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サウジアラビアとイランとの対立:「イスラーム国」はどうする?

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

かねてからのサウジアラビアとイランとの対立が、年明けにサウジアラビアによるイランとの外交関係断絶にまで発展したことは、中東地域の様々な分野に悪影響を及ぼすと懸念されている。その悪影響の一つには、これを機会に「イスラーム国」対策が停滞し、同派が勢力を伸ばすのではないかということも含まれる。

確かに、欧米諸国、サウジアラビア、トルコ、ロシア、イランなどの諸当事者が各々独自の目標を持ちつつ、十分連携することなく「イスラーム国」を攻撃している状況は非常に効率が悪い。サウジアラビアとイランとの間の協調機運が後退することはこの非効率な「イスラーム国」対策の継続を意味する。その一方で、これまで筆者が指摘したとおり、欧米諸国、トルコ、そしてサウジアラビアをはじめとするアラブ諸国が「イスラーム国」対策としてすべきことは、自国内の「イスラーム国」のための人材や資金などの資源の調達活動、広報活動を取り締まることである。ここが等閑なままでは、空爆回数の増加などシリアやイラクで多少軍事作戦を強化したところで大きな効果は望めない。この事実は、「イスラーム国」やシリアにおけるアル=カーイダである「ヌスラ戦線」などへの資源の供給を抑えるための安保理決議が何度も採択されている点からも明らかであり、最近でも安保理決議2253号が採択されている。それ故、サウジアラビアがイランとの対決を優先して「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派対策をサボタージュすることは、サウジアラビアに追従する諸国を除けば、「国際社会」の理解を得にくい行為である。また、シリア紛争で「親イラン」勢力と戦う武装勢力への支援を強化するという選択した場合でも、これまでサウジアラビアが支援してきた武装勢力は前述の「ヌスラ戦線」、或はこれもアル=カーイダと近しい関係にある「アフラール・シャーム」が主力であり、これらを含む武装勢力諸派には「イスラーム国」と戦術的に連携したり、外部から提供された資源を「イスラーム国」に融通したりした例もみられる。関係諸国がイスラーム過激派対策に真剣に取り組む場合、サウジアラビアがこのような選択をした際の反応は冷淡なものになろう。

サウジアラビア自身にとっても、「イスラーム国」をはじめとするイスラーム過激派対策を怠るわけにはいかない事情がある。事態はサウジアラビアが「スンナ派の盟主」として「シーア派のイラン」に対峙すれば、イスラーム過激派を含む「スンナ派共同体」がこぞってそれを支持・支援するなどという単純なものではない。むしろ、「イスラーム国」は最近サウジアラビアの王家であるサウード家に対する非難を強めている。同派は、2015年12月26日に出回ったバグダーディーの演説を筆頭に、12月下旬に集中的な反サウード家広報キャンペーンを行い大量の動画・音声を発表した。一連の広報の趣旨は、「サウード家はスンナ派の盟主を気取る一方でアメリカやイスラエル、イランと共謀している。サウード家はこれらと闘おうとするムジャーヒドゥーン(=ジハード戦士)を弾圧し、エルサレムが侵害されるのを拱手傍観している。また、アラビア半島にシーア派が居住し、彼らの宗教実践が公然と行われるのを許している。従って同国に住むムスリムはサウード家に対して蜂起すべきだ」とのものである。つまり、「イスラーム国」はサウジアラビアではなく自分たちこそが「スンナ派共同体」を指導すべきだと主張し、サウード家の打倒を公言したのである。2015年以来、「イスラーム国」を名乗ってサウジアラビアをはじめとするアラビア半島諸国で攻撃を行う事例が散発している。サウジアラビアにとって、単なる「シーア派殺し」ではなくサウード家の正統性を否定することを旨とする攻撃が起こることや、自身の正統性に挑戦する「イスラーム国」の勢力伸張を招くことは好ましいことだろうか。「イスラーム国」やその同調者の活動によっては、「サウジアラビアにとってはシーア派のイランの方がイスラーム過激派よりも重大な脅威である」との状況認識が通用しなくなることも考えられ、現状はそうした局面に着々と近づいていると言えよう。

===「イスラーム国」の事情

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「イスラーム国」にとって、今般のサウジアラビアとイランとの対立は作戦行動や広報を強化する誘因となろう。しかし、その理由は「宗派対立」によって自らに有利な環境が醸成されるからではない。そうではなく、世間、特に報道機関の関心がサウジアラビアとイランとの対立に集まり、「イスラーム国」についての報道の量と質が低下することが予想されるからだ。「イスラーム国」のような集団にとっては、彼らについての報道の量と質、インターネット上で言及される頻度が低下することは活動に重大な影響を及ぼす。なぜなら、世間の話題にならなくなることは、政治的主義主張やメッセージを相手方に届ける機会や、支持者に対して威信や名声を確立する示威行動の効果を減じてしまうからだ。実際、サウジアラビア資本の影響を受けるものをはじめとするアラビア語の報道機関での「イスラーム国」についての報道の量は、批判的なものも含め減少しているように見受けられる。そうなると、「イスラーム国」は世間の注目を再び自派に引き戻すための、「派手な行動」を必要とすることになる。どのような行動になるかについては、以下のような方向性が考えられる。

1.「シーア派との戦い」を主導するのは自分たちであることを強調するためにシーア派の人々やイラン権益を攻撃する。

2.「スンナ派の盟主」は自分たちであると主張するためにサウジアラビアに対する政治的・物理的攻撃を強化する。

3.「単純に世間の関心をひきつけるため」、より注目を集めやすい対象を攻撃する。この場合、具体的な目標は西洋諸国とその権益になろう。

いずれの場合にせよ、サウジアラビアとイランとの対立は「イスラーム国」などイスラーム過激派の活動を活発化させる誘因となるものの、それはこの対立がイスラーム過激派諸派の活動環境を悪化させるものになりうるからである。また、サウジアラビアがイランとの対峙で優位に立とうとするならば、イランとの対立がイスラーム過激派を利するようにならないような言動に努めた方が得策であろう。

思考停止のスイッチを入れてはならない

サウジアラビアとイランとの対立が「イスラーム国」などのイスラーム過激派に利する局面があるとすれば、それは「スンナ派とシーア派が争うことは当然のことである」、「シーア派を攻撃することには正当性がある」との世論が醸成されたときだろう。そして、両国の対立を「宗派紛争」とみなす安直な解釈や分析こそが、こうした世論を醸成する推進力となろう。サウジアラビアもイランも、現行の国際関係の中で存在する国家である以上、その内政・外交政策は宗派的な動機だけで決まるものではない。それにもかかわらず現在の状況を説明する際に必ずと言っていいほど「宗派」という要素が持ち出されることは、本来サウジアラビアやイランが持つ利害関係や両国の政策決定の過程について分析や考察の努力を止めてしまう、「思考停止のスイッチ」として作用していると言わざるを得ない。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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