時にはたったの数店だった店舗数を世界77ヵ国に約2万8000店に増やすなど、一大企業へと大成長させたのだ。
また彼は、正社員のみならずパートタイムの従業員に対しても、健康保険や大学のオンライン受講料を会社負担にするなど、手厚い福利厚生を提供し、人材を大切にしてきた。おそらく幼少期に見た両親の苦労や自身の経験が影響しているのだろう。
言動から見えてくる政治観
さて、そんなシュルツ氏だが、会長職退任後は名誉会長になる。当面は休暇を取り、本を執筆したり家族とゆっくり過ごしたいと語っている。しかし、いずれは政治家へ転身し、次期大統領選出馬を目指すのではないかというのがもっぱらの噂だ。民主党支持者として知られるシュルツ氏は、トランプ政権に異議を唱えるなど政治問題についてたびたび言及するようになってきたからだ。
6月4日付けのニューヨークタイムズ紙で、彼は「国内情勢も世界におけるアメリカという立場も、私は非常に危惧している」とコメント。「(人生の)次の章でやりたいのは還元(社会への恩返し)だ。具体的に何をするかまだわからないが」としながら、大統領選出馬の可能性を否定しなかった。
シュルツ氏に関する各メディアの記事には、どれも「信頼」や「尊敬」などのワードが並んでいる。
7日付けのワシントンポスト紙は、「トランプを倒すことができるビリオネア」という見出しをつけ、トランプ大統領とシュルツ氏の人物像を比較。「一人は国外の政治家や国内の犯罪者との金銭関係があいまいで、捜査も受けている人物。もう一人は財務表がオープンかつ透明であり、企業を大成功させた社会的に意識の高い元CEO」と報じ、シュルツ氏が出馬するとトランプ氏の強力な対抗馬になるだろうと強調した。
最後に、シュルツ氏が5日に出演したCNBCニュースでのコメントが印象的だったので、紹介しておこう。
「どのような国に住みたいか? 分断した国には住めない。我々は同胞を愛し、価値あるリーダーシップを作り出さなければならない」
また、出張で世界中を旅する際に星条旗を持参しているエピソードを取り上げながら、「帰りたいと思う国は世界中でここだけだ。この国は、ブルックリンのプロジェクト(低所得者用の団地)出身の少年が何かを築けた場所。この国だからこそ起こりえたことだ」と、自信に満ちた面持ちでコメントし、並々ならぬ愛国心をにじませた。
(Text by Kasumi Abe) 無断転載禁止