なぜシングルマザーや障害者も働くことができるのか 一日百食限定、京都女性社長の店から働き方改革を問う
シングルマザーや障害のある方、介護をしている方などは、就職しようと思っても、面接で差別を受け、就職がかなわないことがある。そんな中、どこの面接を受けても受からなかった方も積極的に雇用し、飲食業界にも関わらず、夕方早く帰ることができる、そんな職場がある。
飲食業や不動産事業をおこなう株式会社minitts。2012年9月、中村朱美さんが設立した。
中村朱美さんは、京都生まれの京都育ち。京都教育大学を卒業後、専門学校に広報として勤めていた。
結婚前、今の夫が作ってくれたステーキ丼が、とても美味しかった。「お店を出そう。今しかない」。夫と一緒に、資金をためて2012年9月に株式会社minittsを設立、同年11月29日(いい肉の日)に、一店舗目となる国産牛ステーキ丼専門店「佰食屋」(ひゃくしょくや)を京都市右京区にオープンした。売れない日が続いたが、京都新聞など地元メディアやマスメディア、お客さんのソーシャルメディアの力で知られ、今では二店舗目、三店舗目となる、すき焼きと寿司の店も出店するまでになった。
一日100食限定、売切れご免。午前中に整理券を配り、午後の早い時間帯に売り切れる。
2017年5月中旬、中村朱美さんを訪問してお話を伺った。肉は塊のまま一括して仕入れ、3店舗で、実に上手に使い切っている。
ステーキ丼の店では、ステーキには もも肉を使う。
それ以外の部分は、ハンバーグに。
すき焼きの店では、牛のバラ肉ともも肉をすき焼きに、「かいのみ」の部分をサイコロステーキに使う。かいのみ とは、牛のバラ肉の中でも希少部位である。
錦市場に開店した寿司の店、佰食屋肉寿司では、「クラシタ」と言われる部位を使う。一方、硬くて、焼くだけでは食べられない「スジ」は、一晩煮込んで、軍艦の上にのせる。
飲食業界では、「捨てるのも仕事のうち」「捨てることが常態化している」という店も多い。飲食店でアルバイトする大学生に聞いてみると、それはよくわかる。そんな中、佰食屋は、なぜ捨てないのか。
朱美さんは「(食べ物を)捨てると心が痛くなる。(そんなことは)したくない。それは私だけでなく、従業員も皆一緒」と語る。飲食店の経験者ではなく、いち消費者としてお店を始めたのも、「捨てたくない」という、ごく普通の感覚を忘れなかった一つの要因かもしれない、と話す。
売り切って食材のロスをなくしたい。肉は夕方仕入れ、野菜は朝に仕入れる。残ったものは、従業員のまかないとして食べきる。まかないを食べ終わったら、翌日の仕込みをして、従業員は帰宅する。
たくさんのメニューがあると、捨てないといけないものも多くなるため、3店舗とも、メニューは、できる限り少なくしている。
2017年5月17日の昼に訪問した際、韓国人の観光客が複数組、店内に入って、すき焼きを注文していた。驚いたのは、店員さんが、上手な韓国語で彼らに対応していたことだ。すき焼きは、日本人にとっては食べた経験があっても、日本人以外の人には初めての体験であることが多い。そんなとき、店員さんが説明してくれると心強い。
また、外国籍の人にとって、卵を生で食べる、というのも、抵抗感があるかもしれない。そんな人にも無理なく食べてもらえるよう、卵は鍋に入れて調理して食べてもよい旨、メニューに説明が書いてある。
卵は、すき焼きにとって、メインの素材とも言える。そこで佰食屋では、安心で、美味しいものにこだわって、卵を選んでいる。そのため、卵には通常の倍以上のコストをかける。安定して一定数を仕入れるという約束のもと、養鶏農家さんからの信頼を得て、仕入れている。
朱美さんは、「卵は、宣伝広告費とも考えられる」と言う。小さい規模の企業なので、いわゆる宣伝広告費は使っていない。だが、「卵が美味しい」と評判になれば、それが広告の役目になって、お客さんが来てくれる。
一時期、お客さんがご飯をたくさん食べ残してしまうことがあったという。そこで、多すぎず、少なすぎず、適度な量を追求して、今の、絶妙な量に落ち着いた。
ご飯を炊いて、もし余った場合は、従業員のまかないとして食べきる。野菜の切り方を間違えてしまったものも、まかないに使う。卵に「ひび」が入ってしまったものは、ラップにくるんで、これもまかないに。
持ち帰りについては、持ち帰り容器のドギーバッグを50円で販売しており、当日中に食べるよう、客にうながしている。
京都市は、食べ残しゼロ推進店舗という取り組みを数年前から続けており、昨年4月に200店舗台だったのが、今年2017年4月には500店舗を超えて518店舗となり、一年間で2倍以上にも拡がった。佰食屋も、もちろん、京都市の「食べ残しゼロ推進店舗」に認定されている。
佰食屋は、とにかく、「自分たちがお客だったら」という目線で考えられている。通常の飲食店だと、利益率の高いドリンク類も、「この値段でいいの?」と言いたくなるほど、リーズナブルである。朱美さんいわく「主婦目線」と語る値段である。
朱美さん自身、夫と二人の子どもの4人で、自分の店に食べに来ることがある。社長だからといって、特別扱いはしない。料金も、他のお客さんと同様、きっちり支払う。そんなとき、高過ぎるのでは困る。しょっちゅう食べに来ることができない。自分たちも、気軽に食べに来られる値段にこだわっている。
佰食屋は、他の職場の面接では、どこを受けても受からなかったような人も受けに来る。年齢は不制限。シングルマザー、障害がある方、介護に携わっている方など、40代以上の転職も多い。
フレンチレストランで20年以上働いていた人や、百貨店で長年働いていた人も、今では佰食屋で働いている。「子どもの運動会なんて行ったことがない」という人や「家族と一度も夕食を食べたことがない」「子どもを夜、風呂に入れたこともない」という人たちが、佰食屋で働き、午後の早い時間に百食を売り切り、夕方、帰宅していく。
ある男性は、残業が当たり前の飲食業界から転職した。佰食屋で働き始めて間もない頃、夕方の帰宅時間が早いため、彼の妻が「あなた、本当に働いてるの?」と聞いたそうだ。それくらい、飲食業界では「帰るのが遅いのが当たり前」。
朱美さんは、そんな人たちが、家族と過ごせる時間をぜひ持って欲しい、と語る。
朱美さん自身、今は二人の幼い子どもを抱えている。長女を授かる前は2年間、不妊治療をしていた。そのあと授かった長男は、脳性麻痺を抱えている。取材後にやり取りしている間も、朱美さんは、長男と2人でリハビリ入院していた。朱美さんの今の状況も、一般企業であれば、働き続ける許可が得られない可能性もある。自身が配偶者と子ども2人とともに暮らしながら、さまざまなものと格闘しながら働いているからこそ、従業員にも、家族とのかけがえのない時間を確保してほしい、という思いもあるかもしれない。
朱美さんの思いは「多くの人に美味しいものを届けたい」。
多くの企業が立てている「四半期計画」や「中長期計画」は、佰食屋では立てない。そんな数字より、「今日一日の百食をきちんと売り切ること」。そして、お客さんの目を見て対応する、出した麦茶が少なくなっていたら注ぎ足してあげる、など、接客の「クオリティ(質)」を良くすること。提供している食事は、お客さんがワクワクして食べたくなるものなのか、きちんと追求していく。
朱美さんは、お客を大切にする一方、「お客さまだけを大切にするのではない」ときっぱり言う。自分たち経営者が一番大切にするのは従業員。そして、従業員が最も大切にするのは、経営者ではなく、お客さまである、と。
夫婦の役割分担もはっきり決めており、夫はメニューを考え、レシピを決める役割。朱美さんは、接客、応対、従業員教育。家庭でも、はっきりした役割分担は同じだそうで、料理の得意な夫がご飯をつくり、朱美さんがそれ以外を担当している。夫婦とも京都生まれの京都育ち。他地域への出店を勧められることもあるが、「京都でしかやりたくない。従業員に転勤させたくないから」。
佰食屋を運営する朱美さんを見ていると、今、さかんに問われている「働き方改革」の本質とは何か、ということを改めて考える。働く時間を短くする、早く仕事を終えて帰宅する、出産・育児休暇を夫婦で取る、女性の管理職割合を増やす、”プレミアムフライデー”を設けて職員の早い時間の帰宅を促す。そういうことも、もちろん大切だ。だが、表面的な数字だけを整えることが目的ではないはず。もっと本質的なところを問い直すことで、働く時間が短くなったり、出産・育児休暇がとりやすくなったりし、結果的に、働き方が改革される・・・というのが本来のあり方ではないか。
世界では、食料生産量のおよそ3分の1に相当する、13億トンを毎年廃棄している。日本では621万トン。東京都民が一年間食べるだけの量を毎年棄てている。大切な食材や、有限なエネルギー(電力、水など)、人件費、働く人たちの時間や命をかけて作った食べ物を大量に捨てている。いったい、何のために働いているのだろう。どうせ捨てるなら、最初から無駄に多く作らなければ、エネルギーとお金の無駄が減り、働く人の余裕がたっぷりとれるのではないか。捨てる前提、という店も多い飲食業界、佰食屋の「一日百食限定」で、従業員が早く帰れる仕組みは、まさに、これを実践している結果である。食品の無駄が出ないし、働く人の時間にも心にもゆとりが生まれる。働ける時間が限られる女性や、障害がある方も、働き続けることができている。
表面的な「働き方改革」を唱え、追求し、数字の帳尻合わせをする前に、何のためにその業務をしているのか、それは果たして必要なのかどうかを、まず、考えるべきではないだろうか。