崖っぷちのイギリス人に超意地悪なヨーロッパ人はだれ?:欧州議会の隠れ爆弾法1:EU離脱ブレグジットで
イギリスの「合意なき離脱」への準備は着々と進んでいる。
当の英国では、もともと3月29日に離脱予定だったので、パスポートの表紙から「European Union(欧州連合)」の文字が抜けたものが発行されはじめた。
「今日新しいパスポートを取りに行った。今のが数カ月後に切れるから。違いを見て」とある。
そして欧州連合(EU)のほうでは、欧州議会で4月4日、ある法案が可決された。これを筆者は「隠れ爆弾法」と呼んでいる。
メインの内容は、「イギリス人は、もし合意なき離脱をしても、EU域内をビザ無しで短期旅行できるのか」である。
結論を言うと、この法案は可決された。イギリス人は90日未満であれば、EU域内(シェンゲン圏内)をビザなしで自由に行き来できるようになった。私達日本人と同じになった。
今まではEUに加盟していたので、日付の制限などなく、いくらでも自由に行き来できて、自由に住むことができたのだが。
反対したヨーロッパ人議員たち
ところがである。この法案は
賛成:502票(82%)
反対:81票(13%)
白票:29票(5%)
欠席議員:ゼロ
棄権:138票
という結果だったのだ。
反対81票?! イギリス人がたった3カ月の欧州旅行をする事さえも「反対だ!」というヨーロッパ人が81人もいたのか?! 日本人だってできるのに?? なんて意地悪なんだ。「誰だよ一体、そんな投票したの・・・」と思った。
ヨーロッパには、EU Vote Watchという団体があり、欧州議会で採決にかけられたすべての法案で、どの議員が何に投票したかという、大変見やすい一覧表をつくっている。大変すばらしい仕事である。このサイトを見て分析してみた(ちなみにこの団体の発展には、イギリスが大きく貢献している。はぁ)。
わかりやすく欧州議会とは
まず簡単に、欧州議会の説明をしよう
(知っている人は次の見出しに飛んでください)。
投票の風景は、他の選挙と同じである。
日本では、衆議院から市長の選挙まで、「わたくし自○党公認の、山田花子でございます」とやっている。それに欧州議会選挙が加わると思って頂ければいい。つまり、「このたび欧州議会選挙に立候補いたしました、自○党公認の、山田花子でございます」となるわけだ(実際は比例代表制で、個人に投票するというより、党にのみ投票する加盟国が圧倒的に多い)。
このようにして選ばれた欧州議員は、欧州議会で欧州政党をつくる。
例えば、もし自○党の議員が欧州議会にいたら、おそらく欧州中の「中道右派」が集まる政党(EPP)、立○民主党なら、欧州中の社会党系の「中道左派」が集まる政党(S&D)に入るだろう。この2つが欧州議会の二大政党である。
他にも、緑の党系が集まる欧州政党(Greens-EFA)、極左系が集まる欧州政党(GUE-NGL)、EU懐疑派や極右系が集まる欧州政党(複数あり)などがある。
欧州政党をつくるには、最低25人、7カ国からの議員がいなければいけない(今のところ)。
ちなみに前回2014年の選挙では、フランス極右政党(FN)と、イギリス極右政党(UKIP)が激しく欧州政党づくりを争った。当時は、極右が2つ欧州政党をつくるには人数や国数が足りなかったのだ。特に「7カ国」という国数をクリアするのが難関となっていた。
そんなとき、フランス極右議員が一人寝返って、イギリス極右政党側についた。みんなびっくりした。
国別の意地悪な人たち
まずは、国別で考えたい。
意地悪国の第1位はどこか。
フランスである(やっぱり・・・)。
反対票を投じた議員数は11人である。
第2位 スペインとドイツで、6人。
第3位 オランダで4人。
第4位 ギリシャとリトアニアで、3人。
第5位 2人で、ルーマニア、スロバキア、ハンガリー、オーストリア、チェコ。
第6位 1人で、ポーランド、ポルトガル、スウェーデン、アイルランド、イタリア、ベルギー、デンマーク、ラトビア。
反対票を全く投じなかった国は、ルクセンブルク、スロベニア、クロアチア、ブルガリア、キプロス、マルタ、エストニア、フィンランドの8カ国である。最近はとみにギスギスした欧州にあって、心なごむ穏やかな人達である。
ただ、ちょっとフランスをかばうと、各国の議員割り当て数は人口に応じているので、人口が多いフランスは議員数も多い。反対票もそれだけ増えることになる。
それと、反対票を投じているのは極右議員が多いので、前回2014年の欧州議会選挙の時点で極右が台頭した国ほど、反対票が多い。フランスやイギリス、オランダで、極右が大きく伸長したので、1−3位に入っている。
今でこそイタリアは極右が政権をとっているが(2018年から)、前回の欧州議会選挙では中道左派の民主党が大勝し、EUの精神を大きく支えたのだった。欧州議会の議長がイタリア人なのは、偶然ではない。
とはいっても・・・やっぱりフランスの反対票は多いと言わざるをえないだろう。
でも、もっと大枠で見てほしい。フランスでは、全部で74人の欧州議員のうち、賛成は47人で過半数を超えている。反対は11人で、白票が1人、棄権が15人だった。
そして全体では502人という圧倒的多数が、賛成しているのだ。
敵は陣中にあり?
それに、何よりも、一番「反対」に投票しているのは、実は当のイギリス人議員なのだ。
イギリス人議員が72人いるうち、反対に投票したのは30人もいる。
棄権21票、賛成12票、白票が9票だった。
これは大変驚いた。この法案を拒否したら、合意なき離脱になったら、イギリス人は、フランスやドイツにたった1日行くのさえ、ビザが必要になりかねないのだ。それなのに、賛成はたったの12票である。
党として一致行動をして「賛成」に投票したのは、「欧州緑の党(Greens/EFA)」に属している、イギリスの緑の党、スコットランド国民党、プライド・カムリ(ウエールズ党)。
そして欧州極左の党(GUE-NGL)に属しているシン・フェイン(アイルランド島統一を目指している党)だけである。
つまり、北アイルランドをのぞく地域政党と緑の党だけが、一致して賛成を投じた。でも、あとはもうバラバラ、ほとんどが反対か棄権であった。
EU28カ加盟国のうち、イギリス人の欧州での行動の自由に最も否定的だったのは、実は当のイギリス人なのだ。
なぜこんなことになったのか。1日の旅行や出張でもいちいちビザを取りたいほど、EUと距離を置きたいのか。
実はこの法案は、あまり大きく報道されていないが、潜在的に爆弾を抱えているのだ。意地悪に見えるヨーロッパの人々は、実はイギリスの味方なのかもしれないという、大きな矛盾をもっているのだった。
長くなったので続く。