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ヘビー級のダークホース、オルティスは古豪に圧勝 デラホーヤ復権でGBPは再び上昇気流に

杉浦大介スポーツライター

Photo By Tom Hogan-HoganPhotos/Golden Boy Promotions

3月5日 ワシントンDC DCアーモリー

ヘビー級12回戦

WBA世界ヘビー級暫定王者

ルイス・オルティス(キューバ/36歳/25勝(22KO)2無効試合)

6ラウンド2分29秒TKO

トニー・トンプソン(アメリカ/44歳/40勝(27KO)7敗)

予想通りの完全なミスマッチ

率直に言って、オルティス対トンプソン戦はプレミアケーブル局のHBOが中継するべきカードではなかった。

戦前からオルティスの圧勝が予想され、WBAは暫定タイトル戦としての認定を拒否したほど。約3週間前に出場が決まった44歳のトンプソンは、これも大方の予測通り、明らかに練習不足の体でリングに現れた。

オルティスは1、3、6ラウンドに左を打ち込んでダウンを奪い、あっさりとストップ勝ち。それでも昨年12月に実力者のブライアント・ジェニングス(アメリカ)を7ラウンドTKOで下したときほどのインパクトを生み出すには至らなかった。

戦前、アメリカの一部のファンの間で、“実はオルティスこそが現役ヘビー級で最強の選手なのでは”といった議論が沸き起こっていた。

正直、短期間でやや過大評価された感もあるが、まだ底を見せていないキューバンにはミステリアスな魅力があるのも事実。そんなマニアの期待を盛り上げるのに、最新のトンプソン戦が役立ったとは言い難い。

普段はカードを厳選するHBOは、有力な対戦相手が見つからなかった時点で矛先を変えても良かったのだろう。ただ、最近はヘビー級に力を入れ始めた同局は、タイソン・フューリー(イギリス)対ウラディミール・クリチコ(ウクライナ)再戦の勝者へのチャレンジャーを育てるための興行を強行するに至った。その背後には、HBOのオルティスへの評価の高さが垣間見える。

次戦は5月7日?

「(オルティスは)スピード、パワー、カリスマを備えている。HBOの後押しもあるし、誰かが受けてくれるまで交渉し続けるよ。最高の試合を実現させたい。そのためには、どんなプロモーターとでも組むつもりだ」

ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)の副社長エリック・ゴメスはそう語るが、先月のコラムで触れた通り、今後のマッチメークは容易ではない。

デオンテイ・ワイルダー、チャールズ・マーティン(ともにアメリカ)は、GBPが訴えを起こしているアル・ヘイモン傘下。フューリー、アンソニー・ジョシュア、デビッド・ヘイといった英国勢も、現時点で商品価値の低いオルティスを選ぶ理由はない。

とりあえずWBAからはアレクサンダー・ウスティノフ(ロシア)との指名戦が義務付けられている。一般的な希求力の低いこのカードを、GBPは5月7日のサウル・アルバレス(メキシコ)対アミア・カーン(イギリス)戦の前座に組み入れたい意向という。試合まで2ヶ月を切り、その思惑通りに運ぶかどうか。

ヘビー級のダークホースは、プロのリングでも無敗の進撃を継続中。しかし、リング外のマッチメークでの苦心は、まだまだ続きそうな気配ではある。

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ゴールデンボーイ・プロモーションズの復調

オルティスの今後はさておき、今回の興行、そして最近の業界を見ていて感じるのが、GBPの意外なまでの元気の良さである。

振り返れば、約1年前のGBPはほとんど死に体に思えた。アルコールと薬物中毒でリハビリ施設入りを余儀なくされたデラホーヤは社会的な信用をほぼ失い、会社乗っ取りを計画したリチャード・シェイファー元社長と泥沼の別離も経験した。

何より、ヘイモンとPBCによって大量の主力選手(デオンテイ・ワイルダー、キース・サーマン、ダニー・ガルシア、ダニー・ジェイコブス、レオ・サンタクルス、エロール・スペンス(すべてアメリカ)、アミア・カーン(イギリス)・・・・・・etc)を引き抜かれ、複数の大興行を打つのは難しい状況になった。

しかし、それから短期間で、アメリカ有数のビッグプロモーション会社に戻った頑張りは見事としか言いようがない。

大半のスター選手がヘイモンになびく中、中南米層に莫大な人気を誇るカネロと2014年9月に複数年契約を結んだのは値千金だった。また、昨年後半にはカネロ対ミゲール・コット(プエルトリコ)、ゲンナディ・ゴロフキン(カザフスタン)対デビッド・レミュー(カナダ)、ルーカス・マティセ(アルゼンチン)対ビクトル・ポストル(ウクライナ)といった好カードを連発した。

ここでGBP傘下のレミュー、マティセは痛い敗北を喫したが、それでもヘイモンのPBCは安易なカードが多いのを横目に、「ファンの望むファイトをお届けしたい」という公約をデラホーヤが守り続けた意味は大きかった。

業界内の信用を少なからず取り戻したGPBは、地元ロスアンジェルスで小規模興行を定期的に打ってファン層を地道に拡大。テレビ枠の大半をヘイモンに奪われても、スペイン語放送局とリング誌電子版のストリーミングを上手にいかして巻き返しを図った。

必要に迫られたからとはいえ、しばらく不仲だったトップランク社と復縁したのも賢明な判断だったと言える。これらの活動、選択の甲斐あって、看板のカネロだけでなく、ホルヘ・リナレス(ベネズエラ)、フランシスコ・バルガス(メキシコ)、ランディ・カバジェロ、サダム・アリ(ともにアメリカ)といったGBP傘下の有力選手のキャリアは徐々に前に進んでいる。

デラホーヤの存在感

「みんな俺と戦わないわけにはいかないよ。デラホーヤ、GBP、HBO、WBAが後押ししてくれているんだからね。彼らに感謝している」

3月5日の興行後、オルティスはそう述べていた。傘下の選手にそんな風に言わせるだけの信頼を短期間で取り戻したのはGBPの努力の成果だろう。

実際に最近のデラホーヤは本当に懸命にプロモーター業に励んでおり、カネロ対コットのPPV売上の成功にも大きく貢献した。精気を取り戻したボスに引っ張られ、今ではGBPのスタッフからもポジティブなエネルギーを感じることができる。

もちろん依存症再発のリスクはゼロではない。しかし、現役時代に稼いだファイトマネーを上手に投資したため、デラホーヤは少なくとも金銭面の問題には無縁。それに加え、最近のエネルギッシュな態度、好カードを作る姿勢を継続すれば、GBPの近未来は明るいのではないか。

今後、オルティスのヘビー級での勝負を見守る楽しみもある。51歳になったバーナード・ホプキンス(アメリカ)も引退興行を企画しているという。そして、カネロ対ゴロフキン戦が実現すれば、フロイド・メイウェザー(アメリカ)対マニー・パッキャオ(フィリピン)以降では最大のファイトとして興行的成功は約束されている。

とりあえず今は、これらを可能にしたGBPのカムバックを素直に喜びたい。

GBPの復活とは、すなわちデラホーヤの復活。現役時代から何も変わらない。天性のスター性を備えた元祖”ゴールデンボーイ”が元気な方が、やはりボクシング界は確実に盛り上がるのである。

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スポーツライター

東京都出身。高校球児からアマボクサーを経て、フリーランスのスポーツライターに転身。現在はニューヨーク在住で、MLB、NBA、ボクシングを中心に精力的に取材活動を行う。『日本経済新聞』『スポーツニッポン』『スポーツナビ』『スポルティーバ』『Number』『スポーツ・コミュニケーションズ』『スラッガー』『ダンクシュート』『ボクシングマガジン』等の多数の媒体に記事、コラムを寄稿している

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