Yahoo!ニュース

<シリア>新型コロナと内戦 イドリブ地元記者「コロナも空爆も恐怖」(写真8枚)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
シリア北部コバニで流通するマスクと手袋。日本円で約2500円。(写真:住民提供)

世界で猛威をふるう新型コロナウイルス。シリアでも今月一部地域で感染症例が出たと報じられた。アサド政権地域や北部クルド地域では、今週から住民の外出や移動の制限が始まった。一方、反体制武装諸派が支配する北西部イドリブではこれら措置は取られていないという。内戦で疲弊した医療状況のなか、新型コロナウイルスが広がれば、深刻な事態も懸念される。シリア北部、コバニの住民とイドリブの市民記者に3月24日夜、ネット通信を通じて状況を聞いた。(玉本英子/アジアプレス)

◆シリア北部・クルド地域でも外出制限

シリア北部でクルド主導勢力が統治する地域では、アサド政権地域と同様に新型コロナウイルス対策として、外出や移動が制限されている。北部コバニ在住の公務員の女性(28歳)は、外出制限が始まった町は閑散としているという。

シリア北東カミシュリでの消毒作業の様子を伝える地元クルド系テレビ映像。(3月24日:ロナヒTV)
シリア北東カミシュリでの消毒作業の様子を伝える地元クルド系テレビ映像。(3月24日:ロナヒTV)

コバニ住民女性:

「ウイルス対処の啓発キャンペーンが始まり、手洗いが呼びかけられています。市場や学校などでは消毒作業が進められています。市内の小中学校も閉鎖。商店は、食料品店以外営業していません。世界やシリア周辺国でウイルスが脅威を広げているのをテレビで見て、不安です。内戦で食料やガソリンの流通、輸送が停滞しているのに、今回の外出・移動制限措置で物価が上がらないかと心配です。

母や妹たちは家でじっとしてるのはつらいけど我慢と言っています。中学生の弟はスマホでゲームをしたり、ネットがつながればTikTokを見たりして過ごしています」。

シリア北部コバニでは15日間の外出制限。公務の場合は特別カード(写真)があれば外出可。カード左下(赤枠)にはウイルスのイラスト。(コバニ住民女性提供)
シリア北部コバニでは15日間の外出制限。公務の場合は特別カード(写真)があれば外出可。カード左下(赤枠)にはウイルスのイラスト。(コバニ住民女性提供)
シリア各地に避難民キャンプがある。テントが密集し、衛生状態も悪い。医療体制が脆弱なキャンプで発症者が出れば、感染が広がる懸念がある。(アイン・イサ2019年撮影:玉本英子)
シリア各地に避難民キャンプがある。テントが密集し、衛生状態も悪い。医療体制が脆弱なキャンプで発症者が出れば、感染が広がる懸念がある。(アイン・イサ2019年撮影:玉本英子)

◆イドリブ記者:「ウイルスよりも空爆が差し迫った恐怖」

シリア北西部イドリブでは、反体制武装諸派とアサド政権・ロシア軍との激しい戦闘が続いてきた。イドリブの市民記者ムハンマド・アル・アスマール氏(35歳)は、「ウイルス感染も脅威だが、アサド政権の空爆のほうが住民には差し迫った恐怖」と話す。

シリア北西部イドリブ市内。現在、外出制限は出ていないものの、新型コロナウイルス対策で手洗いや消毒奨励の啓発活動は行われている。(2020年3月24日17時半・撮影:アル・アスマール記者)
シリア北西部イドリブ市内。現在、外出制限は出ていないものの、新型コロナウイルス対策で手洗いや消毒奨励の啓発活動は行われている。(2020年3月24日17時半・撮影:アル・アスマール記者)

アル・アスマール記者:

「これまでのところイドリブでは新型コロナウイルスの感染陽性者は出ていないと聞いています。市民の多くは、新型コロナウイルスの脅威についてよく分かっておらず、私たち市民メディアはいくつかの啓発キャンペーンを通じて感染対策を呼びかけました。住民は予防や衛生対策を講じ始めました。しかしまだ人びとを通りで見かけます。マスクの入手は難しく、消毒液などを買うお金もありません。

これまでの砲撃などから逃れ、北部のトルコ国境近くでテント暮らしをしている百万に近い人たちは怖くて戻ることができません。支援もまったく足りず、環境も劣悪で厳しい状況にあります。

アル・アスマール氏の夕食。サラダとピーナッツ入りのピラフ。肉は高価で食べる機会はほとんどなくなったという。(3月24日17時半・撮影:アル・アスマール記者)
アル・アスマール氏の夕食。サラダとピーナッツ入りのピラフ。肉は高価で食べる機会はほとんどなくなったという。(3月24日17時半・撮影:アル・アスマール記者)

私はイドリブ市内のアパートに妻と幼い子供たちと暮らしています。生活は困窮しています。給水車が来ても足りず、水は井戸から汲みます。電気は発電機やソーラーパネルなどを使いますが停電ばかりです。主食のパンは400シリアポンド(約30円)。以前の倍の金額です。肉は1キロ約800円。食べることなどできません。

戦闘の激しいイドリブ南部地域では昨年9月から学校は閉鎖されていますが、イドリブ市内や北部の学校では部分的に授業はありました。しかし新型コロナウイルス対策として休みになりました。今のところ外出制限措置は出ていません。

イドリブ在住で市民記者としてアラブメディアに現地の状況を伝えてきたアル・アスマール氏(35歳)。(写真:本人提供)
イドリブ在住で市民記者としてアラブメディアに現地の状況を伝えてきたアル・アスマール氏(35歳)。(写真:本人提供)
イドリブ市内。シャム解放機構(HTS・旧ヌスラ戦線)が支配し、アサド政権と激しい戦闘を続けてきた。(3月24日17時半・撮影:アル・アスマール記者)
イドリブ市内。シャム解放機構(HTS・旧ヌスラ戦線)が支配し、アサド政権と激しい戦闘を続けてきた。(3月24日17時半・撮影:アル・アスマール記者)

現在、イドリブ市はシャム解放機構(HTS・旧ヌスラ戦線)の影響力が大きいです。外国人の戦闘員も見かけますが、私の地区では住民に横暴を働いたりしている話は聞きません。他の地域のような外出制限の話が出たとしても、市民は外に出るでしょう。働かないと生きていけませんから。皆、生きるか死ぬかのぎりぎりのところにいるのです。

3月時点のシリアの勢力図。(地図作成:坂本卓)
3月時点のシリアの勢力図。(地図作成:坂本卓)

住民のひとりはこう言いました。『コロナで死ぬ子どもより、アサドが殺した子どもの方が多いじゃないか』。

アサド政権軍が、イドリブ南西部のジスル・アッ・シュグルに向けて新たな攻撃を始めるのではないかという情報が入っています。ウイルス感染も脅威ですが、それよりはるかに多くの住民の命がこの内戦で失われてきました。アサド政権の空爆のほうが住民には差し迫った恐怖なのです。

各国で新型コロナ問題に関心が注がれるタイミングを利用して、アサド政権が非道な攻撃をするかもしれません。私たちは、新型コロナに加え、いつ空爆や砲撃の犠牲になるかわからない不安な毎日を送っているのです。この現実も知ってください」。

シリアの民間団体による新型コロナウイルス対策の啓発のための画像。鼻をかむ際の注意などが記されている。(シリア・レスポンス・コーディネーション・グループより)
シリアの民間団体による新型コロナウイルス対策の啓発のための画像。鼻をかむ際の注意などが記されている。(シリア・レスポンス・コーディネーション・グループより)
アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

玉本英子の最近の記事